君と猫と僕


 私立華宮(かみや)高等学校。そこは少々風変わりな男が理事長を勤める男子校だった。
 その校舎に隣接する寮へと続く石畳を、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが歩いている。

 新しい寮生活への期待に瞳を輝かせる者、心なし緊張した表情を浮かべている者。その中を同じく新入生である竹御克征(たけみ かつゆき)もまた、歩を進めていた。真っ黒な髪と太く凛々しい眉に、スッキリとした切れ長の瞳、筋肉質な広い肩幅の長身。
 この男、着られ慣れていない真新しい制服でなければ、とても新入生とは思えない貫禄である。

 ふと視線を上げると、自分とは正反対の、ひときわ小さな背中が目に入った。染めているわけではなさそうな、自然な栗色の髪が眩しい頭も、また小さい。

 その時、まるで竹御の視線を感じたかのように、小さな頭が振り返った。







「竹御っ!」

 寮の食堂で、朝食ののった盆を手に、座る席を探していた竹御を、元気な声が呼び止め

る。
 友成卓翔(ともなり たくと)。入寮の日に出会った、栗色の髪の少年だ。
 同じく新入生だった彼とは、偶然にも寮が同室で、それ以来竹御はなぜか彼に懐かれているのだった。

「ここ、ここっ」
 自分の隣の席を、満面の笑顔で勧めてくる卓翔を尻目に、竹御は彼の向かいの席についた。

「あ…」
 卓翔は思わず声を漏らす。

「…………意地悪だ…」
 むう〜っと恨めしそうに見上げてくる彼に
「こっちの方が近かっただろう(意地悪って…)」
 と、呆れると、突然ガタンと卓翔が立ち上がった。

「?」

 何事かと見守っていれば、彼は自分の盆を持ち、空いていた竹御の右側の席に移動して来たではないか。

 …何なんだろうか、コレは。

 卓翔はニコニコと笑みを浮かべて、とても満足そうだ。

 ワケがわからない。そもそも何故、自分は彼にこんなに懐かれているのか。俺は彼に何かしただろうか。
 いいや、していない。そもそも竹御は、他人の世話を焼くようなタイプではない。懐かれるような事をした憶えはないのだ。

 何なんだ、本当に…。



 そこへ、同じく4人部屋の同室となった、残りの二人が呆れ顔でやって来た。
「よーよー、見せ付けてくれるじゃねーの」
 中津川飛鳥(なかつがわ とびと)が、からかい半分声をかけると
「中津川…、ひと昔前の不良じゃないんだから…」
 と、浅倉悦司(あさくら えつし)の控え目なツッコミが入る。

 飛鳥は祖母がイギリス人という、いわゆるクオーターで、黄土色に近い明るい茶色の髪に、緑がかったような薄茶色の瞳が印象的だ。
 それに加えて、179cmという長身もてつだって、女子の間では中学の頃からファンクラブがあるほどの人気で、周辺の学校でも、その名を知らぬ者は居ないほどだった。
 また飛鳥本人も無類の女たらしで、本来であれば共学の進学校である砂原北高に、自分に好意を寄せる女生徒を集め、ハーレムを作るという野望を抱いていたのだが…。あろうことか、入試の日に寝坊してしまい、2科目0点。結果、当然落ちてしまったのである。
 と、このように、この女たらしが男子校である華宮に居るのには、素直に気の毒がれない経緯があった。

 ちなみに、飛鳥は本来、徒歩で通える距離に家があるのだが…、罰として、遊び歩けないようにと、寮に入れられてしまったらしい。


 飛鳥が卓翔の向かいに腰を下ろすと、悦司はその右隣になる竹御の向かいの席に着いた。 
 悦司は、飛鳥とは対照的な純日本風の顔立ちで、身長も、卓翔よりも少し高いくらいの小柄な美少年だ。
 性格も物静かで、とても飛鳥と気が合うタイプには見えないのだが、同室の2人がいつもつるんでいる――正確には、卓翔が一方的に竹御にくっ付いているのだが――ため、自然と一緒に行動する機会が多くなっているようだ。


