07:闇の剣

〜シェゾ君とカイマートさん〜

 

 

 

 

 

 闇の剣、それは精神武器[スピリチュアル・ウェポン]との異名を持つ伝説の武器の一つである。魔力の高い人間[ひと]あらざる者を屠る為の道具とも言われている。さらに擬似人格を持ち、空間を渡る能力を兼ね備え、一定範囲なら自らの意思で動くことも可能な、まさにタダモノではない剣だ。因みに銘はカイマートである。まあ、能力解放時の名称でもあるのだが、その辺は深く突っ込まないことにする。例え、スーパーの店名みたいと言われようと、立派な名前だ。

 代々闇の魔導師に受け継がれる形を取った闇の剣は、一般的に闇の魔導師の武器として知られている。しかし闇の魔導師は所有権はあるものの必ずしも使用権があるわけではない。カイマートに主と認められて初めて真の意味で闇の剣の所有者になると言えた。そんな訳で闇の魔導師であっても闇の剣の主になれない場合もあるのである。例えば世間様に悪名高き・・・もとい闇の魔導師の評判が悪くなった大きな原因でもあるルーンロード。彼はカイマートと切ない位相性が悪かった。性格がネチネチしていたせいか、それともオカマっぽい口調が気色悪いと思われていたのか、正確には明らかにされていない。密かにルーンロードを封印した光の勇者に情報流していたのがカイマートだったとかそうでなかったとか。そんな噂があるくらい不仲だったようだ。

 その辺の事情はともかくとして、現在闇の剣の主となっているのは、シェゾ・ウィグィィ。古代魔導語で“神を汚す華やかなる者”という意味を持つ名前だ。幸運にもカイマートとしての能力解放まで達した、銀髪碧眼の人物である。外見だけなら絶世の美男子。魔導知識は超一流。知能指数も一級品。運動神経も良く、剣術も経験を積んだこともあり、立派に玄人レベルだ。多少天然でうっかり間抜けなことをしでかしてしまうことを除けば、完璧といえるかもしれない。実際カイマートも多少人間性があった方がいいだろうとは思う。普通なら周囲から求められて人生薔薇色でもおかしくなかっただろう。しかしシェゾはそんなプラス要素をぶち壊す勢いで、口は災いの元という言葉と不幸体質がついて回っていた。事ある毎に嘆きたくなる程に。

 そんなシェゾとカイマートの出会いは彼が十四歳の時のラーナ遺跡である。ルーンロードの亡霊が封じられた空間に迷い込んでしまった自称『不幸な迷子』は、カイマートと結託し、ゴーストバスターズ・・・じゃなくて、肉体を乗っ取ろうとするルーンロードの亡霊を撃破した。それ以来、シェゾとカイマートは相棒として長い歳月を過ごしていくことになる。その時、ついうっかり先代闇の魔導師から要らん置き土産を託されてしまった為、闇の魔導師の称号を継承してしまったシェゾは、それ故に苦難の人生を歩むこととなる。カイマートはそんな彼を見守り、時に導きつつも、彼と供にあった。

 

『もしかしたら今の主なら本来の我の役目を与えてくれると思ったのかもしれない。』

 

後にカイマートは某魔王にそう語ったりしたとかしなかったとか。実際は林檎の皮むきにも使われちゃったりして、ちょっぴり切なかったりもするらしい。しかしながら、カイマートはそんなおちゃめな現在の主を気に入ってしまっているのだから仕方がない。

 

『主が本当にまだ子供の頃から側にいたのでな。流石に情も移ってくるのだろう。』

 

犬は三日飼えばその恩を忘れないという。ペットだって長い間飼えばいつしか情も湧く。例え某魔導師の卵に姑みたいだと言われようとも(いや、多分人格が男性ベースのようだから舅かもしれないが)、シェゾとカイマートは総体的に見て仲が良いといえた。

 

 

 

 例えば、こんなエピソードがある。シェゾがまだ闇の剣の主となってそれ程経っていなかった頃。その頃は今のシェゾと比べて剣の腕が甘く、修羅場を潜った経験もそうなかった。野宿にはある程度慣れたとはいえ、肉体的にはまだ子供の段階。そして精神的にも円熟したとは言いがたかった、そんな時期だ。

『主・・・?』

「・・・。」

カイマートの呼びかけにシェゾが答えないので、注意を周囲から自分の主に向けてみれば、彼は木の幹に背を預け、首を落としていた。スースーという寝息が聞こえてくる。どうやら寝ているらしい。

