02:バンダナ
〜ナルシストに関する定義〜
「どうしてバンダナ変えたの?」
大通りに面したお洒落なカフェテラス。そこのテーブルに着いたアルル・ナジャは評判のケーキに舌鼓を打ちつつ目の前に座る一人の男に尋ねた。その男の名はDシェゾ。星屑を集めたかのような銀の髪に血のように紅い瞳を持つ、恐ろしく顔の造作の整った人物である。彼はシェゾ・ウィグィィという人物のドッペルゲンガーであり、その正体は時空の水晶というちょっと(?)変わった物体なのだが、それは一部の者しか知らない秘密である。
「バンダナ?」
アルルの言葉に反応したのはアルル自身のドッペルゲンガーであるDアルルだった。彼女は最近Dシェゾと協力して仕事をしたことがきっかけとなり、現在彼と友情っぽいものを育んでいる間柄である。因みに彼らは四人がけのテーブルに着いており、この場には四人の人物がいたりする。なお、最後の一人はシェゾその人だ。席はアルルの右にシェゾが座り、シェゾの正面にはDアルル、その隣にDシェゾがいるという構図だ。つまりアルルの正面座っているのはDシェゾということになる。
さて、傍目には双子の兄弟姉妹が揃ってお茶をしているようにも見えなくないこの状況は、どうして成立したのか。それはここの店のオーナーに原因がある。何と、この店の主は、彼らとも馴染みの深い魔王サタンなのだ。どうもあの男、遊園地の次はカフェの経営に手を出したらしい。所詮は金持ちの道楽で、実際はキキーモラを中心とした彼の部下が切り盛りをしているようだが。とりあえず、洒落た内装と美味しいケーキが評判の店として、地域の雑誌に載るまでにはなっている。サタンに招待券を貰ったアルルはシェゾ達を誘い、こうして四人が同じテーブルに着いたという訳である。因みにカーバンクルは別テーブルで特盛りカレーを平らげていた。
「Dシェゾのバンダナがどうかしたの?」
少し首を傾げて、DアルルがDシェゾの頭にある赤いバンダナを見る。
「あのね、前、Dシェゾに会った時、青いバンダナ着けてたの。それこそシェゾとお揃いって感じで。でもいつの間にか赤になってたから、何でかなと思って。」
Dアルルへの説明も兼ねて、アルルが詳しく述べる。
「そうだったの?」
「そうだったか?」
Dアルルとシェゾがほぼ同時にそう口にし、Dシェゾへ目を向けた。話題の人物である当人は、黙々とモンブランを口に運んでいたが。
『・・・。』
ひょっとしたら彼は食べるのに集中して聞いていなかったのかもしれない。他の三人がそう思い始めた頃、Dシェゾはコーヒーを口に含み、ようやく一息ついた。
「似合うからだ。」
そして唐突に口にされた言葉。余りにも唐突であったため、アルル達がその言葉を理解するのにしばしの時を要した。たっぷり三十秒程数えた所で、ようやく彼らから反応が返ってくる。
「は?」
「何だそれ?」
「どういうこと?」
アルルは心底不思議そうに、シェゾは小馬鹿にしたように、Dアルルは怪訝そうに、三者三様に尋ね返す。
「我は青より赤の方が似合う。それだけの話だ。」
それだけ言うとDシェゾは我関せずと言った様子でケーキを食べるのを再開する。因みに二個目はシフォンケーキだった。
「よく食べるね・・・。」
「なかなか美味だぞ、Dアルル。」
呆れたように隣の男を見遣るDアルルに、無表情なのだがどこか嬉しそうな雰囲気で食を進めるDシェゾ。
「・・・じゃあ、何で前は青だったのさ。」
前の席二人を見ながらアルルはポツリと呟いた。
「やけに拘るな、アルル。」
シェゾがコーヒーカップをソーサーに置いてから言う。
「だって、Dシェゾのバンダナが青だったせいで、ボク、Dシェゾのことシェゾと間違えたんだよ!?シェゾには思い切り馬鹿にされるし!!」
