「ハスター神話」に関する覚書

竹岡啓


 ハスターは複雑な性格の神である。冷徹な知性の神であると同時に凶暴な破壊神でもあり、星間宇宙に君臨する大魔王であるかと思えば、意外と人類に好意的な一面を見せることもある。思うに、ハスターの性格の複雑さは彼の歴史の複雑さに起因しているのだろう。ハスターという神性が形成されていった過程を調べることは、この神の全貌を把握する一助となるかもしれない。

 ハスターという神を創造したのはアンブローズ=ビアスである。ハスターはクトゥルーに37年も先駆け、1891年に発表された「羊飼いハイタ」で初登場した。この短編におけるハスターは直接には姿を見せないが、牧羊者の温厚な神ということになっている。ビアスの作品でハスターへの言及があるのは「羊飼いハイタ」だけであり、ビアスはハスターをカルコサやハリと関連づけようとはしなかった。その関連づけを行ったのはロバート=W=チェンバースである。チェンバースが1895年に発表した短編集『黄衣の王』には下記の作品が収録されている(1)。

 「名誉修理者」
 「仮面」
 「竜の路地にて」
 「黄の印」
 「イスの令嬢」
 「予言者の楽園」
 「四風の街」
 「初弾の街」
 「草原の聖母の街」
 「行き止まり」

 表題にもなっている架空の戯曲『黄衣の王』によって、これらの作品は互いに緩やかな関連性を持っているということになっているが、『黄衣の王』との直接的な関連が実際にあるのは「名誉修理者」から「黄の印」までの4編に過ぎない。「予言者の楽園」は詩集であり、残りは恋愛小説である。

 『黄衣の王』におけるハスターが何なのかは判然としない。どうやら星または都市の名前らしいのだが、「時節は到来し、人々はハスターの息子を知るだろう」という記述が「名誉修理者」にあるので、ハスターは人名ないし神名であると解釈する余地も残されている。さらに『黄衣の王』と無関係な「イスの令嬢」には人間の鷹匠としてハスターが登場するが、その理由はまったく不明である。不可解な固有名詞をちりばめることによって不気味な雰囲気を醸し出すことがチェンバースの目的であり、それらの固有名詞が何を指しているかは彼にとって重要ではなかったのだろう。余談だが、ハスターと同様にカルコサやハリもチェンバースの作品ではビアスと扱いが異なっている。ビアスの「カルコサの住人」では単に古代の都市だったカルコサが『黄衣の王』では異界の都市となり、月の後ろに塔がそびえる禍々しい地へと変貌した。またビアスの作品では予言者の名前だったハリも湖の名前に変えられている(2)。

 ラヴクラフトは「闇にささやくもの」でハスターに言及したが、その正体はここでも定かでない。星間宇宙を闊歩する能力をハスターに付与したのはHPLだろうとクラーク=アシュトン=スミスはオーガスト=ダーレス宛の1937年4月13日付の手紙で述べているが、その根拠は不明である。そのようなことが記された手紙をスミスはラヴクラフトから受け取ったことがあったのかもしれないが、もちろんスミスの記憶違いということも考えられる。クトゥルー神話大系におけるハスターを神格と決めたのは、少なくとも公の場ではダーレスだと考えてしまってよいだろう。

 「闇にささやくもの」を読んで感銘を受けたダーレスは、ラヴクラフトの神話を「ハスター神話」(The Mythology of Hastur)と名付けることを考えつき、そのことをラヴクラフトに提案した。悪くない考えではあるが、自分の神学ないし魔神学はビアスやチェンバースよりもマッケンやダンセイニなどから得られたものだとラヴクラフトは1931年5月16日付の返信に記し、ダーレスの提案を退けた。そこでダーレスは「ハスター神話」を放棄し、6年後の1937年になって代わりに「クトゥルー神話」を採用した(3)。

