死者が汝の妻を寝取るだろう

C.A.スミス


六場の戯曲

登場人物
スマラガド ヨロズの王
ソメリス妃
ガレオル 放浪の詩人にしてリュート奏者、スマラガドの客人
ナタナスナ 魔術師
バルテア ソメリスの侍女
カルグス ナタナスナの助手を務める黒人
サルゴ 王の出納官
ボランガ 近衛隊長
侍女・女官・廷臣・衛兵・侍従

舞台 ゾティーク大陸、ヨロズの首都ファラード


第1場

スマラガドの宮殿、王妃が住まう続きの間にある大きな部屋。玉座らしき高い椅子にソメリスが腰を下ろしている。その前にガレオルが立ち、リュートを抱えている。バルテアら数名の女性が距離を置き、背もたれのない低いソファに座っている。開け放たれた扉の両脇に黒人の侍従2名が立っている。

ガレオル(リュートを奏でながら歌う)
急ぐがよい 躊躇してはならぬ 熱情の若者よ
宵闇に見出すのだ
燃えさかる炎に浮かび上がる
女神イリロトの足取りを

女神の口と双眸は眠りの小川を澄み渡らせ
眉間に見えるは月
魔法の竪琴は告げる
至る所 奔放なる音曲とともに女神は現れると

女神が両の腕を拡げれば象牙の門
失われしロータスの地なる門の如し
その地より花香油は流れ出る
真紅の星の下 女神が汝を抱擁するだろう

ソメリス
気に入りました。聞きたいのですが、どうしてイリロトのことをそんなにたくさん歌うのですか?

ガレオル
私が生まれたのは没薬の香る地、その地では皆がイリロトを崇めております。ヨロズの人々もイリロトを敬ってはおりませんか? イリロトは心優しく、愛と恋人たちの歓びだけを望む女神なのです。

ソメリス
ここではイリロトはそんなに優しい女神ではありません。喜びの温かき泡があまりにたびたび血糊と混じり合う国ですから……。でも、穏やかな信仰が残っているという遙かな地のことをもっと教えてくださいな。

ガレオル
模様の波打つ海に臨む国です。その国では杉の木陰の四阿を愛の褥とし、朱色の花をつける蔦をまとわせます。苔むした小路では白い毛皮の山羊が歩き回ります。紅玉髄が厚く積もった海岸は洞窟に通じ、満ちては引く潮がそこに残していった真紅の貝殻は情熱をもって開いた唇のようです。小さな港からは漁師たちが船出し、甲高く鳴くミサゴが島に作った高巣に向けて、海藻のように茶色く丈高い三角帆を傾けます(訳註――三角帆の向きで船の進路を変える様子を述べたものか)。そして彼らが舳先を低く下げて夕焼けの海から帰ってくるとき、浜辺ではガレー船の残骸からとった横梁や円材で篝火を焚き、真珠のような炎の周りで輪になった女性たちが、海のように古くより伝わる踊りを踊ります。

ソメリス
ヨロズではなく、その国に生まれたかったのに。

ガレオル
物憂げな海の泡が縞をなす夕べの波打ち際をお妃様とともに歩き、糸杉の崖の上で彼方の灯台のように煌めくカノープスを見ることができたらと思います。

ソメリス
口を慎みなさい。壁に耳ありと申しますし、宮殿の広間には口さがない者もおります。スマラガドは嫉妬深い王で――(ちょうどスマラガド王が入室したので、王妃は黙りこむ)

スマラガド
見目麗しい光景であるな。ガレオルよ、女人の間でくつろいでいるではないか。煩わしき王の務めに倦み果て、早々と老いてしまった愚鈍なる悲しき王よりも、そなたのほうがソメリスを楽しませていると聞き及んでおるぞ。

ガレオル
私の貧しき歌と拙きリュートが両陛下の気晴らしになればと願うばかりです。

スマラガド
いかにもそなたの歌は見事であり、シムルグが番うときのようだ。そなたの声は女の肝脳を蕩かし、情熱の腫れあがった水門へと押し寄せさせるわ。ここに来てどれほどになる?

ガレオル
1カ月になります。

スマラガド
夏の月もすっかり満ちた。余の官女どもは多情でな、そなたは何人と寝た? あるいは、そなたを誘った女が何人いると訊くべきかな?

