9月の日記

 
SCENE7:かぶと虫の幼虫あります

またか・・・。

(今年6月成虫になったかぶと虫)

実を言うと、息子は虫が大っ嫌いであり、オットは「オレは都会育ちだから昆虫の世話なんか小さい頃は全然しなかった。」と無視しやがるし、娘も今一興味がなさそうだったので、こいつらの世話はずーーーーとワタシがやっていた。こういうのは【男の定番】であろうが、我が家では全然違うのだ。

息子が小1の頃から妙にかぶと虫に縁がある。出会いは(って恋人同士か?)まだ息子が通常級に在籍中の時、クラスメイトがメス2匹を教室に持ってきたのだが全然世話しないし〜夏休み始まってしまうし〜で乾いた土の上で弱っていたのでワタシ自らが持って帰ったのだ。スイカを上げたら、へばりついていた。・・・で夏休み中世話をしていたら、「助けてくれてありがとう。お礼に卵を産みます。」と言ったか言うわけないのか、メスしかいなかったケースにいつの間にか幼虫がいた。「うまあー、誰との子よ!(⇒かぶと虫のオスに決まってんだろ)い、いつの間に!」と虫相手に驚愕した。

・・・でせっかくなのでその時の幼虫をつい育ててしまったのだ。もちろん二学期すぐ、元の飼い主の子に幼虫を一匹あげたが、どうやらダメにしたらしい。(あげなければよかった)しかしなんだね、その時その子は虫ケースに(カマキリ)と(コーカサスオオカブト)をまた教室に持ってきたのだが、「別々にした方がいいよ。」と忠告も空しく、あっという間にその二匹は死んでしまった。随分生き物を粗雑に扱うなあ・・・・と内心あきれていた。

その時かぶと虫の幼虫を育てるなんてなんせ初めてなので、インターネットで育て方を検索しまくってプリントアウトをした。ホームセンターへ行って腐葉土なるものを購入して、土が幼虫のフンだらけになったらお取替えをしたり、乾燥気味なら霧吹きで水を吹きかけて、初年度は結構マメに世話した。季節巡って5〜6月に幼虫が蛹になった時は、「死んじゃった?」と何度もケースを眺めてケースをたたいて動くのを確認したりした。 見事成虫になったかぶと虫は全部メスだったので、『若草物語』の姉妹の名前を勝手に付けて、結局は近所の森に帰してやった。

ここで終われば良かったのに、その後まーたどういうわけか知り合いから幼虫をもらい⇒そうするとまた成虫まで面倒を見てしまい⇒番(つがい)にしてしまえばまた幼虫が・・・の繰り返しをしている。初年度にまめに世話した自信からか、【そのケースに幼虫をいっぱい入れては弱い成虫になってしまう。ワタシに任せなさい。】【この丸いのがフンよ。土の湿り具合は・・・】とかいっぱしの“専門家”気取りである。

しかし今年の幼虫は手を抜いて世話したので、成虫になったら結構小さかった。(↑写真のがそれら)全部で9匹だった。自分で世話するのがめんどくさかったので、息子の今のクラスに持って行って、クラスメイトの目を楽しませてくれた・・・はずだ。(ちなみに残り4匹は担任のお子さんが必要とのことで譲った。)夏休み学校で世話していたら、昆虫ゼリーのやり方が悪かったせいか大きめな蟻(アリ)が大量にケースに入り込み、教室の廊下にうじゃうじゃ動き回っていたので、布テープを持ってアリ退治もした。元の飼い主はその後のフォローも抜かりないのだ。

そして今年も夏が終わり、かぶと虫は最期は『共食い』をしたらしく、土の上ではバラバラになった無残な後が(うっ・・・)【ゼリーをいっぱいあげていたのに何故『共食い』をする必要があったのだろうか?】大体毎年同じ光景『共食い』を見るが、その辺の事情を知りたいものだ。

「さー、もういないし、家にケースを持って帰ろう。」とひょいと持ち上げたら、「い、いつの間に!」と・・・・またまた幼虫さんがいた!結構でかくなっていた。今日全部で何匹いるかと調べたら、(土をひっくり返して新しい腐葉土の中に入れた)9匹いた。9匹も面倒をみるのはまたメンドイので今年は近所の妹のクラスメイト(虫好き)に3匹あげてしまった。

が、残り6匹・・・・そして多分またワタシは成虫になるまで身近に置いてしまうのであった。 

幼虫の写真UPしてしまった。(↓写真のがそれ)(虫ダメ〜)の人は(うっ)となってしまうだろうな。だがよ〜く観察すると気持ち悪さは軽減するのでは?まあゴール(成虫)がかぶと虫だとわかっているからなのだが。イヤ、やっぱこういうのを見て「イヤ〜ン、気持ち悪〜い!」と甘い声で悲鳴を上げなければ、女が下がるのかもしれぬ。

