リョーマが唖然とする中、乾は桜乃に話しかける。

「丁度良かった、実は竜崎さんに頼みたいことがあったんだ。」

「乾先輩が私に・・・ですか?」

唐突過ぎる乾の申し出に桜乃は首をかしげた。

「実は越前が傘を忘れてしまってね。」

「リョーマ君が?」

「ちょ・・・乾先輩!?」

リョーマが声を上げるが、この程度で彼が止まるはずもない。

「大事なレギュラーが風邪を引いてもらっても困るし・・・良ければ、君の傘に入れてやってくれないか。」

「それは、リョーマ君に傘を貸せば良いということですか?」

「竜崎、いいって・・・。」

「・・・傘、一本しかないですけど、リョーマ君が困っているなら。」

「本当に良いのかい?」

「はい、もうしばらく待ったら雨が止むかもしれませんし。」

リョーマを無視して乾と桜乃の会話は続いていく。そして・・・

「そういうわけで、良かった越前。竜崎さんが傘を貸してくれるそうだ。」

「はい、リョーマ君。これ使ってね。」

そう言って桜乃が差し出したのは薄紫色の折り畳み傘。若干少女趣味かもしれないが、ピンクなどよりかはましである。しかしリョーマは受け取らなかった。

「リョーマ君・・・?」

それを不思議そうに見つめる桜乃。

「越前、色が気に入らないといった苦情は無理だぞ。」

乾が無言のリョーマに告げる。

「・・・い。」

『?』

「そんなのいらない。」

 そろって不思議そうにしていた桜乃と乾にリョーマはきっぱりと告げた。その瞬間、桜乃の表情がこわばる。

「竜崎の傘なんかいらない。余計なお世話。」

「越前・・・!」

「りょ、リョーマ君・・・。」

桜乃と乾の気遣いを無視した冷たい言葉が彼の口から吐き出される。

「大体、雨が止まなかったらどうするわけ?あんた濡れて帰る気?俺より体力ないくせに、あんたの方が風邪引くでしょ。」

「そ、それは・・・。」

よく聞けば桜乃のことを心配していると取れなくもない言葉なのだが、桜乃はリョーマの冷たい声音と強い口調に気圧され、責められているように感じてしまっていた。

「越前、竜崎さんのことを心配する気持ちは分かるが、言い方が良くないな。」

「え・・・?」

「乾先輩も余計なことしなくて良いんスよ。」

サラリと余計な発言を落としてくれる乾をリョーマは鬱陶しげに見る。そして二人はしばし無言でにらみ合い・・・

『だー!まどろっこしい!!』

突然乱入してきた二つの声にさえぎられた。

「も〜、さっきから見てればおチビも乾も全然話が進んでないし!」

「そうですよ!大体、二人ともそんな威圧感出さないでください、桜乃が怖がってるじゃないですか!?」

「朋ちゃんに菊丸先輩・・・!?」

「菊丸と小坂田さんじゃないか。」

「菊丸先輩に小坂田・・・。」

 何故か強い口調で訴えてくるやはり男子テニス部三年の菊丸英二と朋香に程度の差こそあれ驚く三人。それにしてもこの二人、隠れて様子を見ていたのだろうか。

「おチビの傘がないなら誰かに入れてもらえばいいじゃん。そうすれば、おチビも桜乃ちゃんも濡れないだろ。」

「そうだな。なら、越前は竜崎さんと一緒に帰るといい。二人とも体格は同じくらいだから、問題ないだろう。」

「は!?乾先輩、何言ってるんですか!?」

菊丸の提案に乾が同調するとリョーマはそれに抗議した。それは本当に桜乃と一緒が嫌というよりは思春期独特の照れというものなのだろうけど、そんなことにはリョーマ自身気づいていないし、桜乃も気づかない。

(リョーマ君、やっぱり私の傘なんて嫌だったのかな・・・。)