ガレオル
一人もおりませぬ。愛を育み、恋人たちの鼓動を高める女神イリロト、その三日月型の角にかけて誓います。

スマラガド
そのような自制心がそなたにあることは余が請け合おう。ヨロズでは稀な資質よ。余ですら若い頃は娼妓を買いあさり、人妻との密通に励んだものだ。(王妃のほうを向いて)ソメリスよ、酒はあるか? 年をとっても一向に身持ちが改まらぬ者から見れば、若いのに志操堅固であっぱれとしか言いようがない。その純潔を祝って乾杯と行こうではないか。(丸い腰掛けの上に置いてある銀の水差しと杯を王妃は指し示す。スマラガドは王妃や詩人に背を向けて三つの杯にワインを注ぎ、空いているほうの手をさりげなく広げて杯の一つにかぶせる。その杯を王はガレオルに渡す。もうひとつを王妃に、そして三つ目を自分の口に運ぶ)さて、王が手ずから酌をして敬意を表したからには、我らは皆ガレオルのたゆみなき克己心を称えて飲まねばならぬ。されば彼も我らと酌み交わすべし。(王は酒を呷る。王妃も杯に口をつけるが、わずかに味を見る程度。ガレオルは酒杯を掲げるが、動きを止めて凝視する)

ガレオル
何と奇妙な泡立ち方でしょう。

スマラガド
いかにも、まるで暗き紫色の海で溺れる男の口から噴き出てくる泡のようであるな。

ソメリス
奇妙な冗談をおっしゃいますね。陛下が私にくださったお酒には泡など立っておりませんよ。

スマラガド
注ぎ方がゆっくりだったからかもしれぬな。(ガレオルに)飲みたまえ、真正の古酒だよ。その酒を醸した者も世を去って久しい。(詩人はまだ躊躇しているが、とうとう一息に飲み干す)どんな味がするかな?

ガレオル
愛に味があるとすれば、このような味でありましょうな。唇には甘いが、喉には苦く感じられます。(よろめき、空の杯を手に持ったまま頽れる)毒が入っておりましたか。しかし私は決して陛下を裏切ってなどおりませぬ。なぜ、このようなことを?

スマラガド
そなたが今後も絶対に余を裏切らないようにするためだ。そなたが飲んだのは、あらゆる生者の渇きを癒やす美酒。蛆虫がそなたの眼窩にびっしりと集い、愛の歌の代わりにそなたの唇から這い出し、そなたを一寸刻みに去勢していけば、そなたが王妃たちに色目を使うこともその逆もありえまい。

ソメリス
(席を立って前方に歩きながら) スマラガド、このようなことをすればヨロズ全土に悪名が広まり、呪われたものたちの暗鬱な行進の先まで伝わっていくでしょう。(仰のいて床に横たわる瀕死のガレオルの傍らに跪く。ガレオルの顔に片手で触れる王妃の眼から涙がこぼれる)

スマラガド
やつのことがそんなに大切だったのか? そなたの柔らかな喉を弓の弦で絞めるべきかと考えそうになったがな、そなたはあまりにも美しい。さっさと立ち去り、余が行くまで寝所で控えているがいい。

ソメリス
ひどいお方、私の心は燃え上がり、消し炭と成り果てた亡骸が墓所の蛆虫を出迎える日まで憎しみに苛まれることでしょう。(ソメリスが退出し、バルテアら女性たちも後に続く。2人の侍従が後に残る)

スマラガド
(侍従の1人に指図して)
墓掘人を呼んでくるのだ。こやつの骸は秘密裏に埋葬したい。(侍従が退出する。まだ息があるガレオルのほうに王が向き直る)
そなたの貞操も不滅のものになったと思うことだな。未だ思いを遂げず、これからも機会はあるまい。

ガレオル
(弱々しいが、聞き取れる声で)かわいそうなお方だが、哀れんでいる時間もない。その心に抱えておられる地獄は私が決して知らぬもの、それに比べたら私の束の間の苦痛など旬の盛りの果物を味わう甘き午後の蜂の一刺しにも及ばない。


第2場

謁見の間。二段になった台座の上の玉座にスマラガドが座し、三叉槍を携えた衛兵が左右に侍している。四つある入り口にもそれぞれ衛兵が配されている。用事のある女性と侍従が何人か広間を通過する。出納官のサルゴが片隅に立っており、通りがかったバルテアが立ち止まって彼と会話する。

バルテア
どうして今日の陛下は謁見を賜うの? 何か国事でもあった? 陛下のお顔には静かな雷が、そして豹のような怒りが放たれるのを待っている御様子よ。

サルゴ
ナタナスナという魔術師を召喚なさったのだ、不埒なる魔法を使ったかどでな。

バルテア
その魔術師なら聞いたことがあるわ。出納官殿は御存じ? どんな人物なの?

