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今回の第3回演奏会の曲目等について主宰者・指揮者の
笹倉 強先生にインタビューの形でお話を伺いました。
先生は曲目についてのお話の外に、
海外演奏での“文化交流”等の
経験をお話し下さいました。
笹倉先生のインタビュー
A 今回の演奏会ではカンタータ2曲とモテットを演奏しましたね。
笹倉 カンタータは第130番と第147番を取り上げました。
第130番は、オーケストラでトランペット3本、オーボエ、ティンパニーなどが入り、演奏会の最初を飾るにふさわしい華やかな曲と思います。この曲は1724年の9月29日に初演されましたが、この日は「大天使ミカエルと天使たち」の祭日で、バッハはこの日のために作曲したと聞いています。
カンタータ第147番は第1回演奏会でも取り上げた曲ですが、前回は伴奏がパイプオルガンでしたが、今回はオーケストラです。今度の演奏会ではもう一段演奏を深めてゆくことが出来たのではないでしょうか。皆さんも初めて感じることがあると思います。
「前回よりも演奏が良くなりましたね」との評を頂きました。すべての曲について言えることですが、練習を繰り返すことで、らせん階段を上るように演奏のレベルを上昇させてゆくことが出来ます。ここに発見があるのではないでしょうか。
モテットは我々の合唱団として初めて取り上げた分野です。バッハに近づくには、モテットの演奏が不可欠であると思っています。
A.ア・カペラ曲についてお話し下さい。
笹倉 J.ハンドルの「見よ、義人の死にゆくさまを」は、海外の合唱団が歌うのを聴いたことがあります。その時、なんと美しい曲か、と思いました。ぜひこの合唱団で取り上げたいと思い、楽譜を探したところ、コールユーブンゲンの第3巻にあることがわかりました。コールユーブンゲンは音程の練習のための楽譜と思っている人もあるかも知れません。第1巻は音程の練習曲ばかりですが、第2巻、第3巻には名曲が多数収録されていますよ。
2番目の曲、「めでたし、天のきさき」はド・ラ・リューの作曲です。ジョスカン・デ・プレのポリフォニーを取り上げようかという考えもありましたが、同じフランドル派のド・ラ・リューのマリア様への祈りの歌、この曲にしました。
続く4曲の世俗曲は動物のかかわる歌が3曲入っています。バンキエリの「森の音楽会」では動物たちの鳴き声, バスが歌う呪文のような歌詞、そして,はやし言葉
の3つを使って曲が出来ています。
H.イザークの「インスブルックよ、さようなら」は美しい和音のホモフォニーの曲です。イザークもド・ラ・リューと同時代に活躍した作曲家ですね。インスブルックは夏でも頂きに雪のある山のふもとに広がる美しいオーストリアの街です。
「ひばりの歌」はメンデルスゾーンの作曲。今回の演奏会の曲目のなかでは一番ポピュラーな曲ではないでしょうか。メンデルスゾーンはバッハの「マタイ受難曲」の演奏会を初演からほぼ100年後に開催してバッハの名声を高めたことでも有名ですね。
ア・カペラ曲の最後はコダーイ作曲の「孔雀」です。コダーイに関心を持つようになったのは、来日したフィンランドの少年合唱団パピオラが演奏したコダーイの曲を聴いたときからです。この合唱団はコダーイシステムという音楽教育法を採用していました。当時音楽教育に携わっていましたから、コダーイシステムには非常に興味がありました。
1979年の1月には2週間ほどハンガリーを訪問してコダーイシステムの勉強をすることが出来ました。コダーイシステムは世界中で採用されている優れた音楽教育法です。ハンドサインに代わるものはないでしょう。
日本では色々な事情から,あまり普及していないのは残念ですね。コダーイはバルトークと一緒にハンガリー民謡の収集に努力したことでも知られています。コダーイの曲はこのような努力の中から生まれものと思います。
A.コダーイの曲は最近、高校・中学の合唱コンクールで自由曲に取り上げられることが多いようですね。
