23:スキ・キライ

The Successor Of Darkness 第六章〜

 

 

 

 

 

『俺、シェゾのこと好きだよ。』

『俺は生意気なガキは嫌いだ。』

『何だよ、それ〜。シェゾだって他人のこと言えないだろ。』

『俺は大人だから良いんだよ。』

 遠い記憶の中で、無邪気さの中に理知的な光を宿していた少年が、語りかける。遥か昔に置き忘れてきた優しさと温もり、二度と取り戻せるはずの無いそれを、もう一度掴める様な気がして。失うことを恐れたら、受け入れることができなくなっていた・・・。

 

 

 

 

 

 シェゾは神殿の中を駆け抜けていた。確信めいた予感がする。この遺跡にいる闇の魔導師と名乗る男は魔導器ズィルバーヴォルフを装備しているのではないかと。シェゾの見つけた隠し部屋が荒らされた形跡はなかった。ならば、使用者は知らないのではないか。それがどれほど危険な道具であるかということを。そもそも吸収魔導自体が調整の難しい魔導なのだ。呪文一つに対してというような少量の魔力にならともかく一度に大きな力を吸収する場合、“慣れる”ということは余り無い。自身の対応力に絶対の自信を持っていない限りは。余程相性がいいか、相手が自らの意思で譲り渡す場合は反発もないが、大抵は無理やり吸収するので、暴走・暴発に到る可能性を常に秘めている。

(嫌な予感がするぜ・・・。)

しかも例の魔導器は一度暴走し壊れかけたもの。設計図が手元にあるならともかくそうでないなら修復すらされていないのではないだろうか。即ち、それはいつ暴走が起きてもおかしくないということになる。

 さらに走っていくと角に死体があった。見れば先に続く廊下に何人もの男が倒れ、血で床が染まっている。その奥には開いた扉。反響して耳に届いたのは金属がぶつかり合う音。誰かと誰かが戦っているようだ。仲間割れでないとすれば恐らくシェゾの同行者であった青い髪の男だろう。

「くっ」

シェゾは一気に廊下を駆け抜けた。

 

 

ガキィィンッ

 シェゾが部屋に飛び込むと中には五人程人間がいた。立っているのは二人だったが。一人は例の青い髪の男。もう一人は彼の妹の仇であるという闇の魔導師を名乗る男。確かに銀髪だった。髪が女性のように長く、ルーンロードを思わせた。それだけでシェゾにとっての印象はマイナスである。残りの三人は死体だった。それがここをアジトにしていた組織の首領と本日同盟を組むために集まっていた盗賊団と密売組織の頭であることをシェゾは知らない。青い髪の男はどんな戦いを繰り広げてきたのかすでに血塗れだった。返り血だけではなく、自らも傷だらけである。すでに片腕を痛めているらしく、見るからに動きが鈍っていた。体力もほぼ限界なのだろう。それでも長髪の男の投げたナイフを自らの剣で弾き落とす。気力だけが支えのように、その瞳はまだ死んでいなかった。

「ふん、仲間か・・・。」

「あ、あんた無事だったのか!?」

入ってきたシェゾに気づいた二人が声を上げる。

「どうやらここの組織もこれまでのようだな。」

「そうだ!後はてめえを殺して終わりだ!!」

長髪の男の言葉を受けて青い髪の男が吼える。

「お前たちがこの俺様に敵うとでも思っているのか!?」

 長髪の男がアイスストームをシェゾに放つ。本来なら余裕をもって避けられたが、相手を油断させるために辛うじて避けるという演出をした。そしてシェゾは男が銀の腕輪をしているのを確認する。恐らく間近で見れば狼をかたどっているのだろう。

「てめえの相手はこのオレだ!」

青い髪の男が長髪の男に切りかかっていく。彼は負傷している割にいい動きをしていた。相手の魔導を掻い潜るように肉薄し、切りつける。一方長髪の男の方は傍観しているだけなのだが、シェゾの存在が気になるらしく戦闘に集中できていないようだった。そんな理由もあってか、青い髪の男の攻撃は次第に長髪の男を捉えていった。

