「そーだよな、三浦って、俺のこと昔っから嫌いだったっけな……」
立て続けのツッコミにグレたのか、森島有人はそんな子供じみたことを口走ると、プロット帳の上に突っ伏した。
「ああそーだよ、今更何を分かり切ったこと言ってんだよ」
幼稚園児のようなグレっぷりに笑いそうになりながら、敢えて真面目な声を作る。
「でも、俺は私怨を仕事で晴らそうなんて、さらさら思っちゃいないぜ」
「そりゃわかってるけどさ……」
森島はむくれたままノートから顔を上げると、半ば氷が溶けたアールグレイを一口飲んだ。
担当編集者の立場からすると、実は、森島有人は扱い易い作家の部類に入る。新作に着手するまで時間がかかる……ケツはひどく重いので、寡作ではあるけれど、書き始めてからの筆は速い。季刊雑誌の連作短編も、締め切りに遅れたことはないらしい(雑誌担当談)。言いたかないが、基本的に真面目なんだろう。
それに、何より謙虚で素直だ。
作家の中には、編集者の指摘を素直に受け入れてくれない者も往々にして存在する。そして意外と、そういう変にプライドの高い作家は、ベテラン作家より、新人に多かったりもする。って言うか、長く職業作家を続けてきたという事実は、自己主張しつつも、編集者の意見をも上手く取り入れている、ということの証明でもあるんだろう。
その点森島は、こちらの言うことを素直に聞いてくれる。俺みたいなぺーぺーの言うことでも、即座に受け入れて、一生懸命理解してくれようとする。
しかし、あまりに素直すぎて、もしかしてこの従順さは、自信のなさの表れなんだろうか、と思うことがある。
もっと、自信持って書いていいんだぜ。
時にはそう言ってやるべきなのかもしれない。
でも……
プロット帳に俺のツッコミをメモしつつも、森島の美貌は、まだ子どもっぽくぶんむくれている。
「……んでさ、森島先生」
「先生呼ぶな」
むくれたままの下ぶくれ顔で、森島は俺をキッとにらみつけた。
「ハイハイ、それでさ、さっきの箇所直すと、ここいらへんも直さなきゃなんだけど」
パソコンの画面を指で指す。
「げー、そっかー……」
森島は、掌に顔を埋めた。
その反応が面白くて、また笑いそうになってしまったけれど、噛み殺して汗をかいたグラスに口をつける。
森島は気づいているだろうか?
文星賞の入賞から2年半、同期入賞者の3人のうち、連載を持っているのが自分だけだということを。
そして、俺のツッコミが技術的なことに終始し、内容にまでは決して言及してないことを。
―――早乙女は気づいているだろうか。
それから。
プライベートで、あれだけこじれたのに。
その後も、仕事だけじゃなく、こうして友達づきあいを続けてるってのは。
嫌いだったらできるわけねーだろ、ってあたり。
―――気づいているだろうか?