Fallin'
19
パンッ
千歳の手が舞の頬を打つ乾いた音が、静かな部屋に響いた。
「いい加減にして!そういう事…言わないでっ……。后さんの事なんて何にも知らないくせに、変な事言わないでよ!」
「ああ、知らねーよ!后の事なんかっ。ちーちゃん何にも話してくれねーんだから!知るわけねーだろ!!」
静まり返った部屋の中でしばし無言で睨み合った後、不意に視線を下げた千歳が小さくつぶやいた。
「知ったら……、まーくん僕を軽蔑するよ…」
「しねーよ!フザケんなっ!」
「…別に何にもフザケてないよ……」
一世一代の告白程の気持ちで言った言葉を頭ごなしに一蹴され、なんとなくムッとして頬を膨らまし反論すると、深い溜め息をつかれてしまった。
「フザケてるよ。俺がどれだけちーちゃんを大事だと思ってんの?なんで今更、后の話なんかで軽蔑しなきゃなんないんだよ…フザケんなっ。そんなんで軽蔑するんだったら、后との関係知った時点でしてるだろっ」
「…それは、きっとまーくんが僕と后さんの関係を根本的に誤解してるから…」
「……なんだよ…、誤解って」
「まーくんは初めから、后さんがこの関係の元凶だと決め付けてた。…でも、それは違う」
「……え…」
千歳は、何かが根本から くつがえされようとしている様子に戸惑う舞を、迷いを振り切るように真直ぐ見つめた。
「后さんに今の関係を持ちかけたのは、僕の方からだよ」
「………っ……」
何か言わなくてはと思うのだが、今まで考えもしなかった事実を聞かされ、返す言葉が浮かばない。頭の中が真っ白になる…とは、まさにこの事だろう。そんな舞の様子に、千歳の目にはみるみる涙が溜まり、溢れた。
「后さんはもともとゲイじゃない。僕が…、僕が、恋人を亡くした后さんのスキに付け込んで…身体だけの関係を…っ。あの人をこっちの世界に引き込んだのは僕なんだ!まーくんは后さんの事、エロとか変態とか言うけど…、イヤラシイのは…っ変態なのは僕だよ!!」
「ちーちゃん、もういいっ」
舞は、泣きじゃくる千歳の体を抱きしめた。
「良くないよっ!后さんを侮辱しないで!僕が……、悪いのは僕なのに…っ」
「ごめん、ちーちゃん。もういいから…。もういい…、ごめん……ごめん」
辛い事を言わせてごめん……。
抱きしめた千歳の体を宥めるように強く撫ぜると、離れようと暴れる力が徐々に弱まり、やがてあきらめたようにおとなしくなった。
「あの人を本当に癒せるのは僕じゃないって、初めから分かってたのに……」
「ちーちゃん……」
腕の中ですすり泣く千歳の頭を抱きこむように、頬をすり寄せる。こんなふうに泣いている千歳を抱きしめるのは2度目だった。
一度目は、まだ舞が幼稚園にも上がっていない頃。舞の父親…千歳の兄が死んだ時だ。