お姫様と猫二匹

 

 

 

 

 

「ほあら〜。」

「やだぁ、カルピンちゃん。くすぐったいよ〜。」

 その瞬間、リョーマは手にした缶ジュース(スチール缶)を握りつぶしそうになったという。紆余曲折の末ようやく付き合うことになったリョーマと桜乃。とはいえリョーマは部活で忙しい。デートなんてまずできない。しかも桜乃がリョーマの休みの日に何をしたいかという問いにテニスを教えてほしいと言ったことから、せっかくのリョーマの休日もテニス三昧である。

(まあ、それはそれで楽しいんだけどさ。)

例えテニスの特訓という色気がない状況でも愛しの彼女と二人きり。素振りに壁打ちエトセトラ。ちょっと熱が入りすぎてうっかりスパルタ特訓になってしまうのはご愛嬌。だって越前リョーマはテニス馬鹿。仕方がないのである。とはいえ、いつも同じ場所でやるのも芸がない。今日は趣向を変えて越前家のテニスコートで練習ということになった。運の良い事に両親と従姉は留守。彼女を自宅に連れ込めて一石二鳥・・・と思いきや意外な伏兵がいた。リョーマの愛猫カルピンである。普段はなかなか他人に懐かないくせに、桜乃に対してはものの五秒で懐いてしまった。猫じゃらしを持っているわけでもないのに、この威力。まるでマタタビだ。猫まっしぐら。

「ほあら〜。」

「カルピンちゃん、可愛い〜。」

 桜乃を自分の部屋に案内して、冷蔵庫からジュースを取りに行き、戻ってきたら現在の状況。桜乃はカルピンを抱き、カルピンは彼女の顔を舐めた。そして身を摺り寄せ喉をゴロゴロ鳴らす。リョーマの愛しのお姫様は、彼が戻ってきたことにも気づかずにカルピンに夢中だ。非常に面白くない。

(カルピンの奴・・・。)

もちろんリョーマとてカルピンは好きだ。いつだか学校についてきてしまった時は本当に心配した。しかしそれはそれ、これはこれである。自分を差し置いて彼女を独占するのはとてもじゃないが許せない。可愛さあまって憎さ百倍である。ここにもし桃城がいたら『猫にヤキモチやいてどうするんだよ』と突っ込んでくれることだろう。そしてその後ツイストサーブの餌食になってくれたことだろう。しかし残念ながらこの場に第三者はいない。

「カルピン・・・おいで。」

「あ、リョーマ君。」

 持っていた缶ジュース二本をテーブルに置き、カルピンに手を差し伸べるリョーマ。その声にようやく桜乃は彼が戻ってきたことに気づく。一方、桜乃の腕の中のカルピンはしばし逡巡した後、プイと横を向いてしまった。

「カルピン!」

「ほあら〜。」

カルピンはご主人様の気持ちを逆なでするかのように桜乃に擦り寄った。

「リョ、リョーマ君・・・?ほら、カルピンちゃん。リョーマ君が呼んでるよ?」

桜乃が促してもカルピンは彼女の側から離れようとしない。

(カルピン、今日の晩飯抜き!)

心の中で勝手に決め付けるリョーマ。動物虐待にならない程度にお願いします。

「カルピン、いい加減に竜崎から離れなよ。いつまでも()()にいたらジュース飲めないだろ。」

「リョーマ君、別にいいよ。私は大丈夫。」

「でも・・・。」

「ほあら〜。」

「ね?」

(竜崎が良くても俺が良くない。)

健気に笑顔を浮かべる桜乃。それに対して何も言えなくなるリョーマ。その後、カルピンは桜乃の膝の上で丸くなり、ようやく手の空いた桜乃は缶ジュースに口をつけることが出来た。そして自棄になったリョーマが例の炭酸飲料を一気飲みしてむせたのはまた別の話。リョーマとしては踏んだり蹴ったりである。

 

 

 

 カチカチカチ、秒針の音。桜乃がテニス雑誌に目を通し、リョーマがMDプレイヤーで音楽鑑賞。桜乃が話そうとしていつも失敗してしまうから、これは緊張を鎮めるための儀式。静かな時間。

「リョーマ君・・・。」

「・・・ん、何?」

桜乃に腕をそっと掴まれて、リョーマはイヤホンを片方外す。

「これ・・・。」

桜乃は何故か真っ赤になって雑誌を広げて見せた。彼女が持っている雑誌は『月刊プロテニス』、記者の井上、芝の二人はリョーマたちとも顔見知りだ。どうやら先日取材があった青学特集の記事らしい。大石・菊丸の青学ゴールデンペアの写真とそのインタビュー内容が書かれていた。一見不審な点はないように思われる。しかしリョーマは気づいてしまった。彼らの写真の脇に写っているものを。リョーマは目を丸くする。