(ぷりぷりしています。第3令虫位か?)(幼虫の大きさは4段階ある)

昨日夕方腐葉土を買いに行ったら、(外国産かぶと虫の幼虫のペア)がなんと!一万五千円だと!!そんなお金があったら他に使うべ。ワタシなんぞ毎年タダで国産かぶと虫幼虫が手に入る・・・て、虫好きの子供がいたら一緒にはしゃげて楽しいけどね〜。

(9月30日深夜記録)

 

 
SCENE6:その人について考えるのは今日までにしよう。

とある作家の話

ちょうど去年の今頃だったのだ、その人の訃報が新聞に載ったのは。「え〜・・・・。」という急な話だった。その人は若い頃女一人で南太平洋の島に行き、その旅行記がベストセラーになって、映画化もされた。若い頃は流行作家だったのだろうが、とある時期から趣旨変えをして軽井沢でケーキ屋を開き、絵を描き、時々テレビに出ていた。 正直言ってワタシはその人の本をほとんど読んでいなかった。だからファンというわけではない。ただ映画『天国に一番近い島/原田知世主演/角川映画』は劇場で観た記憶がある。

ファンではないが、息子が1歳になる直前軽井沢に旅行に行った際に、その人のケーキ屋『アリスの丘』に出向き【息子の誕生日ケーキ】を予約した事がある。店にはちょうどその人自身がいて、何か話をした憶えはあるが、どんな内容だったのかとんと思い出せない。(えらい細い人だな。)という印象は残っている。旅行からの帰途、誕生日ケーキを受け取って、ジジババと一緒にそのケーキを開けて、あまりの素朴なケーキに一瞬驚いて(丸くないのだ、ただ長方形のでかいフルーツケーキだったような。結構お値段がはったから、さぞゴージャスかと期待していた・・・)でも食べた。あちこちのケーキ食べ比べが好きだったワタシからすれば、(自分で作ったバースディケーキの方が、まだ色々デコレーションするだろうな)という感想は残った。(まあ、でも有名人のケーキ屋さんだし、本人に会えたしこれもいい思い出だろう。)とした。お店でケーキの他にその人の絵本と絵葉書も買ったのだが、今日調べたら絵葉書は一枚しか残っていなかった。

まあ、ケーキにしろ絵にしろ、パッパッパッーとサラサラ〜と作ったような感じはする。そこからは(緻密)(精巧)という感じは出てこないよな。(ちょっと辛目の意見/だってファンじゃないから)

その人の晩年は余りいいものではなかった・・・・という事はなんとなく知っていた。しかしあの実際に会ってニコヤカにしていたあの細い人⇒その人自身の実力で道を切り拓き⇒周りの協力を得ているという感じの人⇒“自分の人生”を堂々と歩んで、周りもそういう彼女を応援している・・・と思っていたので、【ホントは何があったのだろう?】と不思議だった。そこでつい最近遺族の手記を読んでみたが、【人間、ちょっと見の判断とちょっとの情報でその人を解かった気でいるものではないな。】とつくづく思った。・・・あの軽井沢のまるで【メルヘンチックなお店/童話みたいな世界で生きている】の裏側は“すさまじかった”ようだ。イメージが崩れた。で、裏側を覗いてしまったついでにその人自身の過去もちょっと探ってみようかと考え、図書館で古い本を借りて少し読んでみた。

遺族の手記からもわかるように、どうもその人は【思い込みが激しい】だったらしい。『それでも朝は来る(中央公論社)/自身の離婚と再婚のいきさつを書いた内容』も読み始めてみたが、難解な表現などはなかったが、その振幅激しいその人自身のキャラに少々ついていけなくなった。《その本の内容を作っているのだろう》という気はしなかった。もし作り物(エンターティナー)なら、内容自体がこんなに(こっちの話)(あっちの話)とトッ散らかっている印象はないだろう。最愛の人に捨てられたとの事だが、離婚相手もアクが強そうだが、お互い感受性が激しすぎて(こりゃたまらん)と感じた。ましてや彼女はホンノちょっとの刺激ですぐ感情が激するタイプらしく、(一の刺激)を(百位の刺激)と受け止めてその感情の激流が止まらないと、こうまで突飛な行動になるものかと(ありゃりゃ〜)だった。その最愛の人との様子も、(相手をほめているのか)(イヤな奴だったと読者に知らしめているのか)ようわからん内容だった。まあ別の言い方でいうと、【こんなイヤな目に遭わされているのに、どうして“私はこの人をとても愛しているの”と表現するのか】言動不一致とはこういう風なのだろうか?ワタシ自身がこういう“愛の修羅場”を知らないから?なのかも知れないがね。

いや激しいというのではなくて、夢見る少女がそのまま大きくなった・・・と言い直した方が解かりやすいだろうか。でも少々不遇な子供時代だったそうだから、(夢を見ていなければ)辛い現実に押しつぶされそうだったのかもしれない。しかしその夢は(夢)で終わらせておくべきだったのかもしれない。なまじ実現してしまったから、【何事も念ずればDreams Come True】と思ってしまったのか?・・・もし、【彼女の夢の一つ=天国に一番近い島に行くこと】が実現していなかったら、また別の道が彼女に与えられていたのではないだろうか?