「ガハ!?」

 激戦の末、ついに二人の戦いに決着が付く時がやってきた。途中細剣をへし折られたものの、青い髪の男が手にしたダガーが長髪の男の左胸に埋め込まれる。これは致命傷だろう。長髪の男が血を吐く。青い髪の男は自らの勝利を確信したはずだった。長髪の男がよろめくようにして、突き刺さったダガーに掛けた青い髪の男手を握る。せめてもの復讐に青い髪の男の腕を魔導で吹き飛ばそうとでもいうのか。だが、彼には妹の仇を討てるのなら腕も命も惜しくない。そういった覚悟でこの戦いに望んでいる。後悔はない。だからすぐに長髪の男の手を振り払って逃げなかった。そんな彼に相手の男はニヤリとした笑いを浮かべる。

「逃げろ!」

気付いたシェゾが警告を発した時にはもう手遅れだった。

 

 

「え・・・?」

 急激に力が抜けていくのを感じ青い髪の男は呆然とする。眩暈がした。立っていられなくて膝を突く。それでも身体を支えられなくてそのまま地に伏した。霞む視界で、長髪の男が左胸からダガーを引き抜くのが見えた。ほとんど出血をしていないように見える。

「そ、そんな・・・馬鹿な・・・・・・。」

長髪の男が見せ付けるように胸部の布を剥ぎ取ると、そこには傷一つ残っていなかった。確かにダガーを突き刺されたはずなのに。

「ち・・・くしょ・・・。」

青い髪の男にもはや立ち上がるだけ力は残っていなかった。彼自身は分かっていなかったが、確かに彼は長髪の男に致命傷を与えたのだ。しかし吸収魔導をかけられ立場が逆転してしまった。急激な力の衰えは、彼が生命力を吸われたから。傍目には枯れ果てた老人のようになってしまっている。涙が一滴零れ落ちる。そして青い髪の男は動かなくなった。妹の仇を討つために命を懸けた一人の男が無念の内に散る。

「ははははは!これが俺様の力だ。思い知ったか、このカスめ。これこそが闇魔導だ!」

 長髪の男は高笑いをして青い髪の男を罵倒した。もう動くことは無い彼の体を踏みつけ、笑い続ける。そして男はシェゾへと顔を向けた。

「さあ、お前も掛かって来い。この闇の魔導師様に勝てるのならな!俺様の餌になるがいい。お前なんぞそれ位の価値しかないだろうからな!」

男は得意げに口にする。シェゾにはこの男の主張が我慢ならなかった。

「ふざけるなよ。」

シェゾが低い声音で口にする。

「何が闇の魔導師だ・・・闇魔導も闇の魔導師が背負う業も何も理解していない奴が偉そうに語るんじゃねえ!!」

「何だと!?お前、この闇の魔導師様に向かって・・・!」

「黙れ!」

「・・・。」

シェゾの迫力が男を強制的に黙らせる。

「本当の闇の魔導師が何なのか・・・俺が教えてやるよ。」

そう言ってシェゾは何も無い空間に手を伸ばした。

「何だぁ?お前何して・・・。」

相手の小馬鹿にしたような物言い。それを無視してシェゾは意識を集中させる。空間を渡る能力を持つ、シェゾにとって唯一無二の剣を呼び出す為に。

「闇の剣よ!」

『我を呼んだか、主よ。』

いくら魔導的に封鎖された空間でもすでに入り口が開いていれば封印も何もあったものではない。普通の攻撃魔法なら外へ漏れるエネルギーを抑えるくらいできそうだが、空間転移といった類には意味がないだろう。シェゾの声に応えて、黒水晶と見違える美しい刃を持つ剣が彼の右手に現れた。

「!? そ、それは・・・!!」

長髪の男はシェゾが何も無い場所から剣を呼び出したことに驚愕する。

「・・・や、闇の剣だと!?ま、まままさ・・・か、お前が・・・!?」

「俺が貴様に真の闇魔導を教えてやる。」

(どうせここは魔導的に閉鎖された場所だし・・・な。)

