チヨさんの思い出Dから・・

Dそしてワタシは途方にくれている・・
手元にチヨさんのレシピがあるのだが、(ひょっとしたら、他にも隠されたレシピはもっとあるんではないか?)とここ最近疑惑がおきている。というのは、ついこの間、お菓子(洋・和・中華)だけのレシピを集めたファイルを偶然見付けてしまったからだ。今メニュー数を数えてみたら、洋菓子=49個/和菓子=43個/中華=14個ときたもんだ。ひょえあおえ〜(悲鳴)絶対まだあるな、どこに置いてあるのやら。探すにしても、ジイチャンとオット(息子)は当てにならない。

HPで“遺されたレシピ”を徐々にアップしているのだが、(では、一体いつ終わるのか?)と考える。「10年か、・・いや5年はかかるかも。」とオットに話したら、「別に責任持ってやりぬこうとしなくてもいいじゃん。」と返された。そりゃそうなんだけどね、そうなんだけど・・・

《料理のレシピというのは、人の目に触れて(作ってみようかな)と思わせる所からスタートするわけで、そのまんまというのは“ただの紙”と同じなんだよ。ただの紙にしておくのは、勿体ないの!》

実際に自分で作ってみて、それをHP用にアレンジして出していこうとしているが(我ながら無謀な事を始めたもんだ)と自嘲してみるか。それに(自分で作る)というのも限界があるメニューもあるわけで・・・。つくづく(ワタシってお料理のセンスがないわね)と又自嘲してみる。仕方ないよな、ここ数年子育てで忙しかったし、そもそも(料理のセンス)って多分子供時代からしみついてきた生活環境も関係あるような気がする。

いっそのこと料理専門書を出している出版社にチヨさんのレシピを持ち込んで【料理本】にしてもらうか?もしくは自費出版か?

とりあえず10月分からHPのレシピを復活してみよう・・・。

(Eにつづく予定)

 

Eチヨさんのレシピ(実物)
この間古い料理本の整理をしたのだが、そうしたら「あ!」という物がでてきた。それはチヨさん手製の『平成10年度版おせち料理』と『手作りパンテキスト』だった。多分おせちの方は、料理教室の生徒用にと全部自分で小冊子にしたのだろう、表紙まで千代紙を使ってお正月らしさを表現してある。

ページを開くと【一の重】【二の重】【三の重】のメニューが紹介されており、レシピもこれ全てワードでうちこんである。この小冊子のメニューを全て作ったら《これさえあれば、お正月はバッチリ!》ていう感じになっている。

・・・・そう、これからの12月〜年末にかけては、料理学校関係者にとってはもっとも気合の入る季節といっても過言ではない。というのは、『クリスマス料理』『おせち料理』は彼ら彼女達(料理学校関係者)の【一年の集大成】というか、【紅白歌合戦のトリ的な意味】を持っているからだ。もちろんチヨさんも、本当にこの季節にバリバリ働いていた。大鍋いっぱいにタプンタプンと波打っていた“栗きんとん”を見た時は、(ここまでやるか!)という感じだった。

           

今年は景気が回復したとかで、『おせち料理』が復活の兆しだとこの間ニュースでやっていた。しかしながら、(保存が利く、冷たくしても美味しいご馳走)という意味をもつ『おせち料理』は果たして今時の子供達に受け入れられているのかどうか?

不幸なことに(あえて不幸と言おう)、我が家の子供(特に息子)は『おせち料理』が大の苦手である。他のページでも書いてあるが、冷たい料理(=さめてしまった料理)は味覚過敏な彼には耐え難い味らしい。(注:冷たいデザートとか決まりきっているのは関係ない。本来温かいはずの料理が冷たいのが苦手なのだ)そして一年に一回くらいしか見かけない料理も食べ慣れないのだ。息子にとって、「ほら、美味しいおせち料理を召し上がれ。」と迫るのは拷問に近いのだろうか?