『まだ、食事もしていないというのに・・・。』

野営地を決めて一先ず火を焚いたものの、食事をする前にシェゾは眠りに落ちていた。余程疲れているのかぐっすりと眠りに落ちているようである。

『まだまだ鍛えが足りぬようだな。

人のそれに譬えれば溜息混じりのような声音。カイマートが見つめる主の寝顔はまだあどけなさを残す少年のそれだった。

『・・・仕方がないかもしれぬな。』

 カイマートはシェゾの実年齢を思い出しそう結論付ける。出会った当初の彼は知識こそ人一倍優れているものの、世相術に長けている訳ではなかった。元々才はあったとはいえ、学生という立場から一気に弱肉強食の外の世界に放り出されることになったのだ。闇の魔導師というだけで忌まれ、追われることもある日々を送り、幼いながらも懸命に生き延びてきたのである。

『疲れているのだろう・・・な。』

微笑ましくもあり苦々しくもあるその状況にカイマートは憂いを覚える。

『・・・ならば、しばし休むが良い。汝は我が守ろう、我が主よ。』

「・・・。」

シェゾは眠りに落ちたまま、柔らかな笑みを浮かべていた。いい夢をみているのかもしれない。

ガサリ・・・

 そんな時に突然の物音。いつもならすぐ目覚めるはずのシェゾが目覚めない。それほどぐっすり眠り込んでしまっているのか。カイマートは警戒した。獣だろうか。いや、それなら火を恐れるはずである。ならば、魔物か。下級ならカイマートだけでも何とかなるはずだ。数が多ければ結界で凌ぐ方が無難ではある。気配は近づいている。数は一つ。一体何か。カイマートは周囲を警戒し続ける。そして姿を現したのは・・・

「うふふふ・・・。」

『サキュバス!?』

カイマートの驚きを余所にやってきたのはサキュバスだった。ボルテージ衣装の女王様スタイルなサキュバスは妖艶な笑みを浮かべたままシェゾ達の方へ歩み寄る。若干化粧が濃いといえなくもないが、その辺のツッコミは一先ず横へ置いておくとしよう。

「やっと見つけたわよ、可愛いボウヤ。」

サキュバスは眠るシェゾに目をやり、さらに笑みを深くする。実際シェゾの寝顔ときたらその筋の人じゃなくても垂涎モノの愛らしさであった。その気がなくてもついうっかりムラムラときて襲いたくなるような威力である。良くこれまで無事でこれたと感心したくなる勢いであった。そこら辺はまあ、彼の隣人運がたまたま良くてとかそういったことが要因であるように思われる。その分、他の点で不幸の皺寄せが来てしまったようだが。

『何が目的で現れた・・・!?』

 じっとりとした目つきでシェゾを見つめるサキュバスにカイマートは警戒心を覚える。何せ、現在シェゾは疲れて眠りに落ちているのだ。こんな無防備な状態で襲われたらひとたまりもないだろう。ここは自分が何とかしなくてはとカイマートは責任感で燃え立つ。やる気があるのはいいことだ。

「あら?もう寝てるのね。意外・・・夜更かし平気なタイプだと思ってたのに。」

そしてサキュバスの独り言。ある意味正解ではあったりする。何故なら前述したようにシェゾが眠っているのは疲れが溜まっているからで、早寝早起きなお子様生活をしているわけではないからである。

「ふふふ・・・可愛い寝顔ね。」

安らかな寝息を立てているシェゾをうっとりとサキュバスは見つめる。口元には笑み。その濃いルージュが焚いた火を受けて艶めいていた。

「でも、いただくには好都合かもしれないわ・・・。」

シェゾを見つめるサキュバスの瞳が危険な色を帯びる。何と言うか、『ターゲット・ロックオン☆』とかアオリ文句が付きそうな感じであった。しかしシェゾはまだ眠りの中におり、サキュバスの存在に気づいていない。カイマートはこの状況に危機感を強めた。

「うふふふふ・・・。」

足音を忍ばせて、サキュバスが一歩一歩シェゾへと近づいていく。シェゾは未だ目覚めない。普段なら気配を察し飛び起きてもおかしくないというのに。余程深い眠りについているのであろうか。