八つ当たりを含んだ主張をするアルル。
「ルルー達にだって笑われて・・・かかなくてもいい恥かいちゃったんだからね!」
プリプリ怒ってアルルは言うが、この場合Dシェゾは悪くない。敢えて言うなら、勘違いしたアルル自身と彼女神経を逆撫でるような対応をした一部の人々に責任があるように思われる。
「大体、バンダナは赤の方が絶対似合うだなんてナルシストみたいじゃないか!」
「いや、誰も“絶対”とは言っていなかったと思うぞ。」
Dシェゾはナルシストだと主張(?)するアルルにツッコミを入れるシェゾ。
「ナルシスト。つづりはnarcissist。意味は自己陶酔者・うぬぼれの強い人等をさす。語源はギリシア神話の登場人物ナルキッソスから来ている。」
「そんな小難しいことボクに分かる訳ないじゃないか!?」
「いや、難しくないから。」
「つか、開き直るな。」
アルルの言葉を受けて突如『ナルシスト』という言葉を解説しだすDシェゾ。そんな彼にアルルが逆切れし、テーブルの端を拳でダンと叩いた。そして彼女の様子を冷静に見ていたDアルルとシェゾは揃ってツッコミを入れてくれる。納得できない彼女がその話題を忘れるのは追加注文したパフェが運ばれてくる約一分後。
「おいし〜♪」
鳴いたカラスが何とやら、パフェを食べるアルルはすっかりご機嫌の様子だ。そんな彼女を眺めつつ、同じテーブルの三人の頭に掠めた思いは奇しくも似たようなものであった。曰く・・・
【単純・・・。】
これである。しかし口にして突っ込む気も起きないほどアルルの顔は幸せそうであった。
「アルル、口に生クリームついてるよ。」
「ふぁ、どこに?」
「後、鼻の頭にも。」
「ええ!?」
Dアルルに指摘されて、アルルは慌てて顔を手で拭うが、かえって被害が広がってしまっていた。見かねたDアルルが手拭用の濡れタオルを差し出した。
「ああ!駄目駄目、アルル。そのまま顔拭こうとしないの。こっちの面は使ってないから。」
「ん。」
いろいろと姉の如く世話を焼くのだが、席の位置が斜めということもありやりにくい。
「シェゾ、お願い。」
「何で俺が・・・。」
「いいから拭く。」
Dアルルに押し切られる形でシェゾがアルルの世話を焼くことになってしまった。以下はシェゾに顔を拭かれている最中の彼らの会話である。
「そう言えばさ〜、シェゾも結構ナルシストだよね。」
「は?」
ぷよ通の漫才デモとかそれっぽいよな〜とか言った筆者の個人的見解はさておき、アルルの言葉にシェゾは眉根を寄せる。
「自信家だしさ〜。自分のこと強いって言って憚らないじゃん。」
「実際俺は強いんだよ。それに自信を裏付けるだけの知識や経験もある。お前のようなちんちくりんと一緒にするな。ほら、終わったぞ。」
「どうせボクはまだまだ魔導師として未熟ですよ〜っだ!・・・あと、ありがとね。」
口こそ悪いが二人の表情は決して険悪なものではない。これも一種の彼ら流のコミュニケーションの仕方なのだろう。爽やかな風が通り抜け、近くの木々が梢を鳴らしている。
「今日も平和だねぇ・・・。」
「全くだ。」
Dアルルの吐息混じりの呟きをDシェゾが肯定した。
<後書き>
オリジナルズとドッペルゲンガーズによるほのぼのな日常の一シーンという感じです。このお題ではできるだけカップリング要素を入れたくないので、一応気をつけてはいます。彼らが仲が良いのは健全な友情を育んでいるからだとそういう前提でご理解いただけたらと思います。
何だかDシェゾの甘いもの好きは確定要素になってきたみたいです。元々は『魔導学園物語』シリーズのみ適用の設定だったのですが(苦笑)
2005/09/16 UP