サルゴ
皆までは言えんね。朝のお喋りにふさわしい話題じゃない。

バルテア
そういわれると興味が湧くわね。

サルゴ
ううむ、これだけは教えてあげよう。彼はカンビオンで、魔物の男と人間の女の間に生まれたのだというものもいる。こういう地獄の落とし子にはありがちなことだが、悪行にかけては大胆不敵なやつだ。その血筋ゆえに冥府魔道を歩み、並の魔術師なら関わろうとしない最低の醜行にも手を染めたそうだ。

バルテア
それだけ?

サルゴ
古の書物によれば、そういうものには独特の臭いがあるそうだ。このナタナスナは魔女の後産のような臭いがして、彼から発散されている悪は疫病でまだらになった骸の毒のように危険だという。

バルテア
まあ私はそれだけ聞けば十分よ、臭い人は絶対に好きになれないし。
(ナタナスナが正面の門から入ってくる。杖を持っているが、すがってはいない。大股で前に進み出てスマラガドの前に立つ)

サルゴ
さて行かなければ。

バルテア
私もぐずぐずしてはいられないわ、よくない方角から風が吹いてくる。
(サルゴとバルテアは別々の方向に退出する)

ナタナスナ
(跪かず、礼すらしない)私を召喚したのは陛下ですかな?

スマラガド
そうだ。禁じられた術を使っていると報告を受けたのでな。貴様は許されざる交わりをなし、悪しき魔神や死者を呼び出しては奉仕させているそうではないか。本当か?

ナタナスナ
死者の肉体や霊なら私でも呼び出せますが、魂は無理ですな。私の力の及ばぬ領域におりますので。また、数種類の魔神を拘束して命令を聞かせることもできます。

スマラガド
何と! 人間と神々が忌むことを平然と認めるのか? かかるおぞましき罪に対してヨロズで科せられる罰を知らぬのか? 煮えたぎった瀝青の大釜に足を浸され、焼けただれた後は釘を植えた拷問台にかけられるのだぞ?

ナタナスナ
いかにも法律は存じ上げております。そして殺人を禁じた法があることも知っておりますぞ。

スマラガド
何が言いたい?

ナタナスナ
こういうことです。無法者の魔術師である私が空にした墓よりも、陛下が新しく掘らせた墓のほうが多く、漫然と死者をよみがえらせることもお嫌いだという。陛下のお父上であるファモスタン様の灰色の影をこの場に呼び出し、会わせて差し上げましょうか? あの方は入浴中に毒魚に噛まれて亡くなられたが、その魚は陛下がこっそりとタウルから持ちこんで放たれたものでしたな? あるいは兄上のアラダド様はいかがですか。あの方が沼猫を狩ろうとしたら、軽く傷を負わせただけで槍は折れ、付き従っていたはずの狩人たちもいなくなっていた。それも陛下の差し金によるものでありましたな? この程度では、陛下が死へと追いやった人々の長く陰惨な行列の先頭に過ぎませぬぞ。

スマラガド
(玉座から立ち上がろうとしながら)すべての煤煙にまみれた地獄にかけて、そのように余を愚弄するのか? 人か悪魔か、その両方なのか知らぬが、貴様の生皮を剥いでくれよう。細長く剥いだ皮はキルトのように貴様の周りに垂れ下がることになるぞ。はらわたも引きずり出し、揚錨機に巻きつけてくれるわ。

ナタナスナ
浅い沼から湧いて出るあぶくのようなお言葉ですな。私に手出しできる人間などおりませぬ。この杖を一振りすれば、神秘の全体空間より生まれ出た炎が高々と輪になって私を守ります。陛下は私を恐れておられるし、それには理由がある。陛下の魂は蛇がひしめき合う巣穴のようなもの、その原因である不浄な行いと考えの秘密を私はすべて存じ上げておりますぞ。昨日まではガレオルという若者がいてリュートを奏で、邪悪な宮廷に美しき音曲を響かせてはおりませんでしたかな? どうして彼を殺めたのですか? 若きソメリス妃が彼を気に入りすぎていると考え、不倫を恐れたのですか? しかし私は存じておりますぞ、それにガレオルが蛆虫を待っている仄暗い墓穴の場所も存じております。