『あ、主よ!目を覚ますのだ!!』

カイマートがシェゾに呼びかけるが彼は目を覚まさない。このままでは彼の身が大ピンチである。カイマートは焦った。どう動くべきか、短い間に、それはもう一所懸命考えた。

「それじゃあ、いただこうかしらね

『ちょっと待て!』

 いそいそとシェゾの頬に手を伸ばそうとしたサキュバスにカイマートは切りかかった。正確には空中に浮かび上がり、そのまま刃をサキュバスに向けて、勢いを殺さず振り下ろしたのである。いや、カイマートの本体は剣であるから、体当たりしたといった方がいいのかもしれない。とにかく、カイマートはサキュバスへと攻撃を繰り出したのだ。

ザシュッ

「な!?」

カイマートの刀身が地面へと突き刺さる。悪運が強いのか、咄嗟に身をかわしたサキュバスは唖然としつつも突然落ちてきた剣(サキュバスにはそう見えた)に目を向けた。

「な、何よ、この剣は・・・。」

他に誰かいるのだろうかと周囲を見回すものの、特に人影は見当たらない。ただ、彼女の目の前でシェゾが可愛らしい寝顔を晒しているのみである。まさか剣が勝手に動いて切りかかってきたとはサキュバスは夢にも思っていない様子だ。

「・・・まあ、いいわ。それよりもこの坊やが目を覚ます前に仕込んでおかないといけないしね。」

『誰が許すか!』

サキュバスの言葉にカイマートは再度宙に浮かんで、今度は突きを繰り出した。

ガッ

「きゃあ!?」

カイマートの刃はサキュバスの頬をかすって、木の幹にその刀身を突き刺す。

『我の主に手を出す者は許さん。』

カイマートは保護者(?)としての使命感に燃えていた。

「な、何よ、この剣は!私の邪魔する気!?」

『主の安眠を邪魔する者は排除するのみだ。』

動く剣に驚いたのか多少怯んだ様子を見せるサキュバスと、何だか立ち昇るオーラとかが見えそうなくらい真剣なカイマート。そしてシェゾはこの状況に全く気づかず、ひたすら眠りの恩恵を貪っていた。ある意味大物である。

 

 

 

「ふぁああ〜、ああ、もう朝か?」

 木々の隙間から差し込む陽光と、チュンチュンと鳴く小鳥のさえずりに、シェゾは目を覚ました。昨晩は何が起きても目を覚まさなかったというのに、いい度胸である。

「あ〜、久し振りによく寝たかも・・・あ、そういや、飯食うの忘れたな。」

あくびを噛み殺しつつ大きく伸びをしたシェゾは思い出したようにそう呟く。というか、普通まずは火の始末といったことの心配をするものではないのだろうか。いや、失敗していたら今頃シェゾも無事ではすまないだろうけれど。

「ん?何で、こんなに木が倒れてるんだ!?」

そしてふとシェゾが気がつくと、周囲の光景が寝る前の記憶とは明らかに違ったものになっていた。輪切りになっている大木が何本も転がっていたり、地面の土が妙に荒れていたり、ついでに周囲に弱い魔物の死体があったりと、何だかエライことになっていた。

「これは、一体・・・。」

自分が眠っている間に何が起こったというのか。シェゾは警戒心を覚えつつも、いつでも行動を起こせるように身構える。

「・・・。」

しかしいくら待っても何も起こらなかった。

「・・・もう行くか。」

もともとシェゾは旅の途中の野宿であり、こんな怪しい状況で長居はしない方が無難だろうと判断する。まだ朝食も取っていないが、一先ず荷物をまとめて移動することにした。一度こう決めれば、後は速いので、シェゾの支度は程なくして整う。

「あ、そういえば闇の剣がないな。戻ったのか?」

空間を渡ることができる彼の剣ならば、シェゾが意識してしまわなくとも自動的に普段自らが納まっている場所へと戻るのだろうか。未だにシェゾにとっては謎なことも多い。しかしあまり心配はしていなかった。というか、気にしていなかった。まさか彼の剣がシェゾの安眠を守るためにサキュバスと環境破壊を伴う戦闘を繰り広げていたとは露ほどに思っていないだろう。

 こうして、当の本人の与り知らぬ所で、昨夜もシェゾの貞操は守られた。そして今日も保護者(笑)に見守られ、彼の新しい一日は始まるのである。

 

 

 

 

 

<後書き>

 サブテーマが“頑張れ闇の剣”だったりそうじゃなかったり・・・。何というか、当事者達は真剣なんだけど、傍目に見たらギャグな話ですね。前半と後半で書いた時期が違うため、ノリも若干チグハグな印象が・・・(汗)

 

 

2006/10/21 UP