放課後の理事長室。窓の外は、昼過ぎから降り出した雨が静かにガラスを叩いている。
 きさき         じゅうこう     ひじ           あご
 后はマホガニーの重厚な机に片肘をつき、その上に顎を乗せて、目の前の監視カメラの
                             すみ
映像を見つめていた。画面は4分割され、室内4隅からの映像が映し出されている。もしか

しなくても、保健室に取り付けられている監視カメラのものだ。

 その中には、保健医である有栖の他に一人の生徒の姿があった。ここのところ、ほぼ毎
                                         わず
日保健室に顔を出しているその生徒は、今日も部活へ向かうまでの僅かな時間を使って、

有栖に会いに来たようだ。

 目的が保健室≠ナはなく有栖≠ナある事は、この数日、監視カメラの映像を見れば

明らかである。どう見ても治療や相談といった雰囲気ではない。


          いすみ
(2年B組、椎名伊澄……。さて、どうしたものか……)


                              むし
 千歳の話では、悪い人物ではない…というより寧ろ好人物なようだ。

 后自身も、今まで何度か椎名と接した中で、決して悪印象を持った訳ではないのだが…。



(どちらにせよ、用心するに越した事はない…。……男なんて生き物は、信用できたものじ

ゃないからな…。普段の態度が当てになるとも限らない)



 油断して何かあってからでは遅いのだ。取り返しのつかない事態が起こってからあれこれ
                               せいぜい
後悔しところで何も生まれない。そこで生まれるのは精々、憎しみと悲しみ…、やり場の無

い怒りだけだ。その事を后は誰よりもよく知っていた。



(必ず守ると約束したしな……)

 后は映像の中の有栖に、軽く笑いかけた。









コンコン

 理事長室の三つの扉のうち、廊下へ続くドアがノックされた音に顔を上げる。(残り二つの

うち、一つはプライベートルーム、もう一つは保健室へ続く扉だ)

「どうぞ」

 と声を掛けると、ゆっくりと扉が開き、少し緊張した面持ちの一人の生徒が現れた。茶色

のネクタイ…、一年生だ。

「1年A組、真壁弘人です。……二階堂舞の…友人です」



 舞の友人……。

 少し長めの前髪は艶のあるサラサラストレートで、その下の容姿も、舞ほどではないが
なかなか 
中々の美少年だ。

(やはり、うちの学校はレベルが高いな…)

 もちろん、顔の話である。



「ふ……。それで、何の用事かな?」
            うなづ               うなが
 后は「なるほど」と頷いてから薄く笑って、先を促した。

 弘人はスゥ…と息を吸い込むと、緊張を跳ねのけるように一気に言った。

「余計なお世話なのは重々承知していますが、それでも言わせてもらいます。千歳先生との

関係をハッキリさせてもらえないでしょうか」

 予想通りの言葉に、后が苦笑をもらす。



「ハッキリさせろ…とは、別れろという事なのかな?」

「いえ、それは……。そこまでは流石に、こちらが口出しする事ではないので…、どのような

形でも構いませんが……。舞も、このままでは収まりがつかないんだと思うんです。せめて

付き合うなら、ちゃんと恋人として千歳先生を大切にしてほしいと…」



「ふ……。なるほどね。まぁ、今のところ私に恋人≠ニいう選択肢はないので、ハッキリ

させるなら別れる意外ないのだが…」
       ふた
 その身も蓋もない言い様に、弘人の心にも怒りが湧く。これでは舞が怒るのは当然だ。

「じゃあ、別れてください」

 怒りを押さえて静かに告げると、后は思案顔で顎を撫ぜ、それから思いついたように言っ

た。



「じゃあ、こうしようか」




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Fallin'