卵のつがい
第一章
1−9
(今頃だったらきっとまだ眠ってるわね)
家で保護するようになったとき、野生の警戒心を捨ててきたに
違いない。腹を出して無防備な姿で眠るプレオのことを脳裏に浮か
べ、ミラは口元を緩める。
そうこうしている間に気づけば商店街も抜け、目の前に黒い扉を
持つ店が見えてきた。数か月来たときとなんら変わらない趣のある
扉に走る速度をあげる。草の絵が彫られた看板を見上げながらミラ
は乱れた息を整え、薬草店の扉を押した。
「こんにちはー」
「おや、嬢ちゃん。いらっしゃい。久しぶりだな」
顔全体を髭で覆われた巨漢の男が白い歯を見せ、笑いかけてくる。
彼がこの薬草店の店主アルノーだ。初めて来店した時、あの笑顔に
恐怖を感じ後退りたくなった。しかし、髭の奥から見え隠れしてい
る円らな瞳の存在に気づいた今はそんな衝動も起こらない。
(イースもアルノーさんの顔を見て怖いって思ったかしら?)
きっと彼のことだ。自分よりも怯えを顔に出していたに違いない。
眼鏡越しでもわかるほど眉を下げるイースの姿を想像し、頬が緩み
そうになる。ミラが表情筋を必死になって引き締めているとアルノー
が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
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