帰るところ



その日、それぞれの場所へともどって行く皆をアップルとシーナは見送っていた。

「あーあ、皆行っちまったな」
「そうですね…」
アップルも少し寂しいのか声が沈んでいた。シーナはそれを気にしつつ、ずっとずっと気になっていた事を意を決して聞いてみる。

「……それでさ…アップルはどうするんだよ」 こころなしかシーナの頬が赤いのだが、アップルは全く気付かず。不思議そうに
「……? 何をですか?」
「え…いや、あの…ここで、シュウと一緒に居るのか? それとも…」
トランに戻ってこないか、と言おうとした時。アップルが理解したように

「私はハルモニアに行きます」

「へ?」
それはあまりにも意外な返事だった。驚いて聞き返すシーナに、

「私はハルモニアで一から学び直してきます、今回の戦争で私の認識不足。知識の足りなさが良く分かりましたから。」
寂しそうに、悲しそうに言うアップル。彼女は自分の失策で死なせてしまった傭兵達を痛み、その時のあまりの不甲斐無さ、それを思い出しているようだった。

悲しそうに伏せられた瞳、切なそうに寄せられる眉。そんな少しの変化が普段、常に張り詰めている空気を持つ彼女を酷く頼りなく見せた。

ずっとそばに居て守ってやりたい。

怒っている顔も可愛いけど、笑っている顔が見たい。

そんな顔が見たいんじゃないのに…

「あのさ……そろそろトランに戻ってみても良いんじゃないかな…」
どうして? とでも言うようなアップルの視線。子供のようにこちらをまっすぐ見つめ小首をかしげる。

「何でですか?」
「え…マッシュの伝記ならセイカでも書けないか?」

照れが邪魔をしてか行って欲しくないんだ、とは言えなかった。第一、俺が言ってもアップルは本気にしないだろうし。
その言葉にそうですね…と呟き、「でも、それだけじゃ無いんです…もっと、色々私は知らなくてはいけないの」

静かな言葉にはアップルの決意が窺えシーナは何も言うことが出来なかった。





城に戻るとアップルは女官に、「シュウ殿が、御用があるようなので部屋にお急ぎくださいませ」と言われた。

(何かあったかしら?)

シュウがアップルを直接、部屋に呼び出すことなどめったに無い。不思議に思いつつも、ハルモニア行きをシュウにも告げようと彼の部屋へ急ぐことにした。

「シーナさん、じゃあ」
「ん…ああ、またな」

シーナは茫洋と何処かを見つめていて
返事ははっきりしない。
おまけに、今日のシーナはからかって来ない。変わった日は変わったことが続くのね、少し楽しくなってアップルはシュウの部屋へと向かった。



トントン、ノックは2回。

「シュウ兄さん、アップルです入ります」

シュウは何時もの机に座り、何かの…どうせ哲学書の類だと思うが…本を読んでいた。
あまり急ぎの用でもなさそうだ。

「アップルか…」
シュウはぱたり、と本を閉じで立ったままのアップルをみる。

「座るところが無いな…何だったら、ここに座るか?」
とシュウが(笑いながら)指したのは膝の上だった。

「……シュウ兄さん!」
真っ赤になったアップルにははははは、と可笑しそうにシュウは笑って、

「なに、昔を懐かしんだのさ。どのくらい大きくなったのかと思ってな」

パタンと本を閉じ、すぐ傍にあるベッドへと移動する。ここに客用の椅子は無い。アップルもその横に座り。
「もう、からかう為に呼んだのではないでしょう、何かあったのですか?」
「…いや、たまには兄妹水入らずで話してみたいと思ってな。戦の時は忙しくて出来なかったろう?」
「……そうですね……」
こて、とシュウの肩に頭を預けアップルは呟いた。優しい兄、何時も何時も私のことを見ていてくれる。
「でも兄さんはまだ忙しいのではないの?」
「事後処理のことか」
こくん、頷きそのまま目を閉じる。シュウの体温が気持ち良い。
「たまには休みを取っても良いだろう…クラウスに任せてあるさ」
アップルの髪をなでつつ、シュウは完全に安らいだ顔のアップルを見つめる。何時の間にこんなに大きくなってしまったのだろう…
綺麗に揃えられた栗色の髪に、普段はめがねに隠れて見えない大きな瞳。そしてまっすぐに自分を
見詰める眼差し。そんなところは何一つ変わっていないというのに。

「………アップル…おまえはこのまま……」
眠ってしまったのだろうか?
「このまま…この城に居ないか……」

寝てしまったかもしれないアップルに囁くように言ったシュウの言葉、それにいやにはっきりと返ってきた、アップルの言葉。それは、
「兄さん、私はハルモニアに行って来ます…もっと、マッシュ先生のような人になるために」
というものだった。



「ハルモニアまでの護衛はラスさんに頼んであるのよ」

俺がついていこうか? と問うシーナに笑いながらアップルは言った。それにシーナさんに頼んだらちゃんとハルモニアに着けるか、わからないもの。
軍略ならばここで学べるし、執筆ならセイカでも出来るだろうという二人の言葉は、

「私には世界を見る必要があるの」
そんな言葉に封じられ、

固い決意のアップルに、ついに、二人は何にも言うことが出来なかった。
そして、出発する日は近づいてゆく。




いまだに城にとどまっているシーナにシュウは良い顔をしなかったが、そんなことを気にしている場合では無かった。

時間が無い。アップルが旅立ってしまうまで。
このままではずっとアップルと会えなくなるかもしれない。

今回は偶然に、会えた。

だからといってまた会えるとも限らないのだ。
彼女に行先を聞いた所で、自分に教えるとは思えないし。
良いアイディアも思いつかず、時間だけが過ぎて行き、焦りばかりが募っていった。




シュウは困っていた。
大体の事は少し考えるだけで片がつく、自慢の頭脳である。そこいらの馬鹿と一緒にしては貰いたくない。

だが、これは如何した事か…

アップルはハルモニアへと行ってしまうのに、引き止める方法も呼び戻す術さえ思いつかない。そして、何時帰ってくるかも分からない。
そしてなぜ私はこんなにも妹を、いやアップルをを引き止めたいのか…

愚問だな。
つまりは、そういう事なのか…

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