囚われの身の上






板書を写す手を止め、教室の壁掛け時計に目をやる。


これで何度目だろうか。



我ながら呆れてしまう。


どれだけ私は、あなたに囚われているのだろうか。


ふと自嘲的な笑みが漏れ、口元が微かに歪んだ。



その瞬間、


時計の針が授業の終わりを告げたのだった。


教室内に流れ込んだチャイムの音と共に、クラス内は先程の静けさを失い一気にざわめきだした。


まるで、チャイムの音がそのざわめきさえも、一緒に連れて来たかのように。


いつもは気にもならないそれが、何だか今日は心地いい。


私の心臓が、それと同じくらいに弾んでいるからであろうか。





風紀委員が号令をかける。


先程まで教壇の真ん前に立っていた先生は、それと同時にその場を離れた。


私は机の上の教科書やらノートやらを、急いで机の中にしまった。


それ程焦る必要はないのに、逸る気持ちに歯止めが効かなかったのだ。


その時、自分の手がじんわりと湿り気をまとっているのに、否応なしに気付かされた。



あぁ、本当に呆れてしまう。



それに気を取られている間、教室内に新たなどよめきが上がったのを私は見逃していた。


机の横に掛けられているそれに、手を伸ばそうとしたその瞬間


私はその行為を止められた。






「…倉伎さん。」


「………ひゃっ!!」


「…………………。」


「……ぇ…、あ……。」



急に肩を叩かれて名前を呼ばれたものだから、私は驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまったのだ。


私の肩を叩いた張本人は、いつもトロンとさせているその目を真ん丸くして驚いていた。




「………ぇっと…、何……?」


「…いや、由希が呼んでるよ。」


「……えっ!?」



彼が指差したその先には、彼の従兄弟にあたるあの人が立っていたのだった。


何が起こったのかが即座に理解出来ずに、


私はおぼつか無い足取りのまま、あの人がいるドアの前まで歩いていった。




昼休みになって間もない頃だったので、クラスにはまだ人がほとんど残っていた。


そしてそのほとんどが、私とあの人の顔の間を行ったり来たりさせながら、固唾を呑んで見守っていた。


それなのに私は、あの人が笑顔で手を振っているその姿しか、目に入らなかったのだ。




ドアの前まで、あの人の前まで来て、心臓がまたトクンと跳ねた。




「……まるで、宇宙人でも見た人みたいな顔してるよ…、真知。」


「えっ…だって……。どうして、ここへ……?」


「…授業がさ、早く終わったんだ。屋上行くのにどうせこの階を通るんだったら、寄って行こうと思ってさ。」


「……はぁ、そうです、か………。」


「……もしかして、迷惑だった…?」


「えっ!…そっ、そんなことないっ!!………ですけど…。」



どうやら目の前の天然王子も、クラスの目がきになったらしい。


でも多分、それが自分によって引き起こされてるなんて、微塵も思っていないんだろうけど。



「…そっか。よかった。」



「………っ!!……わっ、私…お弁当持ってきますっ……!」



私は今の自分の顔を見られぬよう、すぐに踵を返し机に走って戻った。


自分の熱を確かめるよう、そっと頬に手をやった。



尋常じゃなく熱かった。



本当に、呆れ返ってしまう。



あの人のあんな顔を見ただけで、私はもう、駄目なのだ。




机からいつもより重い弁当箱を取ってきて、俯き加減でまた戻る。


あの人が、「どうかした?」と首をかしげて聞いてきたのを、


なんでもないと言いながら、ぐいぐいと教室の外まで追いやって行った。


私たちが教室を出て行った瞬間、どっと話し声が聞こえてきたけれど、


知らない振りして、あの人と二人一緒に並んで階段を昇って行った。











「――――………あのさっ、実を言うとさっきのあれ……嘘なんだ。」



あと一歩で屋上に出るところまで来て、急にあの人がポツリと言った。



「……?…さっきの、あれって?」


「いや……その、授業が早く終わったっての。」


「………?……自習とかだったんですか?」


「や、違くて…。授業はちゃんとあったよ。」


「……じゃあ、どうしてあんなに早く…?」


「………一刻も早く真知に会いたかったんだ。真知の声が早く聞きたくて、真知の作ってくれたお弁当が早く食べたくて、


 だから授業が終わって号令がかけられた瞬間に、教室を飛び出して真知のクラスまで走って行ったんだ。



 ………俺はさ、多分真知に囚われている…。だって今までこんなこと、一度足りとてなかったんだから。」




「……………っ!!」







あの人が開けた扉から、太陽の光が一気に溢れ出した。


私はそれが眩しくて、目を細めてその先を見た。


いつもの甘ったるいあなたの笑顔がそこにはあった。




『囚われている』




それを言うなら私のほうだ。


私だって、


私のほうが、


呆れるぐらい



いつもあなたに、囚われている。






END






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あとがき