スマラガド
(立ち上がり、狂ったように顔を歪めながら)出て行け! 出て行け! 余の前から! ファラードから! 貴様が急ぐよう言ってやろう。貴様がこの広間に入ってきたとき、余の捕吏が貴様の住居を突き止めてカルグスを捕縛したのだ。あの黒人の弟子を貴様はずいぶん気に入っているそうではないか。黒い肌を愛でるにしても、余なら見目よい若い娘のほうにしておくがな。よくよく考えるのだぞ。今頃カルグスはこの上なく冷たく湿った地下牢に幽閉されているはず。明日の朝までに貴様が市外へ退出していればカルグスと再会できよう。貴様が市内に留まっていれば、やつは逞しき拷問官に引き渡されることになる。

ナタナスナ
スマラガド王よ、もしも若きカルグスの身に危害が加えられるようなことがあれば地獄が出現し、箒が掃くように、はたまた殻竿が打つように、炎が陛下の宮殿を焼き払いますぞ。(ナタナスナ退出)

(幕)


第3場

ファラードの共同墓地。ひび割れた墓石や荒れ果てた霊廟の上に、枯れかかった糸杉が垂れ下がっている。霞のような雲を通して凸月が輝いている。ナタナスナ、鼻歌交じりに登場。

 歯欠けの吸血鬼がもぐもぐと噛むのは
 老いぼれ馬のなめし革
 すぐさま吸血鬼が畜殺場へ飛んでいけば
 そこにあるのは打ち殺された豚の血だまり

(すぐ近くにある霊廟の扉が半開きになっており、その後ろからカルグスが登場。携えていた黒い袋をナタナスナの足許の地面に置く)

カルグス
こんばんは、我が師よ。

ナタナスナ
出歩いているのは盲いた酔いどれの犬ばかり、そんな夜明けの薄暗がりにおまえを叩き起こすことになってしまったが、この無言の死者たちの直中でおまえを先に待たせておいたのは正解だったな。予想したとおり、私が謁見させられている間に王は不浄役人を派遣し、おまえの跡を嗅ぎ回らせていたのだ。私は魔術師として高みに昇りすぎているので、王は私に退去を強いることはできぬ。だから魔術による備えが十分でないものに鬱憤をぶつけようとしたのだ。すぐさまヨロズを発たねばならん。この国は大勢の悪魔どもに任せるとしよう。その中にあって王は一番の小物というわけでもないがな。(言葉を切り、周囲の墓碑を見る)この地では殺人が盛んなので魔術も捗る。我々の名が忘れ去られぬよう、行く前にしておくべき仕事があるな。優秀なるカルグスよ、梟の眼をした我が使い魔が告げた場所を見つけたのだね。あそこに見えるのは黄ばんだ糸杉、死神が枝を刈りこんでいる。これはサママル卿の墓所、まだ生きている連中から日中おまえが隠れていた場所……ほら、墓碑は苔むして肩書きが見えず、名前自体も半ば消えかけている。(地面に注視しながら歩き回り、杖を水平に構える。ある地点で杖は鉱脈探しの占い棒のように激しく動き、先端が下を向いて地面につきそうになる)これがガレオルの墓だ。ここの芝地は乱されたばかりで、土も草ごと鋤き返されている。(ファラードの方角に顔を向ける。墓地の彼方には不明瞭ながら王都の塔がそびえている。ナタナスナは両腕を挙げて指を絡ませ、親指を天に向けて角の印を結ぶ)
この強力なる印にかけて、不貞を恐れる嫉妬深き王よ、人を殺めたところで汝の傲慢なる頭より恥辱の角は去らぬぞ。我が呪文により、死者が汝の妻を寝取るであろう。(カルグスのほうを向いて)儀式の時間だ。おまえが預言の吊り香炉を差し出し、私が円を描く。(衣の下から魔法の短剣を取り出し、芝地に大きな円を描く。大円の中に小円を重ね、深々と幅広く地面に溝を刻む。カルグスは黒い袋を開け、穴が穿たれた小さな吊り香炉を四つ取り出すが、その持ち手は三角形を二つ組み合わせた大宇宙の印を形作っている。カルグスは香炉を大円と小円の間に置き、それぞれ正方形の頂点となるようにして火をともす。魔術師と弟子は二人とも内円の中に入る。ナタナスナはカルグスに短剣を手渡し、杖を高々と振りかざす。二人ともガレオルの墓のほうを向いている)

