ヘリオブルーレディッシュ

25






「やっぱりお前、重い」

「悪かったわね」

 共一に背負われた蘭丸は、保健室へと廊下を進んでいた。

 途中、誰かとすれ違うたび何度も好奇の目で見られ、共一は恥ずかしそうだったが、蘭丸の

方は全く気にしていなかった。他人の目など気にしているようでは、男子校で女装などできな

いのだ。



 そんな感じで共一の背に揺られていた蘭丸が、ふいにボソリと口を開いた。

「生ちゃんと…、うまくいったのね」

 「うまくいったのか?」ではなく、確信を得たような蘭丸の言葉に、共一は一瞬言葉に詰まる。

 しかし、うまくいったかどうかと訊かれると、共一も何と答えていいものか迷ってしまう。

ハッキリと言葉にして思いを伝え合った訳でもなく、共一など、正直、子供っぽい独占欲を

示しただけ…とも取れなくもない。

 だが、最後のキスは……、共一の思いが伝わったからこその、生一からの心を込めた返事

なのかも知れない。だとしたら……。

「…ああ。お前には…、色々、悪かったな…」
              ともども                              かえ
 蘭丸には、生一・共一共々、随分と迷惑をかけた事だろう。隠し立てするのも却って失礼な

気がして、共一は素直な言葉を口にしていた。

「……しょうがないわよ」

 そう言ったきり黙ってしまった蘭丸に、何か言うべきか迷っていると、共一の頭の後ろでズズッ

と鼻をすする音が聞こえた。

(しょうがないのよ…。生ちゃんは共ちゃんがいいだもの。私じゃダメなんだもの……)
       うら             えりもと     ぬぐ
 蘭丸は、恨みとばかりに共一の衿元で涙を拭った。

「……おい、ヨダレたらすなよ…」

「バカねっ。ヨダレじゃないわ、鼻水よっ」

「おまっ………」

 蘭丸は、共一の背中に顔を押し付けたまま、濡れたまつ毛を伏せた。

「生ちゃんの事……、大事にしなきゃ許さないんだから…」

「…ああ。わかってる」
                         しんし
 ぶっきらぼうな共一の、不器用ながらも真摯な優しさに触れた蘭丸は、一途に共一を思う

生一の気持ちが、少しだけ理解できた気がした。





















「共ちゃ〜ん」
                                もた
 昼休み、昼食を終えた共一と遙が屋上のフェンスに凭れていると、生一を連れ立った蘭丸が

駆け寄ってきた。

「おう…、久堂。足は治ったか?」

「まだちょっと痛むけど、もう平気よ」

「そうか…」
                                             へび にら    かえる
 蘭丸と共一が親しげに言葉を交わす中、生一は遙に笑顔で見つめられ、蛇に睨まれた蛙の

ごとく固まっていた。

 つい数日前に共一に殴られたと言う顔の痣が、まだ薄っすらと残っていて、えもいわれぬ

恐ろしさだ。

「ちょっと、やめてよ。そんな凶悪な笑顔で、生ちゃんを見ないでちょうだいっ!」
     いちはや
 それに逸早く気付いた蘭丸が、生一を隠すように立ちはだかる。

「ふふっ、酷いなぁ〜、可愛いから見てただけなのに」

((ウソつけっ!))

 蘭丸と共一の心の声が、見事にハモッた。



「さあさ、清水先輩っ、若い二人の邪魔をするのはヤボってもんよ」

「え?ら、蘭ちゃん?」

 蘭丸は、生一を共一の側に押し付けると、戸惑う生一をよそに、共一の隣で微笑む遙の腕を

とった。

「ふ…、しょうがないなぁ。…あ、生一君」

 遙は、軽く肩をすくめて蘭丸に従ったが、ふいに足を止めて生一を振り返った。

「はっ、はい!」

「この前、色々意地悪なこと言っちゃったけど、気にしないでね。どんな形でも、愛があれば

良いと思うよ僕は。じゃあね〜」

 ヒラヒラと手を振りながら去っていく遙と蘭丸の後姿を見ながら、生一の頬は少しずつ紅潮して

いった。

「何の話だ?」

 共一に問いかけられ、おずおずと口を開く。

「あの…、前に清水先輩から、僕がキョウの事を好きなのは、学年の壁に阻まれた事で愛着心

が変化したからじゃないのか?…って、言われて……。たぶんその事だと…」

 と、そこまで言って、自分が初めて『共一の事が好きだ』と言葉にしてしまった事に気付く。

 急激に恥ずかしくなって、生一は、顔を真っ赤にして俯いた。



「…………」

「…………」



 何も言わない共一に不安を覚えた生一は、恐る々々視線を上げた。

 すると、今まで見た事もないくらい、優しい瞳で自分を見つめる共一と目が合った。

「生一……、俺も…お前が好きだ」

「キョウっ……」

 生一は、優しく髪を撫ぜる共一の左手に、涙に濡れた頬をすり寄せた。









 二人から離れた蘭丸と遙は、屋上の端で足を止めた。
                   ひとけ
「ふふふっ、蘭丸君てば、こんな人気のない所まで僕を連れてきて…、もしかして僕に襲われ

たがってる?」

「ンな訳ないでしょっ!てゆーか『蘭丸』って呼ぶなっっ」

 だよね〜、と言って楽しそうに笑う遙に、蘭丸は大げさに溜息をついた。

「全く…。共ちゃんってば、何でこんな人と仲良しなのかしら……」

「う〜ん、共一にしてみれば成り行きなんじゃない?」

「は?」

 蘭丸は、独り言のつもりで言った言葉に返ってきた返事に、眉をよせた。

「僕が入学してひと月くらいの時に、ちょっとヘマしちゃって…、まあ何というか、痴情のもつれで

三人くらい相手にもめてたんだよね。そうしたら共一がそこへ通りかかったんだけど、なんか

僕が絡まれてるみたいに見えたらしくて、睨みきかせて追っ払ってくれたんだよねぇ」

 入学ひと月で、3人相手に痴情のもつれって……。蘭丸は最早、開いた口がふさがらなかっ

た。

「それで気に入っちゃったから、2年に上がる時に、寮の同室希望者に共一の名前だけ書いた

ら、共一の方は誰の名前も書かなかったらしくて、僕の希望が通っちゃってさ。ふふふふっ…」

 こ…怖っ!

「共一ってば、ああ見えてホント人が良くって…。世の中には助けちゃいけない人種っていうのも

いるのにねぇ〜」



(共ちゃん…、あなた呪われてるわ……)

 蘭丸は、心の中で共一に合掌した。

 しかし、こうして関ってしまった以上、自分も似たような立場であるという事に、蘭丸が気が

付くまであと5秒……。








◆END◆



やっと終わりました(^-^;)
やっぱり、可愛い系主人公は書くのが大変でしたが、蘭丸と遙は書いてて楽しかった。二人とも受け顔なのに攻めなんですよね〜;やっぱりその辺も、自分と似てると書きやすいのかな…;
そのうち、遙メインでも書きたいような書きたくないような……(どっちやっ)
蘭丸がメインになる話は、もう決まってるんですけどね*
それでは、ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。

2007.3.26

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