「っつーか、卓はホントに竹御大好きだよな〜」
「もちろん!一目惚れだからね!」
「何を言ってるんだ…、お前たち」
 飛鳥と卓翔の会話に、竹御が呆れながら言葉をはさむが、二人はまったく聞いていない。

「良いよなぁ〜、俺、浅倉がそんな好き好きオーラで甘えてきたら、絶対落ちちゃう自信あるぜ!」
「どういう自信な訳…、大体なんで俺が」
「浅倉、俺に惚れても良いんだぜ。ライバルは多いだろうけど、俺が守ってやるし♪」
「馬鹿じゃないの?冗談は顔だけにしなよ」
「ヒドっ!俺のビューティホー・フェイスをつかまえて何つー暴言をっ!」
 飛鳥が両手で顔をはさみ、大げさに嘆いてみせると、卓翔から
「ビューティホー!」
 という、妙な声援があがった。

 共学校でハーレムという野望を打ち砕かれたどころか、落ちる事は考えていなかった為に、中学で親しくしていた先輩が通っているという理由だけで決めた、ここ華宮しか滑り止めを受けていなかった飛鳥は、男子校という現実に初めのうちこそ落ち込んでいたものの、持ち前のプラス思考で、今ではすっかり心の底からここでの生活を楽しんでいた。浅倉の冷たいツッコミも、今の飛鳥にはむしろ一番のお気に入りなのだ。

「でもさぁ、竹御ってば全然俺の事相手にしてくれないんだよ〜?」
 またこっちに矛先が向いてしまった…。
「竹御もさ、男とはいえ、こんな可愛い奴に懐かれてなんとも思わんの?」
 飛鳥が、本当に不思議でならないという顔で訊いてくる。

「…何を思えというんだ…;」
 つれない言葉に、卓翔が口を尖らせるのが視界の端に映ったが、あえて無視しておく。
「じゃあさ、竹御はどんなのが好みなんだよ、アイドルとかで可愛いな〜と思う娘くらいいるだろ?」

 可愛いな、と思う………。


「――いる…」

 卓翔は驚きと不安で目を見開いた。
「おっ、なんだ竹御も正常な男子じゃ〜ん。誰、誰?」


「…猫」


「「「は?」」」

 三人の声が見事にハモった。

「猫…が、好きなんだ。可愛いと思う…」
 三人の反応に、自分がおかしな返答をした事に気が付いたのか、竹御の頬は心なしか赤い。



「わかった!!」
 突然、卓翔が叫んだ。

「じゃあ、俺が猫になれば可愛がってくれるんだよね!」
「っそ…、それは猫としてか?」
 突飛な解釈に、否定するよりも先に思わず問い返してしまう。


「俺、今日から竹御の猫ねぇ〜!!」
「竹御ー!これがお前のテかー!!」
 卓翔と飛鳥がなにやら叫んでいる。



 ちょっと言ってみただけだった筈が、エライ事になってしまった予感に目眩を覚えた…。

◆END◆


こちらも『You are my 〜』と同じ本に収録した漫画を、小説にしました。本当はもう少し続きがあるんですが、ここで一旦区切ることに…。漫画の時もそうだったんですが、自分はどうも、卓翔が苦手なようで…;ものすごく書きづらいんです。
…椎名とは大違い。
嫌いじゃないですよ!むしろ可愛い子は好きです。…でも書けない;;
書けそうだったら続き書きます。…一応ネタはあるので(^_^;)というか、途中までは書いたんです…。力尽きてしまいましたけど......。
しかし、「俺、竹御の猫」って、取りように寄っては、えらくアブナイセリフだなぁ…と、今回気付きました。…漫画の時点で気付けっ;(知ってると思いますが、「ネコ」とは、「受け」とか「女役」という意味の隠語です。男子諸君は、新宿2丁目あたりで「俺、猫好き」とかいう発言は、誤解を招くので避けるように)

2006.6.27 途倉幹久


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