![]() | 追悼シングル「wish」の歌詞には、本田さんの晩年の人生観がストレートに反映されています。「LIVE FOR LIFE(生きる意味は生きること、生きるために生きる)」。一見、トートロジー的で難解な言葉ですが、「ごくささやかなこと、あたりまえのことでも、自然に感謝の気持ちが湧き出てくる。これこそ大きな幸せであり、このように感じられるのは、今生きているからこそ。だから、生きていること自体、すばらしい価値のあることである。」大体、そのようなニュアンスではないかと。 なお、ここでいう感謝の気持ちの対象となるのは、日常的なことすべて、もちろん、家族や友人、職場の人、その他の隣人すべてであります。時に、様々な逆境や理不尽な仕打ちに遭ったとしても、あえて甘受し、かつ乗り越えていくには、こうした人生観・価値観を持つことが必要であると思います。 つまり、「元々は何もない“ゼロの状態が原点”であって、衣食住の生活環境が整っていること、家族や友人などの人間的つながりの中にいること、さらに肉体的・精神的に健康な状態にあること、さらに突き詰めれば、この世に生きている(あるいは生かされている)ことそれ自体も、“すべてプラスの状態”である」とすれば、すべては恵みであり、感謝の対象となるということでしょう。 ちなみに、「生きることは苦である」と喝破した釈迦(仏陀)が、最後に残した言葉は「この世界は何と美しく、人間の命は何と甘美なものなのだろう。」でした。このとき、釈迦は、重い病に冒されていましたが、自我への愛着を完全に断ち切った安らぎの境地(「涅槃寂静」の境地)に至ったということでしょうか。ただ、こうして口で言うのは簡単でも、自分を含め常人にはなかなか実感しがたい境地ですが。 | |
![]() | 大和の蛙さん。よろしくお願いします。大和の蛙さんが書かれていることに同感です。私も恥ずかしながら遅れてやってきた本田美奈子.のファンです。いまになって思えば、もっとずっと早く、なぜ彼女の存命中に彼女のような人の存在に気づかなかったのだろうと不明を恥じるばかりです。 彼女は「聞いてくれる人の心に届く歌を歌いたい。」といっていましたね。彼女はそのために自分に妥協せず努力に努力を重ねていたのだろうと思います。歌のすばらしさもさることながら彼女の語る「言葉の美しさ」も私は惹きつけられています。日本語をあんなに美しく語れる人を他に知りません。男性では、なかにし礼の日本語がきれいだと思っていましたが、本田美奈子.さんの歌をプロデユースした岡野博行さんの語る日本語もいいですね。僕は歌とことばを大切にした本田美奈子.という人の人格的な完成へと目指した志のすごさをもっと大勢の人が知ってくれたらいいのにと思っています。 | |
![]() | 美奈子さん、低音から高音まで、日本語きれいに聞き取れます。 | |
![]() | >そんなに人気が違っていたのですか? 以前にも書きましたが、ザ・ピーナッツは16年間(1959〜1975)の歌手生活の中で、10年以上もの間、ヒット・メーカー(つまり全盛期)でした。1975年に引退しましたが、人気が落ち目になったというわけではありません(若干、声の張りは若いころのほうがあったが)。その証拠に、デビューから前年の1974年まで紅白に連続出場を果たしています。宮川泰作曲の良い楽曲にも恵まれたという事情もありますが、あの個性的な歌声とハーモニーは、ポピュラー音楽とはいえ、音楽性の高さを示しています。 これに対して、弘田三枝子のほうは、1961〜1966年頃(まさに10代)が全盛期であり、その後、3年間は一気に人気が急落しました。そして、1969年、例の大変身(実はその前から整形とダイエットを行っていたが)した姿とともに「人形の家」を引っ提げてカムバックしました。その後、しばらくは、こうした雰囲気の楽曲の路線が続きましたが、とにかく浮き沈みの激しいこの世界。いくら歌唱力が抜群だったとしても、聴衆を魅了させる強烈な個性とそれを生かした優れた楽曲が乏しければ、人気は低迷する。1970年代前半、弘田三枝子より人気はあっても歌唱力のない歌手は大勢いましたが、どこか、彼女には聴衆受けする要素が乏しかったのではないでしょうか。 やはり、弘田三枝子が人気・実力ともに光輝いていたのは、上記のカヴァー・ポップスの全盛期(それから「人形の家」以降の一時期)ということになります。ただ、このように歌謡曲歌手としての全盛期は短かったようですが、ジャズ・シンガーとしての実力は申し分なく、この分野では息の長い活動をしてきたと思います。 長くなりましたが、以上が2人の人気の違いということになります。 >「ラスト・コンサート」の中に「え!」と思うような、その曲が流行った時はまだ生まれてないのではと思えるような曲を唄っていますよね。 「見上げてごらん夜の星を」、「逢いたくて逢いたくて」、「夜明けの歌」、「お嫁においで」、「月影のナポリ」あたりになりますか。最初の曲以外は、岩谷作品(もちろん作詞)ですね。いずれも1960年代の歌。みんな、有名な曲ですが、「見上げてごらん夜の星を」と「夜明けの歌」が個人的に好きな曲です。ちなみに、「夜明けの歌」はこれまた、いろんな人が歌っていますが、岸洋子がオリジナル。 http://www.youtube.com/watch?v=pdd0FMSY-Ls | |
