08:恐怖
〜名前を決めよう! Part2〜
Dシェゾとラグナスが何とか五体満足で退院を果たすことができた翌日、彼らはアルル・ナジャの家のリビングで正座していた。二人は顔色が悪い。病み上がりのせいだろうか。アルルは彼らの様子を見ながらそんなことを思う。彼女はシェゾの家とサタンの塔での破壊騒動についてある程度噂を聞いていた。しかし実際の所、真相は当事者しか分からないものである。サタンに尋ねてみたものの、プライバシーに関わる事だからと断られ、シェゾを問い詰めてみたものの、『あんなくだらない上、胸糞悪い事を思い出させるんじゃねえ!』と逆に怒られてしまった。そこでDシェゾ達へと矛先を向けることにしたアルルは彼らを家に招待した。ところが、アルルの家にシェゾが訪ねてきたことから状況が一変する。
(あれは凄かったな〜。)
思い出すだけで苦笑してしまいそうな光景が、シェゾとDシェゾ達が顔を合わせた途端展開されたのだ。それは、彼らはシェゾを確認した瞬間、突如土下座して平謝りを始めたのである。今も椅子で足を組んで座っているシェゾの前で二人は正座していた。一体彼らの間で何があったのか大変気になる所である。
「シェゾ、ウィッチが送ってきた荷物ってこれだけど、中身あってる?」
「見せてみろ。」
アルルは小型の段ボール箱を抱えてシェゾに近づいた。それはウィッチから送られた荷物である。実は諸事情によりシェゾとアルルはそれぞれウィッチにアイテム類の郵送を頼んだのだが、ウィッチが郵送先を取り違えて業者に手配してしまったらしい。結果、シェゾの元にアルルが注文した品物が届き、アルルの元にシェゾの品が届いてしまったということだ。それを知ったシェゾがこうして態々アルルの家にまで中身を交換しに訪れたのである。
「何だ、まだ開けてなかったのか。」
「だって、別に腐るものとか注文してないし。」
アルルがウィッチに頼んだのは魔女御用達の店で売られている服とアクセサリーである。魔法防御効果のある繊維で作られたそれの耐久力は金属製のアーマーに匹敵するという。アクセサリーの方も類に漏れることなく高性能だ。製造方法は企業秘密であり、一般の魔導師では手に入らない。価格云々ではなく、一見さんお断りの隠れ家的お店といったらいいだろうか。高名な魔導師とて常連からの紹介状を以って初めて顧客となれるという。そこでアルルはウィッチ(正確には彼女の祖母ウィッシュ)をコネとして、注文をしたのである。因みにシェゾはちゃんと店に出向けば顧客として扱ってもらえる立場なのだが、たまたま手の離せない用事(例の空間穴あけ事件のせいでサタンに仕事を押し付けられた)があったため、彼もまたウィッチ経由で注文したのだ。
「シェゾは何を頼んだの?」
ナイフで小包の封を剥がしていく彼の手元を見ながら、アルルは何となく尋ねてみる。軽い好奇心でのことだった。因みにDシェゾとラグナスは未だに正座中である。俯いている彼らは肩が震えているように見えた。それがシェゾに怯えているからだということに事件の現場を見ていないアルルは気付かない。これがサタンだったら心の中で同情くらいはしてくれただろうが。
「ああ、魔法薬をいくつかな。」
「ふ〜ん。でも、そんなに重くなかったよ。」
ウィッチの作る魔法薬を例に挙げれば、液体状のものが多く、容器のビンも考慮に入れると重くてスペースをとる。尚且つ、ビンが割れないよう衝撃吸収剤を間に挟んだりするものだ。しかしアルルの受け取った箱はむしろ軽いものだった。
「へ〜、そんなの入ってるんだ。」
