「まーくん、僕になにか謝る事ない?」

 舞がリビングのソファでビスケットをぱくつきながらテレビを見ていると、学校から帰宅した
           ゆる
千歳がネクタイを緩めながら視線を合わせずに言った。

「へ?」
 ほう                              
 呆けた顔で間抜けな声をもらした舞に、千歳は小さく溜め息をつく。
                                        は
「君によく似た一年生が、今日のお昼休みに廊下で理事長に暴言吐いた…って、職員室で

 も話題になってたんだけど」



 ゲッ……。


                       いちべつ
 思わず「しまった」という顔をした舞を一瞥して、千歳は「はぁー」と二度目の溜め息をつい

た。
            きさき
「まーくん……。僕と后さんの事には口出ししないで…って、前にも言ったよね?」
      さと
 千歳の諭すような口ぶりに、キッと目線を上げ反論する。
                         もてあそ
「だってアイツ…、昔からちーちゃんの事 弄 んで!入学式の日だってアイツ本人が言って

 たじゃないかっ、あの保健の先生が恋人なんだろ!ちーちゃんアイツにナメられてんじゃ

 ないのか!?」



「………」

「……っ、…ごめん……」
                                                 うつむ
 悲しそうな瞳で無言で自分を見つめる千歳に、舞も悲しみが伝染したかのように俯いた。


                                    むな
 静まり返った部屋に、テレビの笑い声と陽気な音楽だけが空しく響く。



「とにかく」

 千歳が溜め息混じりに口を開いた。

「僕の事は放っておいて。……后さんの事何も知らないくせに…、あの人を侮辱する事は

 …いくらまーくんでも許さない」

「ちーちゃ……」

バタン

 千歳は、舞の言葉を待たずに自室へ入ってしまった。
                                                 ひざ かか
 リビングに一人残された舞は、はあー――っと大きく溜め息をつき、ソファの上で膝を抱

えた。



 なんでだよ……。
          にじ                                         
 じんわりと涙が滲む。いつもは優しく自分の話を聞いてくれる千歳が、后の事になると途
たん 
端に心を閉ざしてしまう。

 まるで何かを隠すように……。


                        おじ  おい
 9歳違いの二人は、一つ屋根の下で叔父・甥というよりも歳の離れた兄弟のように育っ

た。いつも優しくて綺麗な千歳は、舞の自慢だった。



 なんであんな男なんだよ……。



 たとえ同性の恋人であったとしても、互いが本気で思いあっているのであれば、舞も涙を

飲んで祝福できただろう…。しかし実際は、恋人などというそんな甘い関係ではない。舞に

はそれがどうしても許せなかった。

 大切な、大切な存在…。綺麗で優しくて…繊細で。



 出来るならば自分の手で、誰よりも幸せにしたいのに……。


                       あて
 舞はテレビの電源を切ると、自分に宛がわれた部屋へと足を向けた。以前は客間として

使用されていたのを、千歳が舞のために空けてくれた部屋だ。

 ベッドに倒れるように横になると、ナイトテーブルに手を伸ばし小さなテディベアを引き寄

せた。きっと最初は真っ白だったであろうそのテディベアは、年月を表すように薄く変色して

いる。

 舞は記憶に無いが、それは千歳からの初めての贈り物だったらしい。舞が産まれた時に
                           こづか
出産祝いとして、9歳だった千歳が自分のお小遣いで買ってくれたのだ。



「ちーちゃん……」



 舞はそっと思いを込めて、小さなテディベアにキスを落とした。




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Fallin'