 

結論づけたくはないが【我が道を持ち前のエネルギーで突っ走る⇒思い込みが激しい=独り善がり】と同等の意味を持つのかもしれない。まあ彼女が若い頃はそのエネルギーが魅力となって周りも協力的だったのだろうが、そのエネルギーがマイナスの方向へ行くと、それはまるでハリケーンの如くすさまじい影響を周りにそして他ならぬ彼女自身に、もたらしていたらしい、。思い込みが激しいのがマイナスに動くと人間の精神はこうまで荒んでしまうものかと物悲しくなった。

これ以上その人の過去を探っていくとそのマイナスエネルギーの毒気に当てられそうになったので、もうその人関連の本は当分読まないことにした。彼女が遺した【メルヘンチックな少女趣味なフワフワ〜とした甘いケーキの焼ける匂いがする世界】のイメージが消滅してしまいそうだ。

その人(作家)の名前は森村桂(モリムラカツラ)と言う。でも、本屋でその人の本を探しても余り見つからないかもしれない。それもまた寂しい話だ。だからここに絵本の写真だけでもUPしておこう。

プーさんはネコのパティシエ(主人公) 初恋は実らないらしい。

(9月29日深夜記録)

 

 
SCENE5:愛とは決して後悔しないこと(by『ある愛の詩』)

古典的恋愛映画っすね。

オットは海外出張中の飛行機内で観た日本映画『いま、会いに行きます』にえらく感動して、DVDを購入していた。で、オットと娘がそのDVDを再生して観ているのを覗いてちょうど画面が(中村獅童)と(竹内結子)のベッドシーンだったから、・・・つい、ついぽろっと「この二人、現実もこうなって今結婚しておなかに赤ちゃんいるんだよ。」と娘に言ってしまった。娘(小学中学年)はキャーキャー喚いていた。わー、刺激的な事を教えてしまった・・・・。

・・・で、本題は全然違うのだ。このテーマの『愛』とは『子供に対する愛情』としておく。毎年秋位から(就学問題)が保護者の口から出てくる。《健常児を持つ親》は(公立)か(私立)かの選択で悩むだろうが、【障害児を抱える親】は(通常級)か(特殊学級)か(養護学校)かの三択を迫られる。(自分の子供には、どの判定が出されるのか?/今の自分の子にはどの学級が合っているのか?/障害があっても地域の学校へ通わせたい。/普通の子と一緒に勉強すれば、刺激を受けて伸びるのでは?/普通の子と同じように育てたい)とか悩みは果てしない。『一生に一度の大勝負的な賭け』とつい捉えがちなのだが、自分の息子が(通常級)から(特殊)にスライドした経緯から【6年間という長い時間に、学校のコース変更もありだな。それ程深刻にならなくても。】という考えに至っている。

ただ、どの親も一時期、(通常級に行ける=勝ち!というかパラダイス)と誤解しがちに陥るように感じる。「パラダイスどころじゃないぜ。」と陰険なワタシはつぶやくが、オットに言わせると「一度中に入って経験しないとこういう事はわからないもんだ。だから(未経験者)からすれば(通常級=あこがれ)と映っても仕方ないではないか。」だそうだ。

まあ、SCENE3〜4にも書いたが、ここ最近は通常級でも(なんらかの発達に問題がある児童に対するバックアップ体制)を整えようと努力している・・・らしい。内容は各学校で差異があるだろうから、事前調査はある程度必要であろう。

学校選択についての痛い話

息子に限って言えば、【子供がワラワラいる煩雑な環境】は情報処理と認知能力がまだ未完成状態の自閉症の6歳児には“酷”だったようだ。転級後、「ボク、いっぱい人がいるのが嫌だったのよ。」とつぶやいていた。(そ、そうだったのか!親の目からすれば(25人)なんて少人数だったが、お前には訳分からない混乱だったのか!)と親の勘違いを反省した・・・。(地域)だ(普通の子の刺激)と考える前に、当時の6歳児の息子の能力をもっと考えるべきであったのだ。客観的なデータと冷静な視点が必要だったのだろう。学校に対する情報収集も足りなかったのだろう。

こういう親の勘違いは、残念ながら他の親にもあるだろう。ただその(勘違い)をどう切り返すか?【親の努力と周りの協力で子供にとっていい環境を新しく作ってしまう】とか【別の道を模索する】とか。ただ最悪なのは《勘違いのまま突っ走ってしまう》という事で、そういう選択は絶対避けるべきだろう。子供を傷つける。

