夕焼け

そろそろミヨを迎えに行ってきて。

母親にそう言われ、俺はTシャツ・短パンに、ビーサンをつっかけただけで、家を出た。
夏休みの夕方。
日が傾くと共に涼しい風が吹き始め、散歩には丁度良い時間だった。
夕焼けが、空も、山も、町も、田んぼも、オレンジ色に染め上げていた。

妹含め、近所のガキ共が遊んでいる確率が高い、ウチの裏手にある休耕田にのんびりと向かう。
予想通り、丈の低い雑草が一面に繁った田んぼの真ん中あたり、7,8人ほどの子供が輪になって立っている。
乾ききってひび割れた田に降り、子供達の方に近づいていく。


……うわ、やべ。
心の中で悪態をついた。 近づいていくにつれ、激しい泣き声が聞こえてきたのだった。

行かない方がいいかも……

と、きびすを返そうとした時は遅かった。
「あ、ミヨちゃんの兄ちゃんだ」
一人が気づいて声を上げた。

……やれやれ。
仕方ない。

「どうかしたのか?」 精一杯優しげな笑顔を浮かべつつ、ガキ共の輪に近づいていく。
ガキ共は一様に、あからさまな安堵の表情を浮かべた。

泣いていたのが妹ではなくて、ちょっとほっとする。

輪の中で座り込んで大泣きしていているのは、高橋さんチのヒロだった。
ヒロは、どう転んだらこれほど全身まんべんなく地面と接触できるんだ、ってくらい、全身傷だらけ泥だらけだった。
「転んだのか?」
ヒロのそばにしゃがみながら訊くと、ガキ共は一斉に頷いた。
「どれ、ヒロ、見せてみろ」
ヒロは、一番痛むらしい左腕を俺に向けて上げた。ベロンと肘のところの皮がむけて、じくじくと血がにじみ出している。
「動かせるか?」
そう訊いてそっと手を添えてやると、泣きながらもゆっくりと肘を動かした。骨に異常はなさそうだ。
「よし」
俺とヒロを心配そうに見つめるガキ共の顔を見回して、
「ヒロは兄ちゃんが家まで連れてくから、みんなもう帰れ。暗くなっちまう」
ガキ共は、お互いの顔を見合わせたりしていたけれど、それぞれ、バイバイ、また明日ね、などと言いながら散っていった。

「ヒロ、兄ちゃんが抱っこしてってやる」
そう言って腕を差し伸べると、ヒロはまだシクシク泣きながらも、ひしっと俺の首にしがみついてきた。
やれやれ、白のTシャツなんて着てくるんじゃなかった。それに子供ってどうしてこんなに熱いんだ。
高橋家の方に向かって歩き出すと、妹が、落ちていたサッカーボールを拾って小走りについてきた。ヒロのボールなんだろう。
あぜ道に上がる。
妹がついてこれるように、少し歩くペースを落とす。
長い影が2本。
俺の影と、妹の影。
妹は、俺の後ろ2メートルくらいのところを、黙ってついてきていた。
ヒロの流血のショックなのか、いつになくだんまりなので、前を見たままからかってみた。
「ミヨのタックルでヒロを転ばしたんじゃないだろうな?」
「違うよ!」
思いの外、強い口調で否定が返ってきた。
「ヒロくんが勝手に転んだんだよ!」
振り向くと、妹は唇を噛みしめて俺を見上げていた。

ほんの少しだけ、目を潤ませて。

ヒロを左手一本で抱え直し、右手を妹に伸ばした。
妹は、その右手に一直線に駆け寄ってきてぎゅっと左手で捕まった。
汗ばんだ、小さな手。

小学生になってから、とみに生意気になったと思ってたけど。

―――やっぱ、可愛いな。

そう思った。



※拍手お礼だった曽根兄妹の絵付きSSです。元SSがPC崩壊に伴い(うう;;)消滅したので、おぼろげな記憶を元に書き直してみました。美誉子と高橋が小学校低学年、誉兄高校生くらい。

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