「な、なんで・・・私と、リョ、リョーマ君が・・・写ってるの〜?」

写真の脇にはリョーマと桜乃の姿が写り込んでいる。しかもそれはキスシーンだった。全国規模で公開プレイ(笑)である。昨日の帰りに買ったばかりのこの雑誌。そこに写りこんでいたのは予想外の衝撃スクープだった。月曜日が恐ろしい。周囲の人間がどんな反応を示すことやら。

「写ってるね。」

リョーマは内心焦りつつもそれを顔には出さず、淡々と事実のみ述べた。

「な、ななななんでリョリョリョーマ君そそそそそそんなに落ち着いてるの〜!?」

「というかまず竜崎が落ち着いてよ。」

動揺しワタワタとする桜乃にリョーマが述べる。全く以ってその通り。深呼吸の必要性ありだ。

「ほあら〜?」

「あ、あああカルピンちゃん起こしちゃってごめんなさいていうかリョーマ君・・・。」

桜乃はだんだん自分で何を言っているかわからなくなってきた。騒ぎに目を覚ましたらしきカルピンは不思議そうに桜乃を見上げる。その隙をリョーマは見逃さなかった。

「カルピン、邪魔。」

そう言ってリョーマはカルピンを掴みあげると、すたすたとドアまで行き、カルピンを部屋の外に放り出すと、そのままバタンとドアを閉めてしまった。カルピン締め出し状態。

「リョ、リョーマ君、あの、いいの・・・?」

「いいの。」

ドア越しに聴こえるカルピンの鳴き声。

「それより、竜崎。」

リョーマは床に腰をつけたままの桜乃に向き直る。

「写真のことは気にしなくていいから。」

桜乃はさらに赤くなって俯いてしまった。リョーマには彼女のそんな態度が酷く可愛らしく感じられる。

「で、でもね・・・。」

俯いて手をモジモジさせながら呟く桜乃。

「いいじゃん、見せ付けてやりなよ。」

それを遮ってリョーマが言った。膝をつきそっと桜乃を抱きしめる。

「だって竜崎は俺のものでしょ?」

「リョーマ君・・・。」

「そして俺は竜崎のもの。わかる?」

「う、うん・・・。」

リョーマの強引とも言える理屈だが、桜乃にとってはどこか嬉しいもので。でも恥ずかしさが先に立ち、うまく言葉を紡ぐことが出来ない。桜乃はただ、コクリと頷いた。リョーマは満足そうに笑みを浮かべると、そっと桜乃の頬に口付ける。そしてペロリと舌を這わした。

「ひゃ!?」

桜乃は驚いて小さく悲鳴を上げた。

「リョ、リョーマ君、今キスし・・・ていうか、な、ななな、舐め・・・!?」

しどろもどろになる桜乃を知ってか知らずか、リョーマいつもの表情。否、落ち着いてよく見れば企み笑顔だ。もっとも桜乃は動揺しすぎて気づいていない。

「ねえ、竜崎。」

「は、はいぃぃぃ!」

「膝貸してくんない?」

「はい?」

リョーマは桜乃がキョトンとしている間にも行動を起こしていた。

「リョーマ君!?」

桜乃は自分の腿にリョーマの頭が乗せられるのを見て仰天する。

(竜崎・・・何か好い匂いがする・・・・・・。)

「何か、カルピンの気持ちわかるかも・・・。」

ポツリとリョーマが漏らした言葉。

「え、今何て言ったの?」

それは桜乃には届かなかったようで、彼女は頬を染めつつ首を傾げるばかり。

「・・・別に。それより、俺今から寝るんで後宜しく。」

「あ、リョーマ君。」

桜乃が何か言おうとする前にリョーマは眼を閉じてしまった。動くこともできないまましばらくリョーマを見つめ続ける桜乃。

「リョーマ君、本当に寝ちゃったの?」

尋ねてみるが返事はなくて。

(リョーマ君って、本当気まぐれなんだなあ・・・。)

気分にムラがあるともいう。

「何だか、猫さんみたい・・・。」

そう呟いて桜乃は苦笑した。

 

 姫君が大好きな猫はどうやらもう一匹居た模様です。

 

 

 

 

 

<後書き>

 何か凄いタイトル・・・。ふと、思いました。お姫様はもちろん桜乃、猫はリョーマとカルピンです。何か王子、猫っぽいイメージがあるので。狼さんとかでも良いのですが(桜乃はウサギ?)、カルピンに負けじと桜乃に甘えるリョーマが思い浮かびまして。結果、こうなりました。リョーマ君、心が狭いです。ちょっとムッツリっぽいし。でもあんまり甘えてるシーンないですよね。それはね、水無月が初めと終わりを先に考えて中をあとで作ったからなんですよ。起と結のみ。承転は後回し。だからまとまりがないのでしょうか。

 

*【RINGO BOX】の杏真夜様に相互リンクのお礼として差し上げたものです。

 

 

 

2006/03/15 再UP(初出は2005/06/24)