・・・とこう書いてきたのは、夏休みの体験から来ている。夏休み近所に買い物に一人で出ていたとき、《特殊学級の元クラスメイトの母親》にばったり会った。その元クラスメイトは今年小学校を卒業して養護学校の中学に進学していた。で、ワタシはその母親にこうたずねた。

ワタシ「養護学校どう?」

元クラ母「すごくいい。」

ワタシ「良かったね。」

元クラ母「前から(養護が)こんなに良かったってわかっていたならね。本当は小学校にあがる時に“養護(が適している)判定”がでていたんだけど、(地域の学校)に親がこだわっていたから。6年間子供に悪いことしたなあ〜と思っている。」

ワタシ(絶句)

「なんじゃそりゃ?」と内心思った。6年間ずっと(担任とマンツーマン状態/重度だったから)で教育を受けてきたのに、そういう感想はないでしょ?確かに教育内容に不満があったかもしれないし、又は担任に嫌味なことを言われたかもしれない。でも、ずっとそばにいて世話してくれたじゃない?あの学級内では精一杯の努力をしてくれた筈なのでは?あなたの子供に適した課題を与えてくれなかったとしても、あの学級内ではそれがギリギリだったのではないのか?・・・それに不満があったらその6年間という長さで学校と親と連携を取ってどうにか出来なかったのか?今更になって(6年間子供に悪いことをした)と一言で片付けたら、子供が可哀想だよ・・・・。

元クラ母「ところで○○クン(息子)は、中学はどうするの?」

ワタシ「考える余裕なくて・・・。」

そう息子あとちょっとで中学生か?ええええーーーー。いつも目先の事を悩んでいるから考えていない。さあて・・・・。

(9月24日記録)

 

 
SCENE4:目覚めなさい。

・・・とかなんとか言っちゃったりしてな

(SCENE2)でちょろっと書いたが、【2学期になって、生徒数が2名急に増えた特殊学級】の話の続きである。【生徒数が増えたので、担任の負担が大変。教育委員会に(担任の増員)を頼む】とかなんとか。でもそう簡単にいかないらしい。・・・だろうな、(生徒数が増えたからどうにかして。担任増やして。)といって、【ハイハイ、その通りにしましょ.】なんてタダでさえ財政難の市政が教師一人雇うお金なんか出すもんかい。(SCENE3)で説明したが、今は(学校運営システム⇒サポート人員はかなり整っているはず)なのだ。まずそこの(サポート人員)の調整からやるべきであって、それでもどうしようもなかったら教育委員会に訴えるべきなのが順当であろう。

そういう(今あるサポートシステム)を上手く利用しようとしないで「教育委員会は、こちらのニーズに応えるべきだ。こちらは税金払っているんだから。」と友人が“さも当然の要求”と強調したから頭の中がブチッ。更に別の人から同件で相談され、「学生ボラいるんでしょ?」と聞いたら「でも〜、“都合が悪い”とか言ってよく休みがちだし〜。」と言ってきたからまたブチッ。

本当にどうにかしたいのなら、その学生ボラにでも、一般保護者の登録ボランティアにでも、又は学校に頭を下げるべきじゃないのか?「人手が足らないんです。手伝ってください。」と切実に訴えてな。「あなた(学生ボラ)が休むと、この学級の担任は大変なんです。助けてください。」ときちんと伝えればいいんだよ。まあ、心構えと責任感が足りない(学生ボラ)だとは思うが、保護者に頭下げられれば無碍にはしないだろうよ。なんなら、これ見よがしに保護者自身がその学級のサポートに入ればいいじゃないか?それ位(この問題の重要性)を見せなければ、誰も(一肌脱ごう・手伝ってあげよう)なんてしないって。自分の子供が大事なら、何度も頭下げる位どうってことなかろう。

自分達(親)が努力している様を見せないで、(行政側はこちらのニーズに応えるべきだ)とワーワー言うのは簡単だ。だが、そういう訴えって(反感)は買いやすいだろうね。(ワタシの場合切実さを見せても、無視されがちだったがな)

あー、すっきりしたー。

(9月23日記録)

 
SCENE3:秋の夜長に『鬼束ちひろ』を聴く

今、彼女はどこに?

ホントはレンタルCD中島美嘉『GLAMOROUS SKY』(映画『NANA』関連)をPCで聴こうとしたら、上手くいかないのでこちらにしたのだが、やっぱいいもんだね。・・・と言っても、最近鬼束(オニツカ)ちひろの表立った音楽活動の噂をとんと聞かない。えらくセンシティブ(繊細)な感じの人だったから、休養とっているんだろう(多分)。ついこの間『シングルベスト盤』が市場に出ていたが、それで終わってはほしく無い人である。

だって、爆破して飛び散った心の破片が/そこら中できらきら光っているけど(by infection/『This Armor』より)なんて歌詞書く人いないっしょ?