やがて箱を開けたシェゾが中身を取り出し吟味しだす。掌サイズのコルク瓶が五つほど。それぞれ中に入っている液体の色が違った。シェゾはそれらを椅子の側にあったテーブルへ置いていく。熟成された赤ワインのような濃い紫の液体に、透明度の高い林檎果汁のような色合いの黄金色の液体。さらには、硫酸銅水溶液のようなコバルトブルーの液体に、桜色に色づいた半透明の液体。とにかく彩り鮮やかだ。
「うわ〜、綺麗だね。宝石みたい!」
「気安く触るな。」
瞳を輝かせて思わず手を伸ばしたアルルをシェゾが制止した。
「これは希少な上高いんだ。割れたらどうする。」
「ボク、そんなことしないもん。」
「万が一ってことがあるだろうが。」
「むぅ。」
アルルを身体で遠ざけるようにして、シェゾは小瓶を手に取った。そして取り扱い説明書と思われる用紙と何度も照らし合わせて確認する。
「コルク開けて確認したりしないの?」
「開けると質が落ちる。」
アルルの問いに彼女には目を向けずシェゾは答えた。
「そんな風にビン眺めているだけで分かるの?」
「大体な。」
正確には各種魔法薬にはある特殊な光を当てると一時的に色が変化して見えるという特徴があり、シェゾはそれをこっそり試していたりしたのだが、アルルは知る由もない。それ所か、魔法薬を判別する光やら、それによって色合いが変化する特性といった話は本当に一握りの研究者しか知らないことなのである。シェゾがそれを知っているのは彼自身が研究者であることと、彼の馴染みでもある某趣味人のおかげである。
「あれ?シェゾ、このケースは??」
箱に残っていたポケットサイズのケース。アルルはそれを手に取り尋ねる。少し振ってみるとカラカラと音がした。
「ああ、それは魔導力を回復させるタブレットだ。魔導酒の固形版って所か?」
『え!?』
驚いたメンバーが揃って声を上げる。アルルだけでなく俯いていたDシェゾやラグナスもシェゾを凝視していた。何せ、魔導力を回復させるアイテムといえば、魔導酒、ももも酒、仙人酒。そのほとんどが液体である。しかもそれなりの大きさのビンに入っており、量もあるのだ。そんな魔導酒の固形版。
「大体、一錠で魔導酒一本分だな、効果は。」
『えええええ!?』
さらに驚愕の声を上げる三人。もし彼の言う事が本当だとすれば荷物になる魔導力回復アイテムの軽量化も夢ではない。もちろん、空間圧縮袋といった携帯用の荷物入れは存在する。しかしそれらは必ずしも無限大という訳ではない。それだけにそのタブレットは世にも珍しい存在といえた。
「どこでそんなの売ってるんだい?」
「初めて見るな・・・。」
「あのお店そんなのも扱ってたの!?」
目を見張る三人。シェゾはそんな彼らの様子を横目で見ながら、アルルに手を差し向けた。これはケースを寄越せというジェスチャーである。
「あ、うん・・・。」
アルルからケースを受け取るとシェゾはまた説明書を見つつケースを観察しているようだった。そんな彼の背中に突き刺さる視線。
「話は後で聞いてやる。だから今は邪魔するな。」
「は〜い。」
静かなようだがシェゾの声音には苛立ちが滲み出ているようである。顔面蒼白になって無言でコクコクと首を縦に振る男二人を尻目にアルルは不満そうに返事をしていた。
<後書き>
また続きます。多分五話か六話で完結するんじゃないかと思いますが、そればかりは書き進めてみないことには分かりませんね。大まかな展開しかまだ頭にないので(笑)
今回は『恐怖=シェゾ』という考え方です。シェゾは自分の中ではある意味最強ですから。魔王の頭に河童ハゲを作ることも躊躇わない、自らを不幸な迷子と呼んでしまえるそんな貴方が大好きです(爆) 恐怖の帝王シェゾ様にビビリまくっているDシェゾとラグナス、そしてそれを眺めるアルル。そんな構図。
2005/09/20 UP