19:血
〜The Successor Of Darkness 第四章〜
隠し扉の中は意外と静かだった。いると予想していた見張りすら気配がない。シェゾともう一人の男は突入して早々肩透かしを食らった気分に陥った。
「だ、誰もいない・・・?」
「見張りくらいはあると思ったが、無用心だな。」
それともこれは誰が来ても脅威とならないという自信の表れなのだろうか。
(まあ、奥に入ればいるんだろうがな。)
神殿内は元々封印されていた影響か祠の外とは魔導的に閉鎖された空間であるらしい。
(そういえば、どっかの魔導師の研究発表で魔力を遮断する物質についてあったな・・・。)
同行者でもある青い髪の男が周囲の気配を探る中、シェゾは人の気配とはまた違った感覚を覚えていた。
「・・・確かに名残があるようだな。」
「何か言ったか?」
「いや、別に。」
先に歩を進めていた男が振り返って尋ねると、シェゾは否定した。彼には言わない方が良いと判断したのだ。ただ、その“名残”のせいで、他人にどう影響が出るか判断しかねた。
「何だてめえら!?」
案の定、奥へと進んでいく途中で、シェゾ達は敵と遭遇した。その辺のチンピラのような井出達の者もいる。衣服は皆織り目の粗い、貧民層のものだ。彼らはシェゾ達を見つけると各々の獲物を構えた。
「俺は手伝わないからな。」
「分かっているさ!」
青い髪の男が先陣して集団に切りかかっていく。これは初めにシェゾと男が契約を交わした時の条件の一つでもあった。基本的に戦うのは男だけであり、シェゾは手を貸さない。ただし、相手が襲い掛かってきた場合は倒す。敵が二人の場合、状況にもよるが、相手も二手に分かれて戦うのが普通だ。つまり、シェゾがいるだけで、敵の一部は彼の方に向かうのである。それだけでも一人で突入するよりは違うだろう。
「ぐはっ!」
シェゾは自分に切りかかってきた男を無造作に切り捨てた。袈裟懸けに斬られた男は動脈を傷つけたのか大量の血を噴出す。シェゾは返り血を避ける為に後方へと跳んだ。背後に敵はいない。また着地点を狙ってナイフが飛んでくることもない。
(雑魚だな。)
シェゾは自分に群がる敵をそう結論付けた。いや、シェゾにとっては敵ですらないのかもしれない。自分の周囲を五月蝿く這い回る、本来なら歯牙にもかけないような、そんな存在。むしろ虫以下。微生物といった目に見えない存在と言えるのかもしれなかった。
「はあ!」
一方、シェゾの同行者であった青い髪の男も負けてはいなかった。スピードを生かし相手の懐に踏み込み、鳩尾に肘を叩き込む。さらに細剣で相手の喉を突き、蹴りを利用して剣を引き抜いた。彼は小柄で獲物も大きくないので、確実に急所を狙うことが要求される。一撃で倒せなければ、体力を削られるだけなのだ。
(へえ、結構やるな・・・。)
相手が弱いとはいえ、狙った場所に攻撃を入れることは容易ではない。少ない手数で敵を仕留めているのは賞賛に値した。
(この辺では有名な剣士とか言ってたが・・・吹かしって訳じゃなかったってことか。)
シェゾはある男の大剣を受け止めながら、横目でもう一人の男の戦いを観察していた。
「闘いの最中に余所見たぁ・・・この俺様を馬鹿にしているのか!?」
大剣の男が吼える。そして力か任せにシェゾの受け止めている剣を押した。火事場の馬鹿力ではないが、人間の潜在能力を侮ってはいけない。窮鼠猫を噛むという言葉もある。受け止めるシェゾの腕に負荷がかかった。それもかなりの力だ。シェゾとて長剣を自らの獲物とする身、身体は鍛えてあるし、腕の力だってそれなりだ。
(チッ、流石にバスターソード振り回しているだけはあるな・・・馬鹿力め。)
相手の力にシェゾは内心舌打ちした。
「ならば・・・ホット!」
「ぎゃあ!?」
シェゾが呪文を唱えると同時に熱湯が大剣の男の頭上から降り注ぐ。ホットは初歩中の初歩である魔導の一つで、魔力のある人間になら呪文を丸暗記して唱えるだけでも発動できる代物だ。ただし、魔導の心得が無い者の場合は呪文詠唱を省略することはできないし、出現場所を自由に選ぶこともできない。単に呪文を唱えただけだと、大抵、利き手からチョロチョロと熱湯が出てくる(ように見える)だけだ。潜在的に強い魔力の持ち主だった場合は勢い良く湯が噴出すこともある。全体として一つの呪文で水の容量は一定である。魔導師の場合は魔力に乏しい者が時間を掛けて出す分を一度に出現させて利用する。アレンジ次第で水量や温度の調節も可能だ。初歩中の初歩と言っても魔導は奥深いのである。
「はっ。」
そしてシェゾは相手が熱湯で怯んだ隙に、大剣を弾き、そのまま腹部を薙いだ。男は手で自らの腹部を押さえたまま倒れる。ホットで生み出した水が瞬く間に赤く染まっていった。
こうして彼らは次々と襲い掛かる敵を倒していったのである。しかし、一体どこにいたものやら、後から後から人が湧き出てくるという印象だった。大して強くないし、本当に街のチンピラ風情という連中がほとんどなのだが、何しろ数が多い。人を連続で切り続ければ、刃毀れもするし、切れ味が鈍る。返り血を浴びれば、手に付け足に付け、滑りやすくなる。
「畜生!何て多さだ。こんなに人数がいたのか!?」
「大組織でも一つのアジトに総員が集まるなんて事態は考えられないが・・・。」
実はシェゾも青い髪の男も知らない事だったが、この日、本来この場所をアジトにしている集団と別の盗賊団及び密売組織の二つが同盟を結ぶ為に集まっていたのだ。その為、いつもよりも人が多かったのである。そんな日に襲撃をかけてしまった彼らは運があるのかないのか。もっともシェゾ一人なら問答無用で魔導乱射すればいいので楽かもしれないが。
「このままだと埒が明かんな。」
「あ?」
走りながら剣に付いた血を拭いつつ二人は会話をしていた。後ろからは迫る足音。つまり追われているのだ。大広間では多勢に無勢は辛いということである程度幅の狭い廊下に逃げ込んだのである。
「貴様は先に行け。」
「は?何言ってるんだよ!あんた一人であの人数を相手にできる訳ないだろ!?」
シェゾの言葉に青い髪の男が声を上げる。
「できる。貴様がいなければな。」
「何だと!?」
「つまり、てめえがいると邪魔だと言ってるんだよ!」
食い下がろうとする相手にシェゾが怒鳴り返した。
「大体貴様の剣を向ける相手はこいつらじゃないだろう。・・・それに貴様がいると魔導が使いにくい。」
シェゾには自分以外の大勢を一気に殲滅してしまえるような強力な魔導のストックがいくつもあったが、自分の隣にいる男を巻き添えにしない保証はない。
「だから、さっさと行け・・・よ!」
シェゾは話は終わりだとばかりに男を蹴り飛ばす。そして彼に背を向けて追手の迫る方向へと走り出した。
『不器用だねぇ、シェゾは。』
記憶の中の誰かが苦笑する声が聞こえた気がした・・・。
<後書き>
バトルシーンがあるので出血もします。むしろ(返り)血塗れです。スプラッタ警報発令〜!(今更遅いっての) という訳で、お題は『血』。闇の後継シリーズ第四章。果たしていつまで続くのか!?
2007/03/16 UP