どうも、最近イラつく事が多い。そしてつい考えてしまっている。「なんなんだよ!この差は!」と。何の“差”かというと、【ワタシと息子が受けてきたもの】と《同じクラスの○○ちゃんとその親が受けてきた回りからのサポート》の違いである。障害児を育てていると、どうしても『周りのサポート・支援』がないと親だけではとてもキツイ。この『サポート・支援』自体は、全国各地の居住地区によってかなり内容に差異があることは、わかっている。しかしマクロな目で見ると、「たかだか子供の年齢が2歳しか違わないのに、どうして療育の内容がそんなに良くなっているわけ?」とか「なんで我が家の近所の○○地区はこんななのに、すぐ隣の地区ではちゃんとしているのよ!」とかという事例を見聞きすると(どこに怒りをぶつけていいか)わからなくなる。“もう過去のことだ”と何度も思い直しているのに、どういうわけだか過去のトラウマをつっつく事が最近続いて・・・・このモヤモヤをどうにかしてくれ〜と内心嘆いている今日この頃である。

(PLAY BACK PARTいくつ?)

@(発達の遅れなどがある幼児)には各自治体にある『○○教室』とか『××療育センター』に通わせる事ができるようになっている。システムは各々違うとは思うし、親によってはそういうのに頼らない人もいるだろう。ワタシは頼ったが、(約半年しか通っていなかった)息子が利用していた時は週1回しか許可がでなかった。そして「お宅のお子さん言葉が出ているから保育園に移ってください。」と言われ、早々に出された。・・・保育園行ったら行ったで、「こんな手のかかる子」と当初言われて『○○教室』の室長(市役所の人)に相談したら、「ここはあなたの子よりもっと大変な子が来る所です。」とか「あの保育園は立派な所です。あなたの子育てが悪い。」とか何とかまあ人の税金で給料貰っているくせによくもまあ納税者にそこまで言うもんだとあきれて、(こんな人に相談したのが間違いだった)とつくづく思い知らされた。・・・数年後、同じ特殊学級の2歳下のクラスメイトの親と何か拍子にその『○○教室』の話になり、・・・そのクラスメイトは(月〜金まで通えた)(バスで送迎)(親は付き添い無し)というシステムだったと聞いた日にゃあ、家の中で「なんだよ!この扱いは!」と一人吠えていて、子供に八つ当たりしていた。「あなたの子よりもっと大変な子」じゃないじゃん!なんで毎日通えんのよ!バスで送迎だ?こちらなんか妹を背中にしょって、わざわざ通っていたんだぞ!まあ市側としたら、【ちょうどシステムの移行時期だったので、やむを得なかった】とでも言うのだろうが、そのクラスメイトの親が「プレ幼稚園みたいで、おかげで親は楽しちゃった。」と聞いた時は、頭のどこかが(ブチッ)と切れた気がした。これが9月初めに聞いた話。

A息子を(義母の介護)の為に学童保育に入れた当初、「障害のある子の帰りの下校の安全が保障できない。学童に来るまでの道は誰か付き添ってくれ。」と言われた。下校って・・・たかが5分の道なのに!その頃には多動(どっか遠いところへ行ってしまう)はなかったし、なんといってもワタシは『末期癌の義母の自宅介護』してんだそ!トイレに連れて行くのも支えないと倒れちゃうんだぞ!そんなに心配なら学童の職員がちょっと道の途中で迎えに出ればいいじゃんか!ケンカ腰にもなったが「じゃあ、あなたの子はこちらでは引き受けません。」と言われるのが怖かったので黙った。そして(誰か)探したけど、「たかが5分〜。」とか反応されて(誰か探し)は難儀した。つくづくこの時、【障害児を抱えて、又更に身内の介護なんかあっても、公的機関は冷たいのだな】と思い知らされた。その後義母は亡くなり、学童関係者は自分達の非礼を謝罪はした。・・・・その後、他の学童では、【息子と似たような障害を持っていて他の学童利用している子⇒わざわざ学童関係者が学校まで迎えに行く】という話を聞いて「・・・・」言葉がなかった。結局はそこのメンバーの考え次第で対応が変わってくるのか?

自慢する気ではないが、「こういう目に遭うのは、無理解から来ているのだろう。」いう見解に達し、その後【自閉症関連の資料】を@・Aによく渡していた。言い換えれば、「敵に塩を送っていた。」わけだ。そして味方にしていったのだが、(塩)だってタダじゃないし「これってただの自己満足?」とも迷いが出てはいた。だからこそ、(我が家よりいいサポートを受けていた親子)がそのサポートについて【当たり前に受け取れるもの】と思い込んでいるのを見ると、つい「昔は大変だったのよ〜。」と思ってしまう。・・・昔と言ってもたかだか4〜2年前なのだが・・・。(苦笑)

