Fallin'
21


 舞がもう眠っている可能性も考え、ノックをせずにドアを開けると、ベッドに横たわりボンヤリと天井を見上げていた舞が物音に気付いて飛び起きた。
「ちーちゃんっ……!」
 かすかに赤みの残る舞の左頬に、千歳の胸が痛んだ。また、一人で泣いていたのか、目尻から耳の上にかけて涙が流れた跡も見られる。
「まーくん…、ごめんね……」
 キッチンで濡らしてきたタオルを赤い頬にそっと滑らせると、冷たい感触が気持ち良いのか、それとも落ち着きを取り戻した千歳の様子に安心したのか、舞は表情をゆるめて瞳を閉じた。

「僕…、まーくんが后さんの事を責める度、いつか本当の事を言わなきゃって思ってた…。でも…、まーくんに嫌われるのが怖くて…ずっと言えなくて……。心配かけてるの分かってたのに…、本当にごめんね…」
 濡れたタオルを舞の頬にあてながら震える声で謝罪する千歳に、舞は静かに首を横に振った。
「俺はちーちゃんを嫌いになんかならないよ。…俺はちーちゃんが綺麗だから好きな訳じゃない。そりゃ、子供の頃は優しくて綺麗なちーちゃんが好きだったけど、今はそれだけじゃない。どんなちーちゃんでも受け止められるよ…。………大好き」
「まーくんっ……」
 優しく微笑んだ舞を、千歳は強く抱きしめた。
 舞が言った「大好き」の意味を、千歳は家族愛ととらえているだろうが、舞はそれでも満足だった。
 今はそれで良い。やっと閉ざされていた千歳の心に一歩踏み込む事が出来たのだ。何も焦る必要はない。

「俺もごめんな?ちーちゃんに何の相談もなく、勝手に后と変な勝負しちゃって……」
 千歳は静かに首を横に振った。
「よく考えたら…、まーくんは本当に僕の為を思ってくれてたからこそ、ちゃんと本当の事を話してくれて、最後の選択は僕自身に選ばせようとしてくれたんだよね……。それなのに、ろくに考えもしないで一人で怒っちゃって…。これじゃあ、どっちが子供か分からないね…」
「あっ、俺だってもう子供じゃないっての!」
「ふふふっ。ごめんごめん」

「ねぇ、ちーちゃん?」
 不意に、舞が上目使いで小首を傾げてきた。

「一緒に寝よ?」

 その仕種とセリフのあまりの可愛さに、自然と笑顔がこぼれる。
「ふふっ、もう子供じゃないんじゃなかったの?」
「いいじゃん!仲直りの印っ」
 仲直りの印に一緒に寝ようとは、とても大人の言うセリフではないのだが……。まあ、可愛いから良いだろう。

 照れ隠しか、さっさと布団に入ってしまった舞の横に潜り込むと、向かい合う形でこちらを向いた舞が、甘えたようにすり寄ってくる。こういう事をされては、もう可愛くて仕方がない。千歳の目尻も下がりっぱなしだ。

(本当にもう、この子は……)
 抱き寄せるように腕を伸ばすと、自然と腕枕をする形になってしまう。明日の朝は腕が痺れているかも知れないが、そんな事はどうでもいい。今の千歳は、腕にかかる舞の頭の重みさえも、いとおしい気分なのだ。

 ふと視線を上げると、ベッド脇のナイトテーブルの上に何か白い物が置いてあるのが目に入った。

(…あ………)

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