ナタナスナ(詠唱する)
Muntbauut, maspratha butu,(ムンバヴト、姦悪なる精霊よ)
Varvas runu, vha rancutu.(どこにいようと我が言葉を聞け)
我が同胞なるインキュバスよ、来たれ
達人の言葉により
汝の住まう夜より
肉体を持たぬ幼生が潜む
虚ろな霧と暗闇より出でよ
地獄はその誓約を守るべし
汝が渇望せし
長らく失われたるものが得られよう
不可視なる暗黒の翼を拡げ
汝の厭う虚空を去り
この新たに作られし墓に入るがよい
汝の身体がここにある
死者の肉体をまとい
歓喜に満ちた再生を果たし
地を裂いて立ち上がれ
汝の古々しき道を新たに行け
汝に課されたる真言をもって
我が命令のとおりに行動せよ
Vora votha Thasaidona(ササイドンの力によって)
Sorgha nagrakronitlhona.(死と時の領域より甦れ)
(一呼吸おいて)
Vachat pantari vora nagraban(魔術師の真言を終える)

カルグス
Za, mozadrim: vachama vongh razan.(はい、我が師よ。魔物によって動かされている死体が残りの仕事をするでしょう)(原註――ここで唱えられているのはウムレンガというゾティークの古語で、学者と魔法使いに使用されている)
(芝地が揺れ動いて二つに割れ、インキュバスが取り憑いたガレオルの亡骸が墓の中から出てくる。埋葬されていた間に顔や手や服には泥がこびりついている。亡者はよろめきながら前に進み出て、威嚇するような態度で外円に近づく。ナタナスナは杖を、カルグスは短剣を振り上げ、服従しようとしない精霊を制御する。亡者は後ずさりする)

亡者(不明瞭で非人間的な声で)
呼び出されたからには、その願いを叶えねばならぬ。

ナタナスナ
いまから指示するから、よく聞くのだ。打ち捨てられた路地と、長らく使われていない裏門を通っていけば、うまく隠されているので月光が当たらず人目にも触れぬが、王宮への通路がある。ミイラとなった王たちしか知らぬ階段と、幽霊の他に覚えているものもない広間を経て、ソメリス妃の居室を見つけ出せ。そして情人らしく彼女を慰めてやり、淫魔と恋人たちが欲してやまぬものを成し遂げるのだ。

亡者
命じられたからには従わねばならぬ。(退場する。死骸が見えなくなるとナタナスナは円から出る。カルグスは香炉の火を消し、袋にしまう)

カルグス
どちらへ向かいましょうか?

ナタナスナ
最初の道の続く先ならどこへでも、ヨロズの国境を越えるまで行こう。まいた種が芽を出すまで待つこともない。放っておけば、私の大切な弟子を暗澹たる拷問部屋の道具で傷つけようとした王は自ずと思い知るだろう。(二人とも歌いつつ退場)

生きのいい太った旅人を食屍鬼どもが
寂しい森の暗がりで待ち伏せて
旅人が逃れ去れば食屍鬼も立ち去る
かび臭い墓の熟した肉にありつきに

(幕)


第4場

王妃の寝所。クッションを敷いた長椅子にソメリスが半ば座り、半ば身を横たえている。湯気を立てている杯を捧げ持ったバルテアが入ってくる。

バルテア
沈んでいった太陽の温もりを蓄えたワインに、暁のように遠い島々から運ばれてきた香しい薬味を加えて、この薬酒をお作りしました。じっくりと暖めて効き目があらたかですので、よくお休みになれるよう召し上がってくださいませ。

ソメリス(要らないという身振りをして)
ガレオルが飲んだのと同じお酒を私も飲んで、この宮殿を去れたらよかったのに。ここでは私は邪悪な日陰と有害な日なたを永遠に行ったり来たりするだけ。私を蝕んでいく毒の効き目はあまりにもゆっくり――毒の成分は死んだ彼への思いと、王への憎しみ。

バルテア
お妃様のために演奏し、歌わせていただきます。ガレオルのと違って優しくはありませんけど。(ダルシマーを奏でながら歌う)