Bそう、たかが2年なのである。この2年でどうしてこうも学校の運営が様変わりするのだ?2年前ワタシがたった一人でやってきた事、誰も手伝ってくれなかった事をどうして今、学校全体が取り組んでいるんだ?以前ワタシは息子を通常級に通わせ続ける為にたった一人で以下の事をやってきた。
  • 息子が学校に慣れるまで、教室の外や中でずっと付き添っていた。(手の空いている先生なんかいませんから、ご自分で責任持ってください。)という学校側の反応だった。転級直前なんぞ息子の机の側に張り付いていたものだ。そして皆と同じ内容の授業を受けていた。

 

  • 『大学生ボランティア』も自作のチラシを作って大学に貼って募集して、全てセッティングして交通費やその他自腹を切って利用していた。(週2時間位の体育の授業のみ)当時は学校側に(部外者を入れるなんて)という反応された。

 

  • (そんなに息子の取り扱いが大変なら、【特別支援教育コーディネーター】の指導を受けてくれ)と頭を下げたら、「誰それ?」という反応だった。《し、知らないの〜!》状態だった。

ところがどうだ?ここ2年で(ワタシが一人でやってきた事/頼んでも聞き入れてくれなかった事)をそのまんま学校全体で取り組んでいるんだよ。「な、なんだそりゃ?」と呻きたくなった。
  • (通常級を参観していたら)とある算数の授業中、音楽の先生が教室に入ってきて特定の児童のサポートをしていた。「どの先生も忙しいんです。」と言っていたのは誰だ?どの教室を見ても、なんか先生同士サポート体制しいてやがんの。

 

  • どうやらT市の全学校で『大学生ボランティア』がブームらしいが、チラホラ見かける。一学期なんぞ英語の授業までさせてやがんの。「そんなちゃちな内容の英語?」だったのだがね。この『学生ボラ』通常級だろうが、特殊だろうが関係ないみたい。(手が足りなさそうな所ならどこへでも)という感じである。

 

  • (通常級で授業の内容におくれがちな児童)には、(その子に合わせた教材をわざわざ担任が用意している)らしい。・・・そんな事許されるの?

 

  • 挙句の果てには、【一般の保護者も児童の授業をサポートして欲しい】なんて【登録ボランティアの募集】かけてんの。ワタシ一人が息子の授業のサポートしていたのを、(見てみぬ振り)をしていたのは誰だ?こちらもどうやらT市の何校かは実施中らしい。

 

  • 息子が転級していなくなったにも関わらず、どういうわけか(取り扱いが難しい児童)が通常級で続出したらしい。【コーディネーター】以外にも、教育委員会の指導主事さんやらがしょっちゅう学校に来て、ありがたい指導を賜っているらしい。ついこの間、「誰それ?」と言っていたのはどなただったか?

まあワタシも心が広い人間を目指しているから、Bの学校運営システムの激変を根に持つつもりはない。むしろ、『これからの息子みたいな発達障害児の為にはこのシステムの変化は喜ばしいものだ。』と考え直してみる。が「だがねえ〜・・・」という事があったのだ。

(次の日記に続く)

 
SCENE2:阿部ちゃんの話

相変わらずミーハー・・・。

先週(自閉症児を育てている友人)から久しぶりに電話が来た。今年彼女の息子は放課後週何回か預かってくれる所が見つかり、時間に余裕ができたから「働こうかな。」と思っているらしい。「でも、今更世間に出るのが少し怖い。一緒に働かない?」とワタシに言ったり、「2学期に入って2名、(通常級)から(彼女の息子がいる特殊学級)に入ってきた。先生の手が足りない。先生を補充してもらうよう教育委員会に働きかけようとしている。」と愚痴ったり、「『女王・・・』観てるよ。『ドラゴン桜』も。『ドラゴン・・』は原作買っちゃった。」と言っていた。

イヤ、単にワタシ以外にも、深刻なのかお気楽なのかようわからん(障害児の親)はいるという具体例だす。

『ドラゴン桜』は全然観ていなかった、結構評判良かったらしいけど。NHK大河『義経』も同じく観ていなかったが、阿部ちゃん演じる平家の武将(平清盛の息子)の最期の所だけは観た。【やっぱカッコイイナ〜。】と眺めていた。にしても、阿部ちゃんは結構ドラマ出過ぎだよねえ〜。

実は去年の春のフジTV『アットホーム・ダド/阿部ちゃんが主夫役の主役』も本当は観たかったんだけど・・・・どーしても観ることが出来なかった。というのは、その時期毎週水曜日(Tears Wednesdayだと)『光とともに・・・(自閉症児を抱えて)』を毎週欠かさず見て、グズグズ泣いて主人公兼母親に(篠原涼子演じる)非常に感情移入していた。ので、木曜日の『アット・・』にキャリアウーマンの母親(こちらも篠原涼子演じる)を見るというのはどーも抵抗があったからだ。時代背景や役柄が違いすぎるなら違和感なくドラマに入れるだろうが、(二つの母親役/立場が違う)が同じ顔というのはすんごい違和感が伴ったのだな、ワタシの場合。『光・・・』の方の余韻を引きずっていたかったので、『アット・・・』のコメディに触れたくなかったんだよねえ。    あちこちのTVドラマに起用されるというのは人気のバロメーターだろうけど、もう少しその辺の調整を考えてほしかったなあ、篠原涼子さん・・・。