動揺する男に構わず、シェゾは己の持つ力の全てを解放した。

 

 

 

 

 

 決着はあっさり過ぎるという位あっさりと付いてしまっていた。闇の剣といえば、伝説の武器とまで呼ばれたものの一つである。そして本当の闇の魔導師の武器としても知られている。正確には歴代の闇の魔導師が所有こそしているものの全ての者が闇の剣の主として認められたわけではない。実際、ルーンロードを含むシェゾから数代前の闇の魔導師達は闇の剣と相性が悪かったらしく、主として認めてもらえなかったらしい。ましてやカイマートとしての力の解放まで達した者は歴代の中でも数えるほどしかいなかった。そんな武器を扱うシェゾに恐れをなした長髪の男は戦う前からすでに精神的に敗北していたのだ。

それに加えて、元々の実力が違いすぎる。月とスッポン、象と蟻、天と地ほどの差があった。そしてシェゾは実力差を見せ付けるかのように、強力な魔導を使ったのである。

「た、助けてくれ!」

「アレイアード!」

 力の差を思い知り命乞いをする男に、シェゾは冷徹に魔導を繰り出した。男の断末魔の悲鳴に混じって、空間そのものが悲鳴を上げて震える。前述してある通り、ここは魔導的に封鎖されているので、外へ威力が逃げていかないのだ。そしてシェゾの放った闇の力が秘めたエネルギーを開放した。爆音がその場を支配する。そして爆発の際に発生した煙が収まった時、そこには何も残っていなかった。男も、彼が身につけていた銀の腕輪も。シェゾの放ったアレイアードが魔導器ズィルバーヴォルフ諸共闇の魔導師を名乗っていた男を消滅させたのだ。

「終わったな。」

闇の剣を空間に戻し、シェゾはそう呟く。いつもなら魔導力吸収を行っている所だが、あの男に対してはする気にならなかった。むしろ自分の中に取り込むことが忌まわしく思えた。もしかしたらあの青い髪の男の戦いを汚したくなかったからかもしれない。

(俺もヤキが回ったものだぜ。)

シェゾは溜息を吐く。

闇の魔導師を憎んでいた男。彼は自らが協力を仰いだ人物こそがそうであったと知ることはない。もし知っていたらどうであっただろう。彼もまたシェゾを忌むべき者として扱ったのだろうか。答えはでない。男の瞳に光が宿ることはもうないのだから。

 

 

 その後、シェゾはかつての同行者であった青い髪の男の遺体を担ぐと、神殿の外へ出た。最寄りの集落へ彼の遺体を運び村の者に託す。さらに祠をアジトにしていた組織が潰れたことを告げた。この死んだ男が命がけでそうしたと。闇の魔導師と刺し違えてこうなったのだと。そしてできれば、彼を故郷の墓に入れてやって欲しいと。そこには彼の両親と妹の墓もあるはずなのだから。彼の遺書でもある財産譲渡の契約書はシェゾが手を加えて変えた。彼の財産が彼とその家族の墓を向こう十年世話することを条件に譲り渡されるように。そうやってシェゾは粗方の手続きを済ますと、その土地を立ち去った。本来の目的地へと向かうために。

 

 

 

 

 

 穏やかな風が吹くある日、その村に一人の男がやってきた。静かな村だった。緑豊かな木々の梢が風に揺れている。空は次第に黄昏へと向かいつつあるそんな時刻。聞こえてくるのは巣に帰らんとする鳥の鳴き声か。時折風に男の髪が煽られる。銀色のそれは茜色になりかけた光を浴びて、不思議な色合いを見せていた。男の名はシェゾ・ウィグィィ。古代魔導語で“神を汚す華やかなる者”という意味の名を持つ男。喪服のような黒尽くめの衣装は彼の容姿によく映えた。男は腕に花束を抱き、迷うことなくある場所に向かう。

「よぉ、久し振りだな・・・。」

村の外れにある静かな場所。人気のないそこで、ようやくシェゾは立ち止まった。表情は普段の彼とは比べ物にならないほど酷く穏やかな笑みを浮かべている。瞳はどこか哀しげなものであったけれど。

