CREEP


「俺と中津川って、もしかして昔、会ってるのか?」
「…………」

 いくら考えても思い出せなかった悦司が、思い切って直接本人に尋ねてみると、訊かれた飛鳥(とびと)はガックリと首をうな垂れてしまった。

「な…、中津川?」
「悦司……、ほんとに憶えてないんだ…。最初にそれとなく訊いた時、反応薄かったから、まさかとは思ってたけど……」
「えっ……?」
 やはりどこかで会っているという事か…。しかし、いくら考えてもさっぱり思い出せない。

「冷たいよな…悦司……。俺をこんな人間にしておいて、自分だけコロッと忘れてるんだから…」
「なっ…、なんだそれは。自分の女タラシまで人のせいにするなよ」
 突然の言いがかりに反論すると、そんな悦司を飛鳥はジト目で見つめた。
「はぁー――、いいよ、もう。どうせ昔の事だし。……だからこれからの俺を愛してくれ!ヨロシクお願いしますっっ!!」
「はっ、離せ!ド変態っ!!」

(てゆうか…、ここ教室だよ………)

 朝の教室内でじゃれ合う(?)二人の姿を、クラスメイトの真壁弘人(まかべ ひろと)が、なま温かい笑顔で見つめていた。
(中津川の弱点は、浅倉で間違いなさそうだな)

 そして、知らぬ間にミスター腹黒に弱味を握られる飛鳥であった…。





「コマンタレブー!」

 ・・・・・・。

「中津川……。何で美術室に…?しかも何でフランス語…?」
「ん?部活の準備運動でグラウンド走ってたら、窓の所に悦司が見えたからサッ」
 見えたからって、なにもわざわざ来なくていいよ……。
「それにしても何?美術部ってまさか、悦司しかいない訳じゃないよな?」
 飛鳥はガランとした教室内を見回して言った。どこかに故意に隠れている訳でなければ、悦司以外の他の部員の姿は、ここには居ないようだ。
「10人くらい居るはずだけど…、みんな幽霊部員だから」
「先生は?」
「御堂(みどう)先生と、有栖(ありす)先生。御堂先生はテニス部の顧問と掛け持ちだから、ほとんどそっちに行ってるし、有栖先生はあんまり長い時間保健室あけられないから…」
「ふぅ〜〜〜ん」
 それを聞いた飛鳥はニヤニヤと、何かを思いついたような笑顔を浮かべた。
(んな……、何だ…)

「それじゃあ悦司が寂しいだろうから、これからは俺がちょくちょく遊びに来てやるよ!」
「……いらん」
「冷たっ!そんなこと言うなって〜。俺もバスケ部の方があるから、そう長い時間居られる訳じゃないけど、退屈させないぜ〜?」
「…俺は退屈な時間も好きなんだよ。…というか、バスケ部まだ走ってるじゃないか。一年のくせに何サボってんだよ」
 悦司が窓の外に視線を投げながら呆れ顔で呟くと、並んで窓辺に立った飛鳥が、不服そうに口を開いた。
「ええ〜、だって俺、あんまり走りこみは好きじゃないんだよね…」
「馬鹿。今からそんな理由でサボってたら、先輩に目ぇつけられるぞ」

「コラー!!飛鳥っ!何やってんだ!戻って来い!!」

 その時、飛鳥の存在に気付いたらしい一人が、こちらに向かって大声で怒鳴った。
「ヤベッ、伊澄さんだ。…じゃな、悦司。ラ〜ッヴ
「………あほ」

 悦司は、飛鳥が慌てて出て行ったドアを見つめて思った。
(あいつ…、絶対また来る……)

 悦司としては、お風呂以外では唯一、一人になれるこの時間が、結構快適だったのだが…。

 ああ……、俺の安息の地が………。

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