 

阿部ちゃん著の『アベちゃんの(悲)喜劇』を去年購入して読んでみた。同学年なので(同級生のクラスメイトが頑張っているなあ)という気分が味わえたのだが、そのエッセイの中で「これから演じてみたい役は『子連れ狼』の『拝一刀』。」と書いてあった。プライベートではまだ独身のくせに、今でさえも父親役が板に付いたカマボコ状態になっているのが、ちと気にかかる。まだ若々しい役を選んでもいいのに、なんで敢えてちょい老け役を選ぶのかな?確かに『拝一刀』はカッコいい。ワタシもはるか昔、子供の癖に『子連れ狼』に夢中になっていたクチなので魅力はわかるけどねえ。(萬屋錦之介のシリーズが一番好きで、DVD買おうかと一時思ったこともあった。)

・・・息子が幼少の時、よく【ああ、ワタシは今この子と冥府魔道の道”(注)を歩んでいるんだわ】と思っていた。子供についての非難・批判を受けていた時期は、ホント気分は『拝一刀』で、次々襲っている敵をバッサバッサと斬りまくり、乳母車の仕込み銃を機関銃みたいにガンガンぶっ飛ばしたかった。現実はそんなこと不可能だから、『子連れ狼』のシーンを頭に思い浮かべて欲求不満の解消をしていたものだ。

(注)冥府魔道の道・・・拝一刀が「我ら親子冥府魔道の道を歩む者」と、自分達の境遇を説明する時に使う言葉。意味は・・・ご想像にお任せします。まあ壮絶な絶望的は孤独な・・・て感じでしょうかね。

さて、何故ここにいきなり阿部寛の話題を出したかというと、二つ理由がある。@今年の日テレ『24時間テレビ』のドラマで重い心臓病の息子を抱えた父親役を阿部ちゃんが演じていて、いつもの【アクの強い個性的な役】ではなくて、【難病の妻と息子を抱えた普通の会社員のお父さん役】だったのがちょっと新鮮な驚きだったのだ。そのドラマで《江ノ島電鉄》が結構重要な役割をしていた。夏休みに息子と江ノ電乗ったばかりだったのもあって、ちょっとウルウルしながらそのドラマを見てしまった。

A・・・で電車続きなのだが、つい最近購入した鉄ヲタ漫画『鉄子の旅/菊池直恵作/小学館』の2巻目に【鉄道の時刻表30年分=1冊3センチ×12ヶ月×30年分=積み上げたら阿部寛約6人分の高さ】と説明してあったから一人でウケていたわけだ。スケール代わりになる阿部ちゃん、身長189センチ。ご本人もまさかそんな所で自分の名前が出ているとは思わないだろうな・・・。(ククッ)

189センチとはどの位の高さなのだろうかとふと思って我が家にある似たような高さの物を探したら、約10年以上世話している観葉植物『パキラちゃん』とほぼ同じ位だとわかった。(左の写真参照)この『パキラちゃん』昔いたアパートで隣の花屋さんが引越しの挨拶に持ってきて以来(その時は50センチ位だったか)水を普通にあげていたらどんどん大きくなってきたので、植木鉢の大きさを何回かチェンジしたら、今こんなにデカクなってしまった。

・・・ふと、【子供の教育】も《観葉植物の成長》と似ていると考える。その子供の現状にに合った【教育環境の器】をその都度用意してあげなければ、上手く育たないのではないかな〜なんてね。

オット、阿部ちゃんの話からなんで子育て話に脱線しがちになってしまうのか?やっぱようわからん(障害児の親)だねえ、ワタシャ。息子が(通常級と合同のの宿泊/三浦へ一泊二日)をどうにかクリアーできたから、かなりホッとして呆けているので、内容が取り留めの無いものになっていても、ご容赦。

(9月20日記録)

 
SCENE1:『復活の日』(小松左京原作の昔の角川映画)

・・・がDVDになっていた。

夏休み後半からついこの間の9月16日まで正直へばっていた。イヤ本調子になるのはまだまだだな、なんせ今現在息子の“こだわり”との戦いの最中だから。それはともかく、今日の夜はオットのワイシャツ(綿100%・化繊入りはお嫌いだという彼の“こだわり”)のアイロンがけをしながら日テレ『女王の教室/最終回』を眺めていたのだが・・・あのドラマ、最後の方はまるで『金八先生』調になってマヤ先生が演説をしまくっていた様に感じたのはワタシだけだろうか?マヤ先生の今までの過激な教育指導は(私はこういう考えで指導していた)とでも言う様に先生のお考えを強調していたが、あの演技を見て、うちらの年代(=1960〜1970年代生まれ)は【若かりし頃の金八先生】を連想したのではなかろうか?

