01:魔導師
〜魔導師として必要なもの〜
闇の魔導師シェゾ・ウィグィィは考えた。何故自分はアルル・ナジャに勝てないのか。魔導師としてのキャリアや知識は絶対シェゾの方が上だ。剣士として鍛えた腕もある。それなのに、何故なのか。
「くそぉおおおおお!どうしてこの俺様があんなちんちくりんに負けなきゃいけないんだぁあああああ!?」
煮詰まったのかシェゾが雄叫びを上げる。それを冷めた目で見つめるのは現在シェゾの家に居候中のDシェゾ。
「オリジナル。家の中で騒ぐな。ここは元々洞窟だから叫ぶと音が反響して五月蝿い。」
「黙れ!ここは俺の家だ。第一、クッキー
実際Dシェゾは身体の半分はあるであろうチョコチップクッキーをガジガジ齧っている真っ最中だ。
「うむ、美味い。服が汚れなければなお良いが。」
「聞いてないし・・・。」
マイペースなDシェゾにガクリと項垂れるシェゾ。
シェゾとDシェゾは本来敵同士と言って良い間柄だった。奪う者と奪われる者だったはずが、奪われた者と奪った者になり、ある地において再会した彼らは己の存在意義を賭けて闘うことになる。二人の死闘は一応の決着をみせ、諸事情により小人サイズに縮んでしまったDシェゾは、今ではすっかりシェゾの家の居候である。
(やっぱりあの時、捨て置けば良かったような気がしてきたぜ・・・。)
恨めしそうにシェゾはDシェゾを見遣るが、マイペースな小人はクッキーに夢中のようだ。Dシェゾはシェゾのドッペルゲンガーであり、外見その他も似ているように思われたが、シェゾは一緒に暮らすにつれて気付いた。やはり彼と自分は似て非なる者だということに。その証拠の一つが、今、目の前にある。シェゾは甘いものは特に好きではないが、Dシェゾはお菓子が大好きだ。小さな子供のように放っておけば際限なく貪り食うのである。そして思う存分食べ散らかした後の満ち足りた顔といったら・・・。なまじ同じ顔の造作だけにルルーなんかが目撃したら絶叫しそうなくらい寒気の奔るものである。もちろんシェゾ自身も己と同じ顔でそんな顔をするなと何度も抗議したものだ。しかし、何度言ってもDシェゾには効かなかった。最近では諦め・・・もとい、悟りの境地に達しつつある闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ。
「アルル・ナジャは強いな、オリジナル。」
「あ?」
唐突に発された言葉にシェゾは怪訝な顔つきで言葉の主であるDシェゾを見た。Dシェゾはクッキーにかぶりつくのを止めて、シェゾの方を見ている。蒼と紅の双眸が交差しあう。
「アルル・ナジャは強い。」
Dシェゾは再度繰り返した。そんな彼をシェゾは不服そうに見つめる。認めるのが嫌なのだ。運が強いのか、アルルはいつもシェゾに勝ってしまう。逆を言えばシェゾがそれだけ負けているということ。しかも全戦全勝というのではなく、魔導力を賭けた肝心の闘いでいつも敗北するのだ。命がけではない勝負はむしろシェゾの方が勝っているといっても過言ではない。だが、それは彼にとっては屈辱的だった。闇の魔導師としてというより、一人の、高みを目指している人間としては。負けを認めるのは悔しかった。だが、それは事実でもあった。
「・・・弱くはないな。」
しばらくして、シェゾはそう漏らした。それがプライドの高い彼の譲歩だったのかもしれない。そんなシェゾを見て、Dシェゾの瞳の色が和らいだ。老人が幼子を見つめるそれに近い光。永く時を超越して存在し続けた時空の水晶。彼にとってはシェゾやアルルも小さな子供なのかもしれない。シェゾの言葉を受けてDシェゾは続ける。
「そして優しい。」
「あれは優しいというよりお人好しだろう。」
「優しき者は強い。そして護るべきものがある時、人はさらに強くなれるのだろう。」
シェゾの言葉を聞いているのかいないのか、Dシェゾは坦々と続ける。アルルは時に愚かしい程優しい。かと思えば、最終的に厳しい判断も下せることもある。決断のできることもまた強さであるのだから、彼女は強いと言えるのかもしれない。しかし続くDシェゾの言葉にシェゾは度肝を抜かれた。
「お前も優しいのだろう。」
シェゾを見つめる彼の眼はふざけているようには見えない。しかし、シェゾは驚きを隠せなかった。
「お・・・前は何を考えてるんだ!?俺が優しい?俺は闇の魔導師だぞ。何十・・・いや、何百もの命を奪って生きてきたんだ!」
「・・・。」
「この俺が優しい・・・?正気の沙汰じゃないな。」
吐き捨てるようにシェゾが言う。心なしか自らの狼狽を無理やり押し隠すような声音だった。
「オリジナル。」
「な、何だよ。」
「お前は己を優しくないと評したが、我から見ればお前は優しい。」
「!?」
「もちろんアルル・ナジャとはタイプの違う優しさだろうがな。」
Dシェゾは表情を変えないまま続ける。しかしシェゾには彼のいうことが信じられなかった。自分を優しいというDシェゾ。自分のドッペルゲンガーであるはずの彼。彼は己を模した存在であったはずなのに、理解できない。だが、彼は彼であり、自分は自分なのだから、それは当然のことなのだ。分かっていたはずなのに奇妙な感覚。
「Dシェゾ・・・。」
「お前がもし本当に優しさを持たないというなら、何故あの時、我を助けたのだ。」
Dシェゾの言葉にシェゾは返す言葉が出てこなかった。
「あの時、お前が我を救い上げなければ、我はあのまま消滅していただろう・・・。」
「そ、それは・・・。」
「我だけではない。てのりぞうや他の使い魔とて全てを力で従わせている訳ではあるまい。あれらは望んでお前の傍らに在り続けている。」
Dシェゾは続ける。
「お前もまた優しさを知る者だということだ。」
そして告げた。
「だから、きっとお前は強くなれる。」
護るものがある限り、目指す
「・・・チッ。馬鹿馬鹿しい。付き合ってられるか。」
シェゾは舌打ちすると、そのまま足音も荒く部屋を出て行く。苛立ちを感じつつもどこか安心したような覚えのある自分に、シェゾは余計に腹が立った。
(俺は闇の魔導師だ。闇の魔導師に優しさなど必要ない!)
シェゾは自身が魔導師である以前に人であるということに頑なまでに気付こうとしていない。闇の魔導師であろうと、ただの魔導師であろうと人は人。そして人間の精神の強さが魔導力に大きく関わっているのもまた事実。
「人間は自らを見つめ直し省みて成長するというが・・・。」
(人から見ればオリジナルの過去は罪深いのかもしれぬな。)
過去に押しつぶされてしまっては意味がない。
「我からすれば、生きる為には誰も彼も命を屠るのだ。意味あるそれは必ずしも罪ではないというのに・・・。」
Dシェゾの眼差しは間違いなく永い時を超越せし者のそれである。シェゾの去った先を彼は憂いを込めた瞳でいつまでも見つめていた。
<後書き>
ギャグ風味のシリアス話といった所でしょうか。何だか小難しいことも書いたような気もしますが、個人的には語りモード入っているDシェに違和感を感じます。そして小話にしてはちょっと長目になってしまいました。
2005/09/16 UP