薇色の暗がりに独り
金色の星が新たに輝き
彼方の鐘のように呼んで
落ちて薄れて死に絶える
我が恋人は夜とともに訪れ
その眼に宿るのは炎と闇
愛ゆえに墓場より出でて
愛なき日を耐え抜いて

(バルテアが歌を中断する。近づいてくる足音が外の広間から聞こえてくる)

ソメリス
どなたの足音? 王様でしょうか。
(扉が勢いよく開け放たれ、魔物に操られたガレオルの亡骸が入ってくる)

バルテア
何者ですか、地獄と死の落とし子? まあ! いやらしく睨めつけ涎を垂らして! ガレオルのように見えるけど、そんなはずがありません。
(亡者がにじり寄ってくる。にたにたと笑いながら何やら喋っている)

ソメリス
あなたがガレオルなら答えてちょうだい。私はあなたの友達。この世は私たち二人にとって辛いところだけれども、そんな世界でもあなたの幸せだけを祈っています。(バルテアは亡者の傍らをすり抜けて部屋から逃げ出すが、亡者は気にとめていない)でも、あなたがガレオルの姿をした魔物であるならば、女神イリロトの聖なる御名にかけて厳命します。ただちに立ち去りなさい。
(亡者の顔と四肢そして胴体が眼に見えない敵と戦っているかのように痙攣する。徐々に痙攣は治まっていき、亡者の双眸で燃えさかっていた毒々しい火も消える。彼の顔には優しく悲しげな当惑の表情が浮かぶ)

ガレオル
どうして私はここにいるのでしょう? 私は死んで、堅く乾いた土をかぶせられていたような気がします。

ソメリス
不思議なことばかりで、理由を議論している時間はありません。でも、あなたはガレオルに違いない。親愛なるガレオルは死んでしまい、あなたと私の秘めやかな愛も失われてしまったと思っていました。でも、あなたはここにいてくれる。それだけで満足です。

ガレオル
私のどのみち死人なのでしょう。でもお妃様のお姿は見えますし、お声は聞こえます。問われたことにも答えられます。私の血管は死のせいで陰鬱な冬模様でしたが、いまでは愛が駆け巡っております。

ソメリス
何か思い出せることはありますか?

ガレオル
夜のように黒々とした静寂の他はほとんど覚えておりません。あまりにも巨大な静寂で時の流れもわからず、その中で私は束縛されていながら漂っているようでした。そのとき、傲慢にして魔力のある声が私に命じました。あるいは私の中にいる別のものに命じたのかもしれませんが、ある行為を成し遂げよとのことでした。どんな行為なのかは覚えておりませんし、こんなことがあったのか疑わしくも思います。ですが私は深い暗闇の中で悪鬼と格闘していたように感じています。ついに悪鬼を追い払うことができたのは、出て行くよう別の声が命じてくれたからでした。

ソメリス
まことに魔術も降霊術も関わっているのでしょうけれども、あなたを呼び出して送り出したものには良からぬ企てがあったのだろうと思います。でも構いません。生きていようと死んでいようと考えるだけ無益なこと、あなたがいてくれるだけで私は嬉しいのです。ひとつ小さな問題は、バルテアがスマラガドを呼びに行ったということです。すぐに彼はやってきて、私たち二人を殺さずにはおかないでしょう。(扉のところへ行って閉め、重たい掛け金を下ろす。刺繍をしたハンカチと水差しの水でガレオルの顔と手から墓場の土を落としてやり、衣服を整えてやる。二人は抱擁する。ガレオルは王妃に接吻し、頬と髪を撫でてやる)
ああ、私が覚えている以上に優しく触れてくれるのですね。でも気の毒に、唇も手も冷たいまま。あの脆い掛け金を剣が両断し、扉が開け放たれてしまうまでの短い間、私の寝床と腕であなたを暖めてあげましょう。
(外の広間で重たい足音が近づいてくる。がやがやと混乱した大きな声が聞こえ、剣の束で扉を叩くような金属音が続く)

(幕)


第5場

宮殿の庭にある王の四阿。長い卓の上座にスマラガドが座っている。卓上に散乱している杯や酒壺や瓶は空になって引っ繰りかえっているものもあれば、まだ半ばまで中身が入っているものもある。サルゴとボランガは下座の近くのベンチに座っている。宴に参加していたものたちは酔い潰れ、床やベンチや長椅子の上に寝そべっている。サルゴとボランガは歌っている。