![]() | zyam62さん、「初めまして」。私が本田美奈子を本当に素敵だなと思う理由の一つなのですが、彼女自身の言葉の中に、こんなのがあるのをご存知ですか。 「私が歌い続ける意味を 今、見つけました! 歌をとおして太陽になりたい! とても難しい事だと思いますが 太陽の様に みんなに 光を与え続けられるように 頑張りたいと思います。 心をこめて」 更に、入院中にも 「(前略)・・・そんなふうに、私の歌をとおして、人々に光を与えることができると嬉しいなと思います。そして、その気持ちを大切に唄っていきたいなと思っております。」 本田美奈子の歌に取り組む姿勢は、真剣そのものです。恐らく、本田美奈子と言う人、生半可な妥協を決して許さず、人生を賭して唄っていたのだと思います。この情熱は決して、まがい物ではありません。紛れもなく、本物です。これは、音楽理論以前の人の精神的問題なのだと考えます。私は本田美奈子の、本当の意味での心の強さに敬服する者です。もちろん、彼女の唄の素晴らしさについても、いくらでも語れます。しかし、これを話し出すと長くなり過ぎるので、今日はこの話だけにします。 ガーシュインとラヴェルの話なのですが、この二人は同時代の作曲家です。ラヴェルの方が少し年上で、正統派の作曲をしています。これに比して、ガーシュインは、ご存じかも知れませんが、やや異端です。確か口頭ではなく、手紙であった思うのですが、ガーシュインがラヴェルに、きっと尊敬していたのでしょうね、「どうしたら私は、貴方のような作曲家になれますか?」と言う内容の質問をしました。ラヴェルはこう答えました。「貴方は、もう既に一流のガーシュインではありませんか。二流のラヴェルになってどうするのですか。」多少言い回しは異なるかもしれませんが、要旨はこのとおりです。人は、いくら努力しても、結局一流の自分にしかなれません。本田美奈子も一流の本田美奈子にしかなれません。大事なことは、本田美奈子は最後の最後まで一流の本田美奈子であったことです。一度たりとも二流、つまり生半可な本田美奈子であったことがありません。常に上へ上へと努力し、人に対する思いやりを忘れることのないあの人は、本当に立派だと思います。 取り立てて何の才能もない凡人の私は、仕事も生活も「忍耐」という最後の手しかありません。挫けそうになることなどしょっちゅうです。そんな時、決まってこう考えるのです。「本田美奈子なら、これしきの事で弱音を吐いたりしない。本田美奈子に恥ずかしくないか?」、歯をくいしばって頑張っているとき、心の中では、そんなことを考えています。時間を超えて本田美奈子の太陽の光は消えていません。いみじくも、私には本田美奈子の言うような太陽の光を与えられています。たぶんこんなふうに感じらているのは、私一人ではないと思います。きっと今でも大勢の人が、そう感じているに違いないと思います。彼女のそんな思いが彼女の唄には、にじみ出ているのだと思います。繰り返しになりますが、「本田美奈子は一流の本田美奈子であった」そのことに間違いはありません。だから、亡くなってから本田美奈子の唄を聴き始める遅れてきた支持者が沢山いるのだと思います。 ミューズさん、弘田三枝子のCD2枚やっと見つけました。それも懐メロコーナー(という失礼なコーナー)で。ザ・ピーナッツも、やはり懐メロコーナーだったのですが、こちらは沢山有りました。そんなに人気が違っていたのですか?ミューズさんは古い渋い曲がお好きとお見受けしました。本田美奈子は岩谷時子氏を大変尊敬していたので、「ラスト・コンサート」の中に「え!」と思うような、その曲が流行った時はまだ生まれてないのではと思えるような曲を唄っていますよね。時代の荒波に耐えて唄いつがれる曲は、名曲なのですよね。 | |
![]() | 私は、以前、管理人さんに教えて頂いた、1996年の熊本でのライヴで「つばさ」を唄う本田美奈子の表情が、今でも一番好きです。「時」の頃に比べると、まだまだ未熟なんですけど、あの「ひたむきさ」、屈託のない「笑顔」、「凛」とした立ち姿、見ているだけで酔いしれてしまいます。 「ヤフー知恵袋」というサイトを散歩してきました。随分と本田美奈子に関する質問と回答がありました。中には的を射た回答も有りましたが、大半は、不確かな知識で無責任な、はっきり言って、それ単なる「誤った思い込み」か「自己顕示欲の現れ」ではないの?と言うようなものでした。恥知らずな、常識を疑うような内容のものもありました。言論の自由もあそこまで行くと見苦しい限りです。