 いわゆるダーレス神話の作品でハスターが初登場したのは、1931年の夏にダーレスとマーク=スコラーが合作した「潜伏するもの」である。ここでハスターは早くも「名状しがたきもの」の異称を与えられ、旧神によってハリに封印されたという設定になっている。かくして大邪神ハスターが誕生した。続いて1937年に発表した「ハスターの帰還」で、ダーレスは本格的にハスターを扱っている。この短編は数年前に完成しており、ラヴクラフトもその草稿を読んだことがあったのだが、ファーンズワース=ライトが受理しようとしなかったので発表が1937年まで延びてしまったのである。

 1930年代に自分の作品でハスターを使った作家としてはラヴクラフトとダーレス以外にヒュー=B=ケイヴがいる。彼は1934年に「暗黒魔術の島」を、1939年に「臨終の看護」を、いずれもウィアードテイルズに発表した。どちらの作品にもハスターやナイアーラトテップへの言及があり、とりわけ「暗黒魔術の島」には「闇にささやくもの」からの露骨な引き写しが見られるが、これは剽窃というよりはラヴクラフトへの表敬であろう。ただしケイヴの作品ではハスターは「悪の貴公子」と呼ばれており、ベルゼブブやアスタロトの親類縁者といった印象を与える。

ハスターと縁のある星々
写真: ヒアデスとセラエノ
 1944年から1952年にかけてウィアードテイルズに掲載された連作短編『永劫の探求』でもハスターは重要な役割を演じている。この辺のことは日本の読者にもよく知られているので、くだくだしく説明する必要はないだろう。ハスターはクトゥルーの半兄弟(half-brother)であり、クトゥルーへの憎悪ゆえに人類に力を貸すこともあると述べられている。また、蝙蝠に似た翼を備えて時空を飛翔するバイアクヘーがハスターに仕えているということになっている。いささか興味深いのは、ハスターの従者であるはずのイタカが『永劫の探求』ではハスターと対立していることで、この辺はダーレスの設定に混乱が見受けられる。

 さらに、カルコサと並ぶ重要な地名がダーレスによってハスターと関連づけられた。セラエノである。セラエノはプレアデス星団中の星であるが、現在はハスターに支配されており、そこには大図書館があるということになっている。星空の彼方の異界にある大図書館という幻想は多くの作家を魅了した。もっとも、すべての作家がダーレスの説をそのまま使ったわけではなく、たとえばリチャード=L=ティアニーの小説ではセラエノは旧神の支配下にあるということになっている。

 ダーレス以降の作家もハスターをしきりに用いた。古代メキシコの神ミクトランテクトリはハスターの化身であるという説をティアニーは「中米におけるクトゥルー」で唱えた。またティアニーによると、古代エジプトの神セトもハスターの化身である。ティアニーが1977年に発表した短編「セトの指輪」ではハスターがセトの名で呼ばれており、冷厳な知性を双眸に湛えた黒蛇の姿で顕現する。

 リン=カーターによると、ハスターはシュブ=ニグラスの夫である。カーターが何をこの説の根拠にしたのかは不明だが、もっとも確からしく思われるのはラヴクラフト&ビショップの「墳丘の怪」に「名付けられざるものの妻シュブ=ニグラス」という記述があることだろう。「墳丘の怪」の「名付けられざるもの」がハスターを指しているとは思えないが、ダーレスに従う限り「名付けられざるもの」とはハスターのことであり、したがってシュブ=ニグラスはハスターの妻でなければならない。そもそも前提が妙だという指摘は当然あるだろうが、それなりに筋の通った考え方であるように思われる。