そんなわけで桜乃はますますシュンとしてしまった。

「おチビ!せっかく傘に入れてもらえるのに生意気だぞ!」

「だからって何で竜崎なんスか!?」

「へえ、なら越前、竜崎さんじゃ駄目な理由でもあるのかい?」

「そ、それは・・・。」

乾に突っ込まれ言葉を詰まらせるリョーマ。

「と、朋ちゃん・・・。」

 そんな中で、桜乃は顔をあげた。何かを決心した表情で、隣にいた朋香に話しかける。朋香は未だ口論を続ける男性陣にチラリと目をやった後、桜乃へと向き直った。

「何、桜乃。」

「朋ちゃんも傘持ってるよね。」

「うん。」

「あ、あのね・・・今日、朋ちゃんの傘に入れて欲しいの。」

「え?」

桜乃の申し出に朋香は目を丸くする。

「私の傘・・・やっぱりリョーマ君に貸してあげたいから。リョ、リョーマ君は私から物を借りるなんて嫌かもしれないけど、その、風邪引いたりしたら良くないし・・・。」

「桜乃・・・。」

「だから、朋ちゃんお願い・・・。」

朋香に訴える桜乃の瞳が揺れている。そんな彼女を朋香は困惑した笑顔で見つめた。実は今日朋香はある人と一緒に出かける約束をしていたのだ。ただ、桜乃の家とは方向が逆であるため、もし桜乃を送っていくのなら今日の予定はキャンセルになってしまう。しかし、朋香は困っている親友を置いて帰れるような人間ではない。

「あの・・・菊丸先輩!」

「んにゃ?朋ちゃん、どしたの??」

朋香に呼ばれて菊丸はリョーマ達との会話を切り上げ、チョコチョコと彼女達の元へとやってくる。

「菊丸先輩、悪いんですけど今日・・・。」

申し訳なさそうに視線で謝ってくる朋香。菊丸は彼女と隣にいる桜乃を見比べて、それからコクリと頷いた。

「乾、おチビ!桜乃ちゃんが朋ちゃんと一緒に帰るからおチビに傘貸してくれるってさ。ま〜ったく、おチビってば図々しいよね!」

振り返ってリョーマ達に事情を伝えるその声は、どこかトゲがある。

「だけど、小坂田さん。今日は菊丸とどこかに出かける予定じゃなかったのかい?」

「え!?朋ちゃんそうだったの??」

そして乾の指摘に桜乃は声を上げた。

「気にしないで、桜乃。別に今日じゃなくても大丈夫だから。」

「そうそう、桜乃ちゃんは悪くないんだからね。」

「ご、ごめんね、朋ちゃん!私、知らなくて・・・。」

「いいの、いいの。ぜ〜んぶ、リョーマ様が悪いんだから。」

「おチビが我が侭なのがいけないんだよね。」

オロオロと謝る桜乃に朋香と菊丸は彼女を慰めつつ、ジト目でリョーマを見る。

「う!?」

二人の視線にリョーマはちょっと落ち着かない気分になる。赤の他人相手なら何とも思わないが、元はといえば自分が傘を忘れたのが発端だと分かっているだけに、強く出れないリョーマである。

「全く、三人に迷惑をかけるなんて、困った奴だな、越前。」

「しょうがないよ、乾。おチビはまだお子様なんだから。」

そして呆れたように言葉を投げかけられる。

(あんたら・・・今に見てろよ・・・。)

リョーマは怒りを次の部活時にぶつける決心をした。その一方で、一気に険悪になった雰囲気に桜乃は戸惑う。

(ど、どうしてこんなことになっちゃったの〜?)

心の中で嘆きつつ、やはりオロオロとリョーマ達の様子を伺う。

「さて、越前。どうする?」

 改めて乾が言った。リョーマは無言で拳を握る。菊丸は彼らの様子を珍しく静観し、朋香もまた真剣な顔付きで彼の返事を待つ。桜乃にいたっては悩みすぎて思考がグルグルと混乱し始めていた。

