「研修、もうちょっとかかりそうです」
申し訳なさそうな声に、思わず張らなくてもいい意地を張ってしまった。
「…別にお前がいつ帰ってくるかなんて考えてもないし、待ってもない」
規定どおりならもう一昨日に研修を終えて、昨日の夜には東部に着いていたはずなのに。
受話器を持ったままちらりと見やるカレンダーには大きな丸の上にかぶさるように書かれたバツ。
「…もういい、研修中に煙草吸ったり、不真面目な態度とるんじゃないぞ」
「分かってますよ、…早くそっちに帰りたいですよ。不真面目にやったらその分帰るの遅くなっちゃうじゃないですか」
…早く帰ってアンタのこと、早く抱きしめたい。
耳元で低く呟かれて、背筋にぞくりと甘い波が走って思わずきつく目を閉じる、まるでハボックがすぐ近くに居るみたいな錯覚に陥った。
春を待つ
「ハボック少尉の研修、長引いてますね」
執務室で書類にサインをしていると、横で書類を纏めていたホークアイが何とはなしにそう呟いた。
ちらりと見るハボックの机は二週間以上も主が不在で、妙に片付いて見える。
「…そうだな、多分鍛えられているんだろうよ」
書類に目を落としたまま、平気そうな声音でそう言うと、もしかしたらセントラルの要人警護に抜擢されて招聘されるのかもしれませんねとホークアイが呟いた。
「…え?」
意外な内容の言葉に思わず顔を上げる。
「え?ご存知なかったんですか?」
先日届いた書類に書かれてありましたが。ホークアイが小首を傾げながらこちらを見ている。
「今回の研修は、東部での大佐への護衛能力を買われての参加要請ですから」
すう、と目の前が真っ暗になった気がした。
「大佐、お疲れ様でした。今日はもうお帰りになってください」
横でそう言われて初めて勤務時間を過ぎていた事に気付いた。そう云えば、やけに肩が凝っている。
何も考えないまま、ただ黙々と書類に目を通してサインをしていたのだろう。
「…ああ、…お疲れ様」
目頭を押さえながら立ち上がる。深呼吸を装って細く溜め息をついた。
仕事を終えると厭でもホークアイが言っていた言葉が頭の中でこだまする。
『セントラルに招聘されるかもしれませんね』
コートを羽織りながら、ホークアイに挨拶をして、執務室を出る。
セントラルから正式な辞令が出れば私にそれを止める権利はない。それは、私がハボックの傍に居る権利がないと言うことのような気がして、思わず目を閉じた。
「ね。てのひらのものなんだ?」
可愛らしい声が聞こえて、はっと目を開けた。
ロイの目の前に、まだ少女だろうか薄い黄色のワンピースを着た女の子が立ちふさがり、にっこり笑って両手で中のものを守るようにゆっくりと包んだ手を突き出している。
「…え?」
まだここは軍の施設の中のはずだった。執務室を出て、廊下を右に曲がっただけなのに。
こんな少女が入り込めるはずがない。
「…君は…」
「ね。あててみて」
「…あ…」
一生懸命な表情でこちらを見上げている。無碍には出来ない必死さのように見えた。
「あのね、ほしいものがはいってるんだよ」
欲しいもの、と聞いて脳裏に金髪の後姿が見えた。胸が少し痛い。
「…それはなんでも入ってるの?」
少女の目線に合わせるように座ってそう尋ねる。
「そう、なんでもはいってるよ」
だからあててみて。
得意そうな少女の顔。見ていると自分の顔も少し緩むのが判った。
少女の戯れに付き合うのも良いかもしれない。
「…そうだな、煙草の匂いが絶えなくて、いつも眠そうでやる気のない部下」
苦笑しながらそう言うと、少女がにっこりと微笑んだ。
「うふふ、あたり!」
そう云って両手を広げて私の横を走り抜けて行った。
「あ!」
振り返ると、そこはやはりいつも見慣れた軍の施設の中で、もう少女の姿はそこにはなかった。ただ楽しそうな笑い声が響いていた。
疲れている所為だろうか、と思い嘆息し俯いたまま立ち上がった。床に軍靴が見える。
ゆっくり顔を上げると、そこにはハボックが立っていた。
「…良かった、ホークアイ中尉から今帰ったから、走れば追いつくって言われて」
息を整えながら、笑顔でそういう姿は、紛れもなくハボックの姿だった。
「…どうして?」
惚けた表情をしていたのだろう、ハボックは大きく息をついて間違いなくハボックですよー、とおどけて言っている。
「…規定分の研修が終わったから急いで帰ってきました」
早く大佐に逢いたかったから。
「…バカモノ」
それ以上言葉が出てこなかった。規定の、と言うことは昼過ぎにホークアイが言っていた要人警護の研修はすっとばしてきたのだろう。
それなりに評価を受けて参加要請を受けているのだから、きちんと研修を受けていればセントラルに招聘される時期も早くなっただろうし、出世ももっと早くなったはずだ。
「だってね、退屈だったんですよ」
傍に大佐が居ないのってこんなに退屈なのかと思ったんです。
一人でセントラルに招聘されて全然知らない誰かを守るなんてぞっとしませんからね。
その言葉にもう何も言えなくなって俯いた。
「マスタング大佐、ハボック少尉、研修終了し、ただ今帰任しました」
軍靴の踵を鳴らし、真面目な声でそう言う。
「…帰任、確認した」
油断したら泣きそうで、それだけ言うのが精一杯だった。
金魚堂本舗のやまなしげんとさまよりいただきました。
以前にいただいた「十四夜」の続編です。
意地っ張りでさびしんぼうで不安がりなロイが可愛いです。
妖精のような少女に、つい素直にほしいものを打ち明けてしまうロイが愛しいです。
飄々としつつも、ロイに逢いたくて必死で研修終えて飛んで帰ってきたハボが、心底愛しくてたまりません!!!
やまなしさまの素敵なサイト金魚堂本舗へは、当サイトlinkページよりお越しいただけます。