 ハスターについては、ケイオシアムが発売したTRPG『クトゥルフの呼び声』の寄与も無視できない。『クトゥルフの呼び声』の公式設定では、ハスターは黄衣の王として顕現するということになっている。チェンバースの作品において黄衣の王は悪意または気まぐれから人間に干渉し、美と真実の啓示によって人間を狂気に追いやる。また生ける死者を自分のエージェントとして使い、皮肉たっぷりに聖書の語句を引用して見せたりする(4)。この性格から私が即座に連想するのはハスターではなくナイアーラトテップなのだが、黄衣の王をハスターの化身としたケイオシアムの判断に異議を唱えようとは思わない。ハスターという神性が深みを増したことを歓迎してもよいだろう。さらに、『黄衣の王』には具体的な描写のなかった黄の印をケヴィン=ロスがデザインした(5)。なお黄衣の王は人間の倍ほどの背丈があり、蒼白の仮面で素顔を隠しているとされるのが一般的だが、これはチェンバースではなくジェイムズ=ブリッシュの説である。チェンバースは黄衣の王の姿形を具体的には記述しておらず、せいぜい異様な色彩の襤褸をまとっていると述べている程度である。

 『クトゥルフの呼び声』d20版や『デルタグリーン』の作者ジョン=タインズはハスターを「宇宙の力」と解釈し、『デルタグリーン』のサプリメントである『カウントダウン』でハスターのためにわざわざ一章を割いて次のように述べた。

 ハスターは──CoCでは旧支配者に分類されているが──本来は人格神ではないし、いかなる種類の知的生命体でもない。むしろハスターはエントロピーの力なのである。それは秩序を破壊する宇宙的な原理である。原子から宇宙に至るまで一切の水準でこの秩序の破壊が発生するので、ハスターという「神性」は現実のあらゆる水準に影響を及ぼしていることになる。この影響の結果は、教団がハスターを神として崇拝することから、現実に対する人間の認識が根本的なところで侵食されることにまで及んでいる。

 この解釈におけるハスターはヨグ=ソトースに近い存在といえるだろう。余談だが、リン=カーターは「ゾス=オムモグ」(6)でフォン=ユンツトの『無名祭祀書』に仮託し、ハスター・クトゥルー・ヴルトゥームはヨグ=ソトースの息子であると述べている。

 以上、かなり駆け足でハスターの歴史を見てきたが、ハスターを創作上の素材として用いるとき、このような知識を備えている必要は全然ない。『永劫の探求』しか読んだことがない人でも、ハスターを自分の作品で活用するのは一向にかまわないだろう。しかし、なぜハスターはこれほどまでに不可解な性格なのかと疑問に感じたら、100年以上に及ぶ歴史を振り返ってみることで理解がいくらか得られるはずである。ひとつだけ確かなことは、大いなるクトゥルーと同様にハスターもこの上なく魅力的な存在だということである。


  1. 2005年2月14日現在、『黄衣の王』に収録されている作品のうち「名誉修理者」「仮面」「竜の路地にて」「黄の印」「四風の街」が邦訳されている。「黄の印」は『クトゥルー3』(青心社文庫)と『ク・リトル・リトル神話集』(国書刊行会)に収録されており、それ以外の作品は理力探求の会に掲載されている。また『黄衣の王』の原文はグーテンベルク=プロジェクトなどが無償公開している。
    http://www.gutenberg.org/etext/8492
  2. ずっと後になってリン=カーターはビアスとチェンバースを折衷し、ハリという湖の名前は予言者ハリにちなんだものだという説を唱えた。
  3. ただし「クトゥルー神話」は、クトゥルーという神名にちなんだものではない。ラヴクラフトの神話の基本的な枠組がはじめて明らかになったのは「クトゥルーの呼び声」なので、「クトゥルー神話」を用いることにしたとダーレスは説明している。つまり「クトゥルー神話」は作品名に由来するものである。
  4. 「竜の路地にて」の結末で黄衣の王は「生ける神の手に落ちるとは怖ろしいことだな!」と「ヘブル人への手紙」の言葉を引用している。
  5. ロスがデザインした黄の印は次のようなものである。
    http://www.apocalypse.gen.nz/slayerseast/images/yellowsign.jpg
  6. ケイオシアムの『ゾス伝説群』では「陳列室の恐怖」という題名になっている。ロバート=プライスによると、こちらが本来の題名だそうである。

謝辞

 セラエノの美しい写真を提供してくださった坪根徹さんに心より御礼を申し上げます。