昔々、食屍鬼がありて
葡萄酒のように暗い色の血を飲んだとさ
杯もなければ瓶も使わず
死者の喉を深々と切り裂き血管から直に
だが我らは代わりに 我らは代わりに
緑柱石と黄金の杯から飲むのだ
血のように暗い色をした葡萄酒を
遙か昔に世を去った者の醸した酒を

(声がかすれてきた歌い手たちが喉を潤す間、沈黙が降りる。スマラガドは酒杯に注いでは飲み干し、再び注ぐ)

ボランガ(低い声で)
陛下は何に苛立っておられるのか、ディプサスに噛まれたように飲んでおられる。あの蛇に噛まれると死ぬほど喉が渇くというからな。

サルゴ
とびきりの酒豪がほとんど卓の下に沈められてしまった。俺も長くは保つまい……今日の午前中はずいぶん魔術師とやり合っておられたからな。あやつの悪臭ときたら熟れた納骨堂ですら及ばぬほどで、だから陛下は渇いておられるのかもしれん。ナタナスナが風上にいるだけでも俺には十分だったよ。あの汚らわしい魔術師が立ち去った後で陛下は謁見の間に香を焚きしめさせ、扇持ちに命じて甘松の蒸気を何遍も行き渡らせ、モアの羽毛で換気して奴の痕跡を消し去らせたと俺は聞いているぞ。

ボランガ
ナタナスナと、黒い肌をした弟子は二人とも姿を消してしまい、どこへ行ったのかは誰も知らないそうだ。ファラードは噂の種をひとつ失ったわけだな。今さら魔術師を連れてきたところで、ウグイスの歯もコブラの尾羽もくれてやるものか。ひとつ歌おうぜ。(二人で歌う)

家の中に泥棒が 家の中に泥棒が
ご主人、どういたしましょうか?
毛むくじゃらの犬、大きな犬を呼んでこい
でも大きな犬は月に吠えていた

(息を切らし、髪を振り乱したバルテアが登場)

バルテア
陛下、地獄より狂気が解き放たれてございます。

スマラガド
何事だ? そなたに狼藉を働いた者でもいたか?

バルテア
いいえ、お妃様のことでございます。その寝所から駆けつけてまいりました。

スマラガド
ふむ、妃がどうしたというのだ? どうして、そばにいてやらぬ? あやつは一人きりなのか?

バルテア
一人きりではありません、死神が吐き出した名もなき者と御一緒です。

スマラガド(席を立とうとしながら)
いったい何の騒ぎだ? 名もなき者と申したな? 名前のない者などおらぬ。そなたが息を切らし、髪を乱して逃げてきた元凶を言い表す言葉があるだろう。

バルテア
それならば、ガレオルでございます。

スマラガド
地獄の厠が煙を立ておるわ! 余の墓掘人が職務を怠っていなければ、奴は地面の下で冷たくなっている頃合だ。

バルテア
でもソメリス様に会うために戻ってきたのです。顔には泥で黒い染みがつき、焼け付くような眼差しは小鬼の松明がともっているかのようでした。

スマラガド(立ち上がって)
信じがたいことだが、詳しく話せ。奴が生きているにせよ死んでいるにせよ、ササイドンの暗き角にかけて、妃の部屋で何をしているのだ?

バルテア
彼がやってきた方法も理由もわかりません。でも私が陛下に報告しに駆け出したとき、お妃様は彼と会話し、優しい言葉をかけていました。

スマラガド
サルゴ、ボランガ、聞いていたか? 余についてこい。この悪夢の巣を調べに行って、何が起きているのか見極めてやるわ。(戸口に向かう。他のものたちは後に従う)五感を侵す疫病すべてにかけて、今夜は宮殿の中で臭うものが多すぎる……衛兵はどこにいる? 小鬼であれ人間であれ亡者であれ素通しにするなどという失態があったからには、奴らの耳を鈍刀で削ぎ落とし、煮えたぎった駱駝の小便を眼に注いでやるぞ。

(幕)


第6場

ソメリスの寝所の前の広間。スマラガド・サルゴ・ボルガ・バルテアが登場し、さらに2人の侍従が続く。スマラガドは王妃の部屋の扉を開けようとする。空かないので、抜き放った剣の束で扉を叩くが、反応はない。