「俺は・・・。」

しばしの沈黙をはさみ、ようやくリョーマが口を開く。しかし、リョーマが言葉を続けるより、桜乃の頭の容量に限界が来るのが先だった。

「わ、私やっぱりこのまま帰ります!リョ、リョーマ君はこれ使って!」

『え!?』

「ちょ・・・桜乃!?」

桜乃はリョーマに押し付けるように折り畳み傘を手渡し、そのまま昇降口を飛び出していく。雨の中を傘を差さずに。

「竜崎!」

リョーマは彼女から渡された傘を握り締め、そして彼女の後を追った。

「桜乃!リョーマ様!」

「待って、朋ちゃん。」

さらにその後を追おうとした朋香を、菊丸が彼女の手を掴んで止める。

「ちょっと菊丸先輩!?」

「ここはおチビに任せてみよう。」

菊丸の行動に抗議する朋香に菊丸は告げた。

「そうだな、越前に任せてみよう。」

「乾先輩まで!」

「それに、結果的におチビと桜乃ちゃん二人っきりになった訳だし〜。」

「これで何か進展があるかもしれないからな。」

「せ、先輩方・・・。」

乾と菊丸の言葉に朋香は口元を引きつらせる。

「も、もし上手く収まらなかったら先輩方も連帯責任ですからね!」

朋香は彼らの指を突きつけてそう宣言するのだった。なお、他人を指差す仕草は割と失礼な行為なので、良い子は真似しないこと。

 

 

 

「竜崎!竜崎ってば!」

 雨が降り続ける中、走る桜乃をリョーマは追いかける。傘を差さず走り続ける彼らを下校中の生徒は不思議そうに、もしくは不審そうに見遣る。桜乃が校門から飛び出した所でようやくリョーマが追いついた。すでに制服は濡れ、体に張り付き始めている。

「竜崎!」

「りょ、リョーマく・・・。」

「あんた馬鹿!?」

リョーマは桜乃の手を掴むと強制的に彼女を向き直らせた。

「こんな雨の中飛び出すなんて、本当何考えてるの!?」

「だ、だって・・・。」

リョーマに強い口調で言われ、桜乃は口ごもる。

「ほら、さっさと傘差す!」

そして付き返すように桜乃に傘を握らせた。桜乃はリョーマの勢いに押される形で傘を広げていく。桜乃が傘を差し終えた所で、リョーマは鞄からスポーツタオル(未使用)を取り出すと彼女の頭にかけた。

「りょ、リョーマ君!濡れちゃう・・・!」

桜乃は慌ててリョーマも傘の下に入るよう手を伸ばす。

「ありがと、竜崎。」

「ううん!でも、リョーマ君何で・・・。」

「あんたの傘なのに俺だけが入ってあんたがずぶ濡れなんて訳にはいかないでしょ。生憎二人とも濡れたけど。あんたがいきなり飛び出したせいで。」

「あ、その・・・ごめんなさい。」

リョーマの言葉に謝罪を述べるものの桜乃はうつむいてしまう。

「すぐに顔赤くなるし、上がりやすいのは仕方ないかもしれないけど、パニックは起こさないこと。そんなんじゃ、試合の時困るでしょ。」

「う、うん・・・。」

「まあ、いいから早くそのタオルで頭拭く。風邪引いても知らないよ。」

「で、でもリョーマ君だって濡れて・・・。」

「俺は男だからいいの。」

「良くないよ!」

「とにかく、行くよ竜崎。」

「え?」

リョーマは桜乃の傘を持っている手を上から掴むとそのまま引っ張るように歩き出した。結局の所、いわゆる相合傘状態で帰宅の途につくリョーマの桜乃の姿が見られたという。

 

 

 

 

 

<後書き>

 これを書くに当たり、まず詰まって調べたのが堀尾のフルネームであったりします。というか、あの一年三人組の本名知らないですよ(爆) そして調べてみて思ったこと。「この人、こんな名前だったんだ〜。」・・・だから何だと言われればそれまでのお話です。

 それにしても、この話、初めに考えていたものと全く違う展開になってしまいました。こんな日常チックじゃなくて、ギャグとラブラブな感じ(どういう例えだ)だったんですがね・・・。まあ、ほのぼの微ラブもリョ桜の醍醐味の一つということで(笑) それにしても桜乃の出番が少ない・・・。あと、ちょっぴり菊朋が入ってます。

 あと、ちょっとだけ報道部のネタについても触れてますね。設定見ればわかると思いますけど、不二はアリサと小学生の頃からの付き合いなのでチャン付けしてます。

 

 

2006/03/08 UP