実はさ、最後の川べりのシーンはありゃどうみても荒川区か北区か足立区かそれら近辺だった。というのは、チラッと見えた川沿いの遊園地の観覧車が『荒川遊園』のだろうという推測である。又、橋のシーンもどうも見覚えがあって、娘曰く「おじいちゃん家のそばじゃない?」と言っていた。(ウン、いいイメージだ) とするとあの川は隅田川か荒川か?(隅田川有利) ・・『金八先生シリーズ』は足立区北千住/オープニングのシーンは荒川沿い/なのだが、ロケ地をよく似せていたのは、製作者側もなんか意識していたのではなかろうか?これ程話題になればシリーズ化もありえる・・・か?マヤ先生は女金八か?

ちなみに以前、我が家のオットは【金八最新シリーズの最終回/ちょうど桜中学の3年B組の生徒が(ソーラン節)を踊っている所/クライマックスシーン】をワタシが眺めていたら「くだらねえ。」と後ろでつぶやいた。ちょっと驚いて「どうして?」と振り返って聞いたら、「なんで足立区の中学生が地方のソーラン節踊るんだよ。そんなわけないだろ!」と、ムッとしていた。

 

さて『女王の教室』が名作かどうかは判断しかねるが、ワタシ個人の意見としては、去年の春放映していた日テレ系『光とともに・・・(自閉症児を抱えて)』の方が、意義が深いと思う。『光・・・』だってドラマの舞台は小学校がメインだったし、視聴率も結構いいとこいっていた。なんといっても専門の児童精神科医の医事監修が入っていたのだから、【丸っきり、全然、こんなのありえねー!】という感じではなかった。子役だってさ、あの“進藤ちゃん”こと(福田麻由子ちゃん)『光・・・』に出ていたのだよ!結構活躍してくれた。ただ(小学一年生の役)にしてはやけにしっかりした一年生だねえとは感じちゃったけどね。小林聡美演じる“里緒先生”だってマヤ先生以上にインパクトのある先生だったし、正直言えば主演の篠原 涼子“東 幸子役/自閉症児の母親”はこのドラマで女優のレベルアップをしたと言ってもいいんじゃないかな?他に小学校の先生役で武田真治だって出ていたし、鈴木杏樹や山口達也や・・・。校長先生役の渡辺いっけいが最後の方で過労から心筋梗塞を起こして倒れるなんちゅーのは、(はて、どこかで似たようなシーンをみたような・・・)とは思った。

なにが言いたいのかというと、一般の人が『女王の教室』を観て感動するよりも『光・・・』の方で感動して貰いたいな―と感じている今日この頃なのだが、どういうわけか再放送してくれないのだ。日テレさ〜ん、頼むよ〜。・・・近々TVドラマ『光とともに・・・』の紹介でもこのHPにアップでもしようかと考えている。(いつ実行するかわからんが)

 

俳優名を羅列していてふと気が付いた。『光・・』に出ていた小林聡美がエッセイを書いているとのことで試しに読んでみたら、・・・おもしろかった。だからすぐさま文庫本全部購入したのだが、その後友人に貸したらなかなか返してもらえる機会がなくて時々禁断症状がでて困っている。「返して。」といったら「積み上げた本のどの辺にあるかわからない。」と言われた。友人の家の本は余りにも大量なので、その本の地層の中に紛れてしまったらしい。(アンモナイトかい!)・・・困ったな―。又全部買い直すしかないのか?どうしよう・・・。

小林聡美の夫君の三谷幸喜のエッセイ『ありふれた生活』も今まで出ている分は持っている。で、3の(大河な日日)に『女王・・』の主役を演じた天海祐希の事が書いてあった。【笑いながら人を叩く時に力を加減しない】だそうだ。ふ〜ん・・・。

(小林聡美)(三谷幸喜)お二方のエッセイは読み合わせて見ると結構面白い。ワタシの感想としては、夫君のエッセイより奥様(マダム)の方が笑えるポイントをよくおさえているように感じる。まあ三谷さんのエッセイは、主に俳優・女優とのお付き合いの内容が多いから、読者を笑わせる必要はないわな。

ちなみに、我が家のオットはTVドラマ『やっぱり猫が好き』(注)が独身時代大好きで、今もなお古いビデオテープに残してある。(リアルタイムで録画していたわけ) DVD買えばいいのにね。でも、猫自体は嫌いなんだと。ふ〜ん・・・。

注:『やっぱり猫が好き』の縁で(小林)(三谷)お二方が結婚したのではないかい?多分・・・。

 

                         

(H17年9月18日深夜記録)