14:ドッペルゲンガー

 

 

 

 

 

 きっかけは、何故か闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ宅の夕飯の食卓にちゃっかり着いている光の勇者ラグナス・ビシャシの一言だった。

「ドッペルゲンガー・シェゾって言いにくいよな。長いし。」

同じく食卓についているDシェゾをラグナスは見つめる。Dシェゾ不審そうに彼を見遣るがラグナスはいかにも善人オーラーが漂ってきそうな笑顔を崩さなかった。まあ、確かに小説で書く分にはDシェゾで済むが口で言うには長い。

「・・・余計なお世話だ、光の勇者。そして何故貴様がさも当然の如くここにいる。」

少し間をおいて、Dシェゾがラグナスに告げた。わずかに先ほどより眼光が鋭くなる。

「フッ、そんなこと決まってるさ。」

答えるラグナスは自信に満ち溢れていた。

「シェゾん家で御飯を食べる為だぁあああああ!」

彼の雄叫びは洞窟を改装したシェゾの家でよく響いた。反響する彼の声に厨房スペースで鍋の中身をかき混ぜていたシェゾはほのかに殺意を覚えたという。つまりそれくらい喧しかったということだ。

 一方表情をしかめて耳を塞いでいたDシェゾは音が収まるとほぼ同時にラグナスを睨みつけた。先程より厳しい目つきになっているのは気のせいではない。そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、ラグナスは余裕の表情を崩さない。テーブルに皿を運んでいたてのりぞうは彼らの様子に一触即発の雰囲気を感じ取った。

「ぱお・・・。」

切実に主のいる厨房に逃げ帰りたいと思うてのりぞう。しかし、主の命令は絶対であり、己には運んだ皿をテーブルに載せるという義務がある。頑張れ、てのりぞう。君の献身的な働きぶりは誰もが認める所である。

「騒音を立てるな。この愚者が。」

「・・・。」

ピキピキピキッ

Dシェゾの言葉にラグナスの笑顔が凍りつく。

「ヘブンレイ!」

「スティンシェイド!」

 間髪入れず二人が放った魔導はぶつかり合って相殺する。しかし至近距離でぶつかり合ったそれは、余波を確実に周囲にもたらした。まず二人の間にあったテーブルが爆砕。爆風に煽られてのりぞうの運んでいた皿が壁に叩きつけられる。結果はもちろん粉々だ。壁に飾ってあったシェゾが昔の知人から貰ったというタペストリーは焦げあがり、たまたま棚に置いてあった魔導酒の瓶が棚と一緒に落下。その他の調度品も無事では済まないだろう。爆風に煽られ転倒したてのりぞうは顔色を変えて厨房にいる主を呼びに行った。何故なら、Dシェゾとラグナスはすでに抜き身の剣を手にしていたからだ。自分ではこの状況を止められないと判断したのである。

「くらえ、究極の一撃!」

「温いは、光の勇者!サンダーストーム!!」

「なんの・・・リバイア!!」

魔導・剣撃の応酬が繰り返される。ラグナスが肉薄するとDシェゾが剣で一撃を受け止め腕の力で無理やり押し返す。続いてDシェゾが魔導を放てばラグナスが落ち着いて相殺。さらにDシェゾはそのわずかな間を使って突きを繰り出す。ラグナスはそれを後ろの飛んで避け、さらに迫るDシェゾをテーブルの破片を蹴りつけることで押さえ、再び距離をとって対峙した。これが武術大会か何かなら息を吐かせぬ攻防としてさぞや見物であろう。だが、ここはシェゾの家であり、あくまでそこの一室なのである。壁に穴が開き、家具は煤汚れ、あるいは凍りつき、一部は灰となり、床は水浸し。この状況を黙って見過ごせる程、家主は甘くない。

「・・・何をしている貴様ら。」

 てのりぞうに呼ばれてきたシェゾが低い声で尋ねる。いや、凍りつくような、地獄の底から這い上がってくるような声音だ。きっと出所か氷結地獄だろう。静かだが有無を言わせぬ迫力のある声に先程まで戦っていた二人の動きがピタリと止まる。

「な、何って・・・。」

「い、いや、その・・・。」

シェゾから漂ってくるような気がする凶悪なオーラに、咄嗟に言い訳を述べようとして、二人は閉口する。彼らも気付いたのだ。自分達が破壊した惨状に。シェゾを改めて見遣れば、手には闇の剣が握られている。しかもすでにバージョンアップしてカイマートモードになっていた。

『・・・。』

それを認めた瞬間彼らは自分達の運命を悟った。

「理由は聞かない。」

静かに、まるで菩薩のような穏やかさでシェゾが告げる。

「死ね。」

その後、一山越えた集落にまで響く程の轟音がその場から発生したという。

 

 

 

「全く、苦労をかけさせおって。」

「俺を怒らせたあいつらが悪い。」

 数日後、所変わってサタンの塔にて、シェゾとサタンが向き合って話をしていた。シェゾが親指で示す先には包帯グルグル巻きでベッドに転がされたDシェゾとラグナスがいる。外見だけならマミーのようだ。

「おかげで次元の狭間から妙な生き物発生したんだぞ。カイマートの解放はあれ程扱いに注意しろと言っているのに・・・。」

「知らんな。」

苦言するサタンにシェゾはどこ吹く風だ。実は切れたシェゾが大暴れした結果、空間に亀裂が入り、異世界の魔物っぽい生命体が穴から出てきたのだ。気付いたサタンが大慌てで可及的速やかに送り返した為、事無きを得たが、放置すればどんな影響があったか計り知れない。だが、そんな中でも一命を取り留めたDシェゾとラグナスは大した悪運の持ち主といえるだろう。

「それで、結局原因は何だったのだ。」

「だから、こいつらが俺の家で・・・。」

「そうではない。それは私も聞いた。」

「じゃあ、何だよ。」

「そもそも奴らが喧嘩を始めた原因は何なのだと聞いているのだ。」

サタンの言葉にシェゾは顎に手を当てて考え込む。

「そういえば、何でだろうな。」

シェゾ自身もそれを知らなかったことにようやく気付いた。そして包帯塗れな二人を見遣る。彼らはグロッキー状態であり、点滴で繋がれた状況だ。

「今は無理か。」

「その方が無難だろう。」

その気になれば無理やり叩き起こすことも不可能ではないが、それこそ身命の保障ができかねる状態になりかねない。

 そして、てのりぞうを含む関係者一同の証言により、サタンの塔に設えられた病室の一部が爆砕し、当事者二名が吊るし上げを食らうのは約半月後のことであったという。真実は時として残酷なものである。

「塔の上から逆さ吊りは止めてくれぇえええええ!?」

「お、オリジナル・・・我が悪かったからこれ以上は・・・あ、頭に血が上る・・・。」

その当日は快晴だった。噂ではサタンの塔の屋上で、そんな遣り取りがあったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

<後書き>

 続きます。果たしてお題の『ドッペルゲンガー』に合っているかは分かりませんが。きっかけは『ドッペルゲンガー』なので。

 ラグナスとDシェゾが喧嘩っ早いな〜と思います。この二人は犬猿の仲のようです。もっと何でラグやDシェゾがシェゾの家で食事をたかっているのかとかその辺りのことも書こうと思ったのにあれよあれよという間にこんな展開に。サタンだって初めは登場予定なかったのに・・・。まあ、今回は序章ってことで(汗)

 

 

2005/09/16 UP