パンッ

 千歳の手が舞の頬を打つ乾いた音が、静かな部屋に響いた。
                               きさき
「いい加減にして!そういう事…言わないでっ……。后さんの事なんて何にも知らないくせ

に、変な事言わないでよ!」

「ああ、知らねーよ!后の事なんかっ。ちーちゃん何にも話してくれねーんだから!知るわ

けねーだろ!!」


                しば                                  つぶや
 静まり返った部屋の中で暫し無言で睨み合った後、不意に視線を下げた千歳が小さく呟

いた。
                 けいべつ
「知ったら……、まーくん僕を軽蔑するよ…」

「しねーよ!フザケんなっ!」

「…別に何にもフザケてないよ……」
                                  いっしゅう
 一世一代の告白程の気持ちで言った言葉を頭ごなしに一蹴され、なんとなくムッとして頬

を膨らまし反論すると、深い溜め息をつかれてしまった。

「フザケてるよ。俺がどれだけちーちゃんを大事だと思ってんの?なんで今更、后の話なん

かで軽蔑しなきゃなんないんだよ…フザケんなっ。そんなんで軽蔑するんだったら、后との

関係知った時点でしてるだろっ」



「…それは、きっとまーくんが僕と后さんの関係を根本的に誤解してるから…」

「……なんだよ…、誤解って」

「まーくんは初めから、后さんがこの関係の元凶だと決め付けてた。…でも、それは違う」

「……え…」
                くつがえ
 千歳は、何かが根本から 覆 されようとしている様子に戸惑う舞を、迷いを振り切るように

真直ぐ見つめた。



「后さんに今の関係を持ちかけたのは、僕の方からだよ」



「………っ……」



 何か言わなくてはと思うのだが、今まで考えもしなかった事実を聞かされ、返す言葉が

浮かばない。頭の中が真っ白になる…とは、まさにこの事だろう。そんな舞の様子に、千歳
                   あふ
の目にはみるみる涙が溜まり、溢れた。

「后さんはもともとゲイじゃない。僕が…、僕が、恋人を亡くした后さんのスキに付け込ん
   からだ
で…身体だけの関係を…っ。あの人をこっちの世界に引き込んだのは僕なんだ!まーくん

は后さんの事、エロとか変態とか言うけど…、イヤラシイのは…っ変態なのは僕だよ!!」

「ちーちゃん、もういいっ」

 舞は、泣きじゃくる千歳の体を抱きしめた。

「良くないよっ!后さんを侮辱しないで!僕が……、悪いのは僕なのに…っ」

「ごめん、ちーちゃん。もういいから…。もういい…、ごめん……ごめん」

 辛い事を言わせてごめん……。
               なだ
 抱きしめた千歳の体を宥めるように強く撫ぜると、離れようと暴れる力が徐々に弱まり、
    あきら
やがて諦めたようにおとなしくなった。



「あの人を本当に癒せるのは僕じゃないって、初めから分かってたのに……」



「ちーちゃん……」



 腕の中ですすり泣く千歳の頭を抱きこむように、頬をすり寄せる。こんなふうに泣いている

千歳を抱きしめるのは2度目だった。

 一度目は、まだ舞が幼稚園にも上がっていない頃。舞の父親…千歳の兄が死んだ時だ。




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Fallin'

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