come_ rain_ or_ come_ shine

 

 

 

 

「雨の日は無能、ってか。中尉もよく言ったもんだな」

「まったく、酷い言われようだと思わないか」

「事実なんだから、しょうがねえだろ」

「兄さん!そういう口の利き方はよくないよ!」

「本当のこと言って何が悪いんだよ」

「だいたい兄さんはね、普段からロクなこと言わない!」

「お前こそ、普段から説教ばっか!ったくどこのジジイだよ!」

 

いきなり始まった兄弟ゲンカを、ヤレヤレといった風に眺めながら、

ロイ・マスタング大佐は傍らの部下に話しかけた。

 

「時々どちらが兄か弟かわからなくなるな」

「ま、精神年齢は見た目どおり、って感じっすよね」

 

不用意な発言に、多感な少年の耳がピクリと反応する。

 

「…今なんつった、少尉?」

「さーてと、そろそろニコチン補給でもしてくっかなあ」

「オイ、逃げんのかコラ」

 

そそくさと場を後にする煙の少尉と入れ違いに、鷹の目が現れた。

 

「あら、エドワード君、いいところで会ったわ」

「へ?」

「さっき提出してもらった報告書、一枚抜けているようだけれど」

「嘘だろ?」

「ほら、ここから、ここ、話が繋がらないでしょう」

「あ…。やっべえ!そうかさっき資料室で…」

「探してきてもらえるかしら?至急お願いね」

「へ〜い」

 

駆け出していく背中を見送ってから、上官のデスクまで歩み寄ると、

ホークアイ中尉は抱えていた書類の束を「未決箱」にドサリと積んで、

美しい微笑と共に去っていった。

 

静けさを取り戻した執務室の中、溜息がひとつ、漏れ出した。

 

アルフォンス・エルリックは焔の錬金術師に向き直ると、

先ほどの無礼を詫びた。

 

「いや、確かに私は、こんな日は役に立たないからね。

でも、その割には、大事に扱われている気がするよ」

 

だから、雨の日は嫌いじゃないんだ。

そう言って、ロイは窓際にもたれ、ガラス越しの空を見つめる。

 

冬の雨が、視界に入るものすべてを、色濃く染めている。

 

「雨の日は、空気の、色も匂いも、一段と濃くなるな…」

 

鎧の少年が小首をかしげる音に、ふと我に返ったロイは、

らしくないことを言ってしまったかなと呟いて、ふわりと微笑んだ。

 

「いえ…。似たような感覚、僕にも覚えがあります」

まだ幼さの残る、だがしっかりとした意思を持つ声で、少年は続けた。

 

雨の日に、家の近所を歩いてると、道端に花が咲いてて。

顔を近づけて見てると、なんだかいつもより、色も香りも濃く感じたり。

草むらを通っても、乾いてるときは気付かないのに、雨で湿って濃い緑の匂いがしたり。

牧場の柵とか、水溜りとか、土の道とか、家の壁とか、自分の周りにあるものの、

匂いとか、色とか、濃くなったように感じました。あと、質感、ていうのかな。

同じものなのに、晴れの日とはまったく違うように思えるんですよね…。

 

そこまで言うと、ふと夢想から引き戻されたように、

少年は窓の向こうからロイのほうへ目を向けた。

 

「雨の日って、外で遊べなくてつまんない、っていうときもあったけど、

普段はできないような実験とか観察とかできるから、僕も結構好きでした」

 

でも今は、僕にとって雨はあまりありがたいものじゃないんです。

錆が出てしまうのも厄介だし、血印が消えちゃったらアウト!だし。

それに、雨に濡れるとか、雨で体が冷えるとか、そういう感覚、

少しずつ薄れてきてしまっているんです…。

自分の肉体を通した感覚が、少しずつ…。

 

血の通わない両手をぐっと握り締める音を聞きながら、

ロイは独り言のような、それでいて穏やかに宥めるような声で言った。

 

「さっき、私が雨の日は嫌いじゃないと言ったのは、

私が、人間に戻ることを許される日だからなんだよ」

 

人として持つべき感覚、肉体的なものも、精神的なものも、

すべて封印して、ひとつの兵器になりきって戦った。

高く澄み渡ったあの青い空の下で、低く敷き詰められた真っ白な雲の下で。

 

目の前の少年の、少し困惑したような心の表情を見て取って、

ロイは静かだが確固とした口調で付け加えた。

 

「たとえ肉体のある人間でも、心の持ちようによっては、

人間として大切な感覚を忘れ去ってしまう、ということだ」

 

だから、君は、心を強く持っていなさい。

いつの日か、取り戻した肉体をしっかりと受け止められるようにね。

 

「はい!」

「そういう、君のような感性や精神をもった子ども達が、

戦争のためでなく、人々のためになる錬金術の研究を続けて、

社会の役に立ってくれる、そんな世の中にしなければならないね」

 

コクリとうなずく少年に、優しく穏やかな微笑でこたえると、

ひとつ大きく伸びをしてから、ロイは椅子に腰掛けた。

 

「さて、無能を返上すべく、仕事に取り掛かるとしようか」

「すみません、お仕事中なのに、僕、長々と話してしまって…」

「いや、なかなかこういう話をする機会もないから、楽しかったよ」

「じゃあ、僕そろそろ行きます。

次にこちらへ伺うまでには、兄さんのあの口の利き方をどうにかしておきますね!」

「そちらはなかなか難しいと思うが、頑張りなさい」

 

深々とお辞儀をして鎧の少年が出て行くと、執務室は再び静寂に包まれた。

ロイは書類の山に手を伸ばし、最初の一枚に目を通す。

 

聞こえてくるのは、ペン先の走る音と、自分の呼吸と、時折行き交う廊下の足音。

そんな中、五枚目の書類を処理済の箱に入れたとき。

 

視界が、すっと、明度を上げた。

 

振り返ると、ガラス越しの空の、雲の隙間から陽が射してきている。

 

この山を、一刻も早く片付けなければ。

今日もまた、忙しくなりそうだ。

 

満足げに微笑むと、ロイは六枚目の書類を手に取った。

 

 

 

 

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12/JAN/08
ロイ+アル
「2008年グワッと来ちゃった」第二弾です。
ハボロイサイトなのに…。
アルはなかなかの策士になりそうなんですけど、
本当に優しい子だと思います。幸せになってほしい。

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