「会いに・・・来たぜ。」

シェゾは誰かに語りかけるように言い、足元に花束を置いた。

「これはお前の両親の分な。」

花束の前にあるのは表面が平らであったと思われる厚みのある石。古いものらしく、刻まれた文字は擦れてほとんど目で確認することは難しくなっていた。しかしシェゾはそこに刻まれた三つの名前を知っている。

「それで・・・ほら、これが約束の酒だ。高いんだぞ。」

シェゾは袋から酒瓶と二つのコップを取り出すと、それぞれに瓶から琥珀色の液体を注いだ。夕陽が黄金のように液体を輝かせている。

 

『シェゾ。』

 

 囁くように記憶からの呼び声。一人の少年の笑顔と共に。シェゾはその場に腰を下ろすと琥珀色の液体に口をつけた。少し辛口だが、口当たりのいい酒。シェゾの好みとしてはもっとキツイ酒があるのだが、少年の好みを考慮して少し抑えたものを用意したのだ。

「あれからさ・・・いろいろな事があったんだぜ。」

ポツリポツリとシェゾが口にしていく。噛み締めるかのように。ゆっくりと。

「そういえば、この間、お前に少し似ている奴に会ったよ。・・・そいつもすぐ死んじまったけどな。」

緑色の強い意志を宿した瞳。

「お前みたいな奴はあれから結構流れてみたけどいないな。本当変な奴だったよ、お前。」

シェゾは唇を歪めて笑う。

 

『・・・シェゾ、運命なんて言葉に負けるなよ。』

 

「・・・なあ、お前は幸せだったか?」

 ポツリとシェゾが呟く。視線の先は擦れてしまった墓石の名前。弟のように思えた少年。本当はもっと見せてやりたいものがたくさんあった。教えてやりたいことも。世界の広さ、色、音、続いていくはずだった未来。

 

『俺の力・・・名前も貸してやるから・・・さ。』

 

できることなら共に歩いていきたかった。

 

『俺の代わりに、見てきてよ。・・・なあ、シェゾ。それで、世界を見てきて?・・・そうやって、旅して・・・さ。もしまだ俺のこと覚えてたら、たまに会いに来てよ。それで・・・シェゾが見てきた世界のこと、俺に教えて・・・よ・・・な。』

 

サラサラと風化していくように消えていく彼の命。今でも思い出すと痛みが胸を過ぎるのは嘘じゃない。

 

『シェゾ・・・。』

 

「俺、お前となら義兄弟[きょうだい]になれるかもとか・・・さ、柄にもなく思ってたんだぜ、あの頃?」

問いかけに答えが返ってくることはないけれど。

 

 

 空が夕闇へと変わっていく。光から色が消え、周囲に夜の帳が下りていく。シェゾは少年の分としてコップに入れてあった酒を墓石に注いだ。風が吹く。

 

『大好きだ。』

 

木々の葉が揺れる音に混じって、少年の声が聞こえた気がした。

「俺もお前が好きだったよ・・・。」

シェゾの呼んだ少年の名は風に攫われ他の誰にも拾われることはない。

「風が、強くなりそうだな。」

シェゾは瞳を細めて空を見上げる。哀しいくらい綺麗な空だった。

 

 

 

 

 

<後書き>

 やっと終わった・・・シリアス風味の漂う外伝の完結です!時間軸としてはシェゾがアルルと出会う前。時折、シェゾと少年の回想(ほぼセリフのみ)を混ぜつつ展開していきました。

 読んでの通り、例の少年はもう他界しています。ひょっとしたらこういうラストだって気付いている人もいたかもしれませんけどね。名前を出そうかどうか最後まで迷っていたのですが、結局明かされないまま終了です。機会があったら本編でお目見えすることでしょう!

 というか、この話だけ小話の枠からぶっちぎりではみ出してやがりますは、こん畜生(自己嫌悪) 長すぎます!でもラストシーンはちゃんと書きたかったんです。

 

 

2007/11/17 UP