笹倉 NHKラジオで行われたコンクールで審査員を務めたとき、コダーイの曲が演奏されるときは私に審査の担当が回ってきました。中学の合唱団ではコダーイのお弟子さん、コチャール氏の作曲を選ぶことが増えてきましたね。
A.2008年、2009年と2年続けてドイツのライプツヒを訪問されておられます。
笹倉 2009年のときは、トーマス教会でバッハが合唱団を指揮した場所をぜひ見たいと思いました。階段を昇り、パイプオルガンの前のバッハが立った指揮台を目の当たりにして、深い印象を受けました。ここはほぼ3階の高さの場所で、教会の中を見渡すとかなたに祭壇、その前にバッハの墓があります。
指揮台にバッハの幻影が立っていたように思いました。彼に向かって「うちの合唱団にバッハの名を頂戴したいのですが」、と心で申しました。幻影のバッハはうなずいたように思いました。そして帰国してからブルク室内合唱団をブルク・バッハ室内合唱団に改名したのでした。
A 先生は合唱団の練習方法を色々工夫されておられますね。
笹倉 先日試みたのは、対面型(2パートを向い合せる)とバラバラ型(各パートのメンバーをバラバラに配置)ですね。指揮者としてはバラバラ型の時は音が変わって聞こえました。この音をそのまま朝日ホールに持ってゆきたいと思いましたね。他のパートの音をよく聞いたからではないでしょうか。バラバラの時は歌うのに不安感があるかも知れませんね。他のパートに引き込まれることもあるかも。各パートの人数が同じなら、4重唱と同じことになるのですが、現在はテナー・バスが少ないのが残念です。慣れの問題もあるでしょう。一人で自分のパートを歌うことが出来るようになればうまくゆくでしょう。
今回の演奏会では「ア・カペラ」のステージで、各パートを二つに分けて配置してみました。
音が下がる傾向がある男声合唱団で、半音あげたら音が下がらなくなった、という経験があります。これは緊張感が高まったためではないでしょうか。半音あげるとテノールはファルセットで対応できますが、女性の場合はむずかしいようです。細めの音を出せば高音がでます。ある女声合唱団では発声練習でDまで出しました。しかし歌詞がつくと高音は出にくくなりますね。呼吸法の問題と思います。
A. 笹倉先生は海外で合唱の指揮をされた経験を何度もお持ちですが、日本の曲を演奏されたときの反響は如何でしたか。
笹倉 再びドイツに新座の合唱団とともに演奏旅行したときのことです。ベルリンに近いノイロッピン市の演奏会では、明治以後の日本の作曲家の曲をいくつか演奏しました。その後「越天楽」の演奏を始めると指揮している私の背に “ザワッ” と聴衆の空気が動くのを感じました。
日本の作曲家はドイツで勉強した方が少なくなく、ある程度西洋音楽の影響を受けていると思えます。その点「越天楽」は純粋に日本の伝統音楽の背景から生み出されたものなので,ドイツ人の異文化に対する理解度の高さを教わりました。これぞ
“文化交流” というのでしょうか。
A.ゴッホの時代の西洋絵画に浮世絵が衝撃を与えたような異質感でしょうか。
笹倉 「越天楽」の演奏の際、聴衆の中にこの「ざわめき」を感じた人は合唱団のなかにもいました。フランクフルト(オーデル)でこの曲を演奏した時は、演奏の後で若い人が「越天楽」について質問に来たほど、関心を引きましたね。
A.今日はお忙しいところ長時間有難うございました。
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第3回演奏会を開催致しました浜離宮朝日コンサートホールは、
世界的に優れた音響効果を持つホールと云われています。
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第2回演奏会「ア・カペラとカンタータの世界U」も
2009年1月18日(日)に浜離宮朝日ホールで
開催致しました。
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