むーん。
ドラマならではの面白さはありつつ、でも原作でのテンポのいい面白さは薄まってしまった感じがしてしまう、第一回。
亀梨和也演じる修二は原作のそれよりも随分いい奴になっていて、「ゲーム」の部分と素の部分との切り替えが判り辛かった気がしたかな。
まり子ちゃんのお弁当はえらく可愛らしいものになってるし(弁当に湯気のたったお味噌汁!?そしてお玉でよそってる!?)、嫌々やるはずだった「プロデュース」にはむしろ積極的だし。
で、原作の底辺にあるブラックな部分はあっさり描いていくつもりなのかなぁ・・と思ってたら、ここはどうやら、この先もじっくり描くつもりでいるらしい。
なんというか、やっぱり「いじめ」の場面というのは演技だと判っていても心が塞ぎますな。
なんでそこまでするか。
彼女が何をしたっていうのか。
だけどこの部分を執拗に描いていたからこそ、信子が猿の手に「バンドーなんか消えてしまえ」を願い、そしてそのあと「その願いの取り消し」を願った、というところに深みが出たのかもしれない。
原作の野ブタが自ら修二のプロデュースを望んだように、やっぱりここでも本人がやる気になる事が必要不可欠だと思うし。
むーん、どうなるんだろう。
脚本が木皿泉なだけに、期待してるんだけど。
まあ、原作があるものについては先行するイメージが既にある分、難しいだろうとは思います。
「anego」も最初は違和感があったしね。
今後に期待したいです。(・・いや、決して第一話が不満だってことではなくて。)
ちょこちょこ思ったこと。
猿の手の場面で全体の色が変わる演出は、「女王の教室」の継承なのかな。
それと・・「ウザさを自ら演出している」というPちゃん演じる草野彰は、私には酔っぱらいにしか見えなかったのですが・・。
で、「烏天狗じゃないかって・・」の修二は本当に可愛かったです。(デレ。)
ふむ・・
タイトルバックの名前は、並ぶのね。
ドラマならではの面白さはありつつ、でも原作でのテンポのいい面白さは薄まってしまった感じがしてしまう、第一回。
亀梨和也演じる修二は原作のそれよりも随分いい奴になっていて、「ゲーム」の部分と素の部分との切り替えが判り辛かった気がしたかな。
まり子ちゃんのお弁当はえらく可愛らしいものになってるし(弁当に湯気のたったお味噌汁!?そしてお玉でよそってる!?)、嫌々やるはずだった「プロデュース」にはむしろ積極的だし。
で、原作の底辺にあるブラックな部分はあっさり描いていくつもりなのかなぁ・・と思ってたら、ここはどうやら、この先もじっくり描くつもりでいるらしい。
なんというか、やっぱり「いじめ」の場面というのは演技だと判っていても心が塞ぎますな。
なんでそこまでするか。
彼女が何をしたっていうのか。
だけどこの部分を執拗に描いていたからこそ、信子が猿の手に「バンドーなんか消えてしまえ」を願い、そしてそのあと「その願いの取り消し」を願った、というところに深みが出たのかもしれない。
原作の野ブタが自ら修二のプロデュースを望んだように、やっぱりここでも本人がやる気になる事が必要不可欠だと思うし。
むーん、どうなるんだろう。
脚本が木皿泉なだけに、期待してるんだけど。
まあ、原作があるものについては先行するイメージが既にある分、難しいだろうとは思います。
「anego」も最初は違和感があったしね。
今後に期待したいです。(・・いや、決して第一話が不満だってことではなくて。)
ちょこちょこ思ったこと。
猿の手の場面で全体の色が変わる演出は、「女王の教室」の継承なのかな。
それと・・「ウザさを自ら演出している」というPちゃん演じる草野彰は、私には酔っぱらいにしか見えなかったのですが・・。
で、「烏天狗じゃないかって・・」の修二は本当に可愛かったです。(デレ。)
ふむ・・
タイトルバックの名前は、並ぶのね。