だから当然、【おせち料理に情熱を傾けていたチヨさん】と《冷たい料理が苦手/食べなれない物が苦手》な息子の確執は過去一回だけあった。なぜ一回かと言うと、チヨさんにとっての《最後の正月》だったからだ。

その年のおせちは、全部ワタシが作った。もう彼女が永くは無いことが誰にでもわかっていたから、ワタシなりに渾身の思いをかけてやり遂げたのだが・・・、そんな身内の深刻状況はわずか7歳の自閉症息子に解かろうはずなかろう。息子は『おせち料理』を食べるのを激しく拒絶した。その時、具合が悪くて機嫌が少々悪かったチヨさんにこう言われてしまったのだ。「そういう風に育てたのは、親でしょ。」

反論したくても、相手(チヨさん)は料理専門家の末期癌患者だ。黙って耐えたが、この時電気の使いすぎで家のブレーカーが落ち家中真っ暗になった。そういうハプニング(環境の変化)に弱い息子は更にはげしくパニックを起こしてしまった。・・・耐え切れなくなったワタシは、“息子を落ち着かせるから”と言って、二人外に飛び出した。泣き喚く息子の手を握りながらひとけのない公園を歩いた。“正月早々何やってんだろう?みな“おめでとう”なんて言っているのにどうしてこんなに・・・”と涙が止まらなかった。

それ以来、ワタシの中での『おせち料理』は単純におめでたい物ではなくなっている。でも多分今年の年末もワタシは『おせち料理』を作ってしまうだろう。息子だってずっと7歳のままではない。(最近は電気の使い方のタイミングまで家族に指示するようになってきている。)だから、『おせち料理』もこちらが工夫すればひょっとしたら息子だって何か食べられるかもしれない?そもそもおせちについての(保存が利く冷たくても美味しいご馳走)という“思い込み”を取っ払っても別にいいではないか? 

12月のレシピは、『ワタシが独断と偏見で選ぶおせち料理セレクト』にしてみよう。もちろん、レシピはチヨさん作ではあるが。彼女は『おせち料理』も、たっぷりと多彩なメニューを残していた。だからクローバーから(四葉のクローバー)を探すように目をこらしてみよう。

        

(11月28日記録)

 

Fとは言っても・・・
とは言ってもである。チヨさんとジイチャンは、それ程『食に厳しい人達』ではなかった。(食べ物は全部手作りにしろ)とか(インスタント食品を食べさせてはダメ)とか(ジュースを飲ませるな)などとは言わなかった。それどころか、自分達の孫が幼児の頃、一緒に食事をすると何かというとジュースやコーラを出してきて、ワタシは(何故お茶をださないんだ!)と内心怒っていた。余りにも目に余ったので、オットに「食事の時はお茶をだすべきでしょ!何故コーラを飲ませようとするのよ!それとなく注意してよ!」と言いつけたら、「(幼児にコーラ)というのは、(大人のビール)と同じに思っているんだろ。気にするなよ。」と返された。又、何かというと“アイス”や“お菓子”をそれも夜寝る前に出してきて、(なんで夜寝る前にだしてくるのだ!!)とワタシを少々苛つかせていた程だった。インスタント食品は、職業柄関連企業から送ってくるので、よく手土産代わりに渡されたものだ。

数年前、オットの兄(長男)家族が日本に帰ってきていた頃、弟(次男)家族(つまりワタシ達)と同じように孫にお菓子を与えようとしたら、兄(長男)にこっぴどく怒られていた。「夜寝る前に何食べさせるつもりだ!」だってさ。“ジジババの愛情”は、はねつけられてしまったのさ。その時兄家族はすごく自分達の子供の食事に気をつかっていた。にんじんのペーストを製氷入れで凍らせていたのを眺めて「すごいな〜。」とワタシは感心していた。・・・だってワタシ、そういう事はやっていなかったから・・・。(え、それではダメ?ペースト作るのは当たり前?) 多分今も兄家族はそうしているんじゃないかな。コーラは絶対飲ませていないらしいし、野菜ステッィクをいつも子供に与えているらしい。

・・・じゃあ〜、今我が家の子供は食事の時コーラやジュースをいつも飲んでいるかって?い〜や、そんな事ないよ。大抵はお茶をお飲みあそばしますな。ジイチャン家にいても、「お茶ちょうだい!」「○○のおいしい水ください!」と言っているし。ナンノカンノと言って、それなりに軌道修正してしまうものだね。

う〜ん、(食べ物の種類)にはそれ程気を使ってはいなかったチヨさんだったけど、(自分が作った食事を残されること)には結構口うるさかったかもしれない。「もうおなかいっぱいです。」とか言っても、「まだ入るでしょ?」とよく促されたものだ。結婚当初はそれがある意味“苦行”だったかもねえ、体重増加傾向だったから。(苦笑)

今ジイチャンは一人暮らしをしているけど、冷凍庫にはいつもアイス(アヅキバー)がストックしてある。又、(アンドーナツ)(チョコレート)も置いてある。どうやら実は彼は甘党なのだろう。

(11月30日記録)