オリエント急行’88

1988年10月18日
00 日本を走ったオリエント急行  EF58−122+13連  東海道本線 草薙駅(静岡県)


バブル景気真っ只中の1988年に、フジテレビ・東日本旅客鉄道(JR東日本)主導のもと、各国政府・鉄道各社の協力により、NIOEの車両を利用してパリ→東京間でオリエント急行'88が運行された。当初国鉄と交渉していたのはVSOEであったが、紆余曲折のうえ実際に来日したのはNIOEである。この列車がD51形やEF58形機関車などに牽引され、団体列車として国内各地を走行したことにより当時のJR各社が受けたインパクトは大きく、その後JR東日本は豪華寝台車「夢空間」を試作、JR北海道は寝台列車「北斗星」の個室車両の増備や設備のグレードアップを実施、JR西日本は「トワイライトエクスプレス」を誕生させることとなった。

列車はフランスから西ドイツ(当時)、東ドイツ(当時)、ポーランド、ソ連(当時)、中華人民共和国を経由し香港まで陸路を走行、香港から山口県下松港までは客扱いなしで航送(船で輸送)され、メインスポンサーでもあった日立製作所の笠戸工場で台車をJR線走行可能な狭軌のものに交換のうえ広島→東京間を走行した。

1988年10月18日
01号車 オニ23-1(ナハネフ23-8より改造)ハイビジョン シアターカー


連結器変換用控車として、国鉄時代に除籍され国鉄清算事業団が所有していたナハネフ23 8を改造、復籍させた車両である。編成片側端部、スタッフカー側に連結され、ハイビジョンシアターカーとして使用された。
改造は日立製作所笠戸工場で施工し、塗色はプルマン車をイメージして上半分が白、下半分が紺に塗り分けられ、また他車と釣り合いを取るべく金色のロゴが書き込まれていた。「オリエント急行」と連結する洗面室側の連結器がねじ式となり、あわせてバッファーも装備された。車内は当時日立製作所が試作していたハイビジョンテレビのデモンストレーションコーナーとなっており(日立製作所は「オリエント急行」来日に際してのメインスポンサーであった)、そのため床下は水タンクおよび冷房装置1台が撤去され、ディーゼル発電機が設置された。

1988年10月18日
02号車 「WLA YU bR909−A SLEEPING-CAR(スタッフ・カーとして使用)



1988年10月18日
03号車 荷物車(D) bP286−M BAGAGES



1988年10月18日
04号車  食堂車(WR) PRESIDENTIELLE bR354 RESTAURANT



1988年10月18日
05号車 プルマン・カー(WSP) bS158−D PULLMAN 1thCLASSE



1988年10月18日
06号車 バー・サロンカー(ARP) bS164−E VOITURE−SALON−BAR



1988年10月18日
07号車 WLA Lx20寝台車 bR551−A VOITURE−LITS



1988年10月18日
08号車 WLA Lx16寝台車 bR542−A CAMAS



1988年10月18日
09号車 WLA Lx16寝台車 bR480−A SCHLAFWAGEN



1988年10月18日
10号車 WLA Lx16寝台車 bR537−A SCHLAFWAGEN



1988年10月18日
11号車 WLA Lx16寝台車 bR472−A VOITURE−LITS



1988年10月18日
12号車 WLA Lx16寝台車 bR487−A SLEEPING-CAR



1988年10月18日
13号車 荷物控車 マニ50−2236 






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