スマラガド
この扉を塞いでいるのは誰だ? 妃なのか? これを破ったら、もう二度と別の扉を塞ぐような真似はできないようにしてやるぞ。次の扉は余は妃のために封じてやろう、つまり墓の扉だがな。ボランガ、サルゴ、この扉を肩で押せ。余の両隣で一斉に押すのだ。(3人は渾身の力で扉を押すが、それでも破れない。酔いが回ってきたサルゴは均衡を崩して転ぶ。ボランガが手を貸して立たせる)
まことに、余の質実剛健なる先祖たちはこの宮殿と戸口をすべて敵襲に耐えられるようにしておいたのだな。

ボランガ
武器庫に破城槌がございます。あれなら土台のしっかりした塔でも崩せますし、都市の城門でも破れます。陛下のお許しがあれば、操作する人員と併せて手配いたしましょう。

スマラガド
妃の寝所で褥に伏しているものどもを大勢に目撃させるわけには行かぬ。それに、閉まったきり開かぬ扉を叩くのに余は慣れておらぬ。余の王国のどこを探しても、あるいは幾重にも取り巻かれたササイドンの奥深き痛苦の迷宮にも、この閉ざされた部屋ほど暗澹とした深淵は存在せぬ。理性では計り知れず、何もない壁から狂気へと至る部屋よ。

サルゴ
陛下、もしも本当にガレオルだとしたら、ナタナスナの仕業が疑われます。奴は墓場や壕から他の者を呼び出し、その屍に姦悪なる魔物を宿らせたことがあるといいます。魔を祓う必要がありましょう。祭司を連れてきて儀式を執り行わせますので。

スマラガド
あの忌々しい魔術師の差し金であることはほとんど疑う余地がないな。だが余はそなたの案もボランガの案も採用せぬ。(侍従のほうを向いて)樹脂を含んだテレビンノキの薪束とナフサを持ってまいれ。

ボランガ
陛下、何をなさるおつもりで?

スマラガド
すぐにわかる。

バルテア
陛下、ご再考くださいませ。お妃様の部屋には窓がありますから、梯子をかければ兵士が入れます。あの闖入者にはインキュバスめいたところがあり、お妃様の身が危険にさらされているかもしれないのです。

スマラガド
いかにも、妃が部屋の扉を塞いだからには、そやつはただの侵入者ではないのだろうと余も考えた。そして余も窓から忍びこむ盗人ではないぞ。
(腕一杯の薪束と油壺を抱えた侍従たちが戻ってくる)
薪を扉の前に積み上げ、ナフサを注げ。(侍従たちは従う。広間に並んでいる突き出し燭台のひとつからスマラガドは火籠をとり、薪束に点火する。たちまち火の手が上がり、杉材の扉を炎が舐める)
余の宮殿に巣くう黒い色魔の寝床を温めてやろう。

ボランガ
陛下、お気は確かですか? 王宮に放火なさるとは!

スマラガド
浄化するには火しかない。燃料にあの魔術師と黒い肌の弟子が欠けているがな。
(火が急速に広がって広間の帳に延焼し、そこから燃えている布片が落ちはじめる。バルテアと侍従たちが逃げ去る。燃えている綴織の壁掛けの一部がサルゴのほうに倒れかかってくる。サルゴはよろめき、転倒する。立ち上がることができないサルゴは這って逃げようとするが、衣服に火がついて絶叫する。王のマントにも点々と火の粉が降り注いで燃え上がる。王はすばやくマントを前に放る。炎は着実に扉に食いこんでいき、重たい木材の枠組みを燃やしていく。熱と煙にボランガとスマラガドはやむなく後ずさりする)

ボランガ
陛下、宮殿は至るところ燃えております。脱出の時間はほとんどございません。

スマラガド
わかりきったことを申すな。ああ! すばらしき火よ! この部屋の謎が余を狂わせたが、その秘密も火のおかげで明かされるぞ……魔術師が招喚しようにも、後には灰しか残るまい。

ボランガ
陛下、避難いたしましょう。

スマラガド
黙れ。喋るには遅すぎ、今となっては行動あるのみだ。
(数分後、炭化した扉は灼熱した横木ごと部屋の中に崩れていく。ボランガは王の腕を掴み、引きずっていこうとする。スマラガドは振りほどき、ボランガを剣の腹で打つ)
余に構うな、ボランガ。余は征くぞ。こんがりと焼けていく淫魔どもを切り刻み、食屍鬼が食べやすいよう細かな肉片にしてくれるわ。
(剣を振り回し、倒れた扉を飛び越えて、燃え上がる部屋の中に突入する)

(幕)