本田美奈子と誰かを比較するのも勝手ですが、比較する相手を間違えていませんかというほど情けないものばかりで、中には、悪意さえ感じる下品なものまでありました。世の中にはいろんな人がいるのは当然ですが、感覚的に嫌だなと思いました。 私は、世界のどこに出しても全く恥ずかしくない超ど級ソプラノの佐藤と同じ次元で本田美奈子を聴いています。たぶん普通の演奏家なら全然違和感がないはずです。これを神をも恐れぬ冒涜と叱るのは、決まって狭量な一部のクラシック・リスナーです。因みに、私のお隣の奥様、声楽の勉強を本格的に大学でされた方で、不勉強な私は一方的に教えを乞うだけなのですが、カラオケで「与作」を唄われるそうです。お知り合いからは、「オペラ与作」と曲名が代えられてしまうとニコニコ話されていました。その方の仰るには、「声には心が現れる」のだそうです。ソプラノ・ヴォイスとは、音楽ジャンルと言うよりも、本田美奈子の心そのもののことだったのかもしれないと思いました。 | |
![]() | 本田美奈子.さんのすばらしさについて語り合えるこの場を用意してくださっていることに感謝感謝です。 「1988年のマリリン」も初期の頃に比べ晩年の歌声は遥かに完成されていますね。あのスキャットが入るやつなんかすごいですね。小柳ゆきの持ち歌の「あなたのキスを数えましょう」もそうです。美奈子.さんのあの極限まで研ぎ澄まされた声量と表現に圧倒されます。歌い終わった美奈子.さんは圧倒的な技量を持っているのに全くそんなことを偉ぶるでもなく、また普通の女の子みたいにかわいい笑顔で少しはにかんだような表情をするのね。みんなあの飾らない人格に甘えて、あの圧倒的な音楽的技量に目を向けけることに抜かりがあったんじゃないかな。もっと敬して遇されてよかった。 | |
![]() | 本田美奈子.がご自身で言っていたことはともかくとして、「本田美奈子.のソプラノボイス」という表現に実は何か引っかかるものを感じています。私は詳しい音楽理論は知りませんがあまたのクラシック正統畑のソプラノ歌手よりも情感豊かに美しく歌う本田美奈子.の声にその形容はふさわしくないように感じています。なぜなのかうまく言葉で説明はできないのですが、ソプラノボイスという形容が何か彼女にはそぐわないものを感じるのです。彼女と彼女の歌声はもっともっとそんな言葉では表現できないすばらしいものだと思うのです。 | |
![]() | 美奈子さんの歌い方は、クラシック発生のソプラノとは確かに違うと思います。マイクを使うかわりに、高音でも、日本語がはっきり聞き取れます。歌詞が明確に分かるため、歌としての感動が直接胸に響いてきます。 クラシックの声楽の場合、単に「ソプラノ」という言い方で、「ソプラノ・ボイス」という言い方 美奈子さん自身が、「ソプラノ・ボイス」という言い方をしていたのは、「ららばい〜優しく抱かせて」の間奏や最後の部分で使っている声を称したものだったと思います。 ・・・もしかしたら、このときは、「クラシック・ボイス」だったかも? | |
![]() | ミューズさん、思いっきり有難うございます。「ウナ・セラ・ディ東京」の作詞は岩谷時子氏なのですね。 本当に有難うございます。 | |
![]() | 「TOKYO」の収録曲を見ていたら、往年の流行歌(いわゆる懐メロ)がいくつかありました。「東京ラブ・ソディ」は戦前、「東京ブギ」、「東京の屋根の下」は終戦直後の曲。 ちなみに、昭和10年代から20年代の流行歌には良い歌が結構あります。「影を慕いて」、「蘇州夜曲」、「湖畔の宿」、「長崎の鐘」、「さくら貝の歌」、「あざみの歌」、「水色のワルツ」、「夜来香」、「君の名は」等々。 それから、収録曲の中に、「ウナ・セラ・ディ東京」がありますが、これを佐藤しのぶが歌っている(ただし、ヴォカリース)のにはビックリ。確かにこの曲、西田佐知子やマヒナスターズなど競作でいろんな人が歌っていましたが、やはり、これはザ・ピーナッツのハーモニーで聴くのが一番。 | |
![]() | このアルバム、I LOVE TOKYO 以外の収録曲については、PCに取り込んでいないので、よく覚えていませんでした。今、取り込み直して聴いています。ウナ・セラ・ディ東京は、佐藤しのぶのヴォーカリーズです。確かに。後、東京ブギは、GO- BANG'sが歌ってます、、、 | |
![]() | 大和の蛙さん >「東京が大好き」を管理人さん「音楽展示館」で、さんざん探したのですが、見つけられませんでした。 これです。1993/7/1の発売 http://www7a.biglobe.ne.jp/~diva375/CD_43.html こちらは「I Love Tokyo」の歌 http://www.youtube.com/watch?v=r-52BJuM0aM | |
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