いづる
「出流ちゃん、俺と慶介取り合ってみる?」



  ・

  ・

  ・

  ・



「は!?」



「だから、慶介が欲しかったら、俺から奪ってみろって事」



 欲っ…欲しいって何だ!欲しいって何だー!!

 だいたい、

「志村は椎名のモンじゃないだろ!?」

「んー―、まぁ今の所まだ、肉体的には俺のモノじゃないのは確かだけどね〜」

 な…っ、何だそれっっ!!



 何言ってんの!?椎名ってこんなキャラ!?AB型マジック!?



 もう、わけがわからない。出流の頭はあまりの混乱の為、全く考えをまとめる事ができず、

ただ、ただ、目を白黒させるばかりだった。




「出流ちゃんにその気が無いなら、俺が慶介モノにしちゃうけど」

「っ……。椎名は…、志村が好きなのか?」



「好きだよ。…愛してる」



 あまりのストレートな告白に、思わず俯いてしまう。

 立ったままの椎名に対し、ソファに座り、顔を俯かせている出流の表情は、椎名からは窺
                       
わず
い知る事はできなかったが、その肩は微かに震えていた。


「い――」

「俺だって…」

 フォローしようかと発した椎名の声を、震える声が遮った。



「俺だって好きだ…っ」



 なんだか分かってしまった。

 先程までは答えが分からずモヤモヤしていた思いも、分かってしまえば、ナルホド他の

理由なんて思い浮かばない。




 好きなのだ。



 好きだから、慶介の為に何かが出来る事が嬉しくて、慶介が自分ではなく椎名を頼った事

が悲しかったのだ。




 声と共に顔を上げた出流の瞳は、涙で潤んでいた。

 それに一瞬、目を丸くした椎名だったが、次第に笑みを深めていく。

「何だよ、その余裕の顔っ。

 そりゃ、俺なんて椎名に比べたら知り合って日も浅いし、椎名みたいに気さくじゃないし、

カッコ良くないし、背ぇ高くないし――」


「ちょっ、ちょおーっと待った!」

 延々と続きそうな出流の言葉を遮る。

「出流ちゃん、何言ってんの。実際、現に出流ちゃんは慶介を好きになってるわけだから、

知り合ってからの日数なんて関係ないし、出流ち
ゃんには出流ちゃんの魅力があるんだか

ら、俺みたいじゃなくて良い
んじゃない?」



 それに、慶介には俺みたいなのより出流ちゃんみたいな可愛い子の方が似合ってるしね、
     つぶ
と片目を瞑る。

「椎名ってホント余裕なんだな…。

 ライバルにそんな事言ってていいの?」

 呆れ半分、尊敬半分でつぶやくと、椎名は「ん?」とまた読めない笑みで言った。



「俺はね、嬉しいんだよ。俺の愛する慶介の魅力を、出流ちゃんと共感できて。だから、ライ

バルと言うよりは同士≠チて感じかな」



 椎名という男が、益々もって分からなくなった瞬間だった。









 部屋に戻った出流は、音を立てないように静かに扉を閉めた。

 少し薄暗くなった室内には、微かな寝息だけが聞こえている。ゆっくりと慶介のベッドに近

付くと、規則正しい寝息を立てている穏やかな寝顔が目に入った。

(こんな顔、椎名にも見せたのかよ…)

 無防備にも程がある…と、ついつい腹が立ってしまう。

 慶介にしてみれば、風邪をひいて熱があるわけで、眠くなるのも仕方が無いのだが…。



 ふと視線を動かすと、ベッドの近くに寄せられたゴミ箱の中に、ヨーグルトの空容器が入っ

ているのが見えた。

(あ……)

 燃えるゴミは今朝出したばかりなので、確実に今日の物だった。



(志村…、食べてくれたんだ…)

 むず痒いような嬉しさに、つい頬が緩んでしまう。



(志村……、

 好きだよ……)



 心の中だけで告げてみる。



 何、乙女な事やってるんだろう、と赤面しつつも、心の中を温かな物が満たしていく感覚を

感じていた。




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