真田太平記

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真田太平記

 池波正太郎の<真田太平記>を読み始めました。
全16巻です。

 真田幸村は名将として有名ですが、
彼の父親、真田昌幸の時代から物語は始まります。

 昌幸は武田信玄に仕えています。
信玄の急死後、武田家は衰退の一途をたどり、
その息子勝頼は、織田信長に攻めれ風前の灯火に。

 それにしても、人の運命とは非情ですね。
武田勝頼が織田・徳川の連合軍に攻められ、
勝つ見込みがないとわかった時、
昌幸は勝頼に、自分の城に来るように強く説得をします。
いったんはその熱意と理に納得をするのですが、
昌幸が自分の国に帰ると、重臣や息子の横やりで
考え方を変え、国にとどまり戦う道を選びます。

 もし、勝頼が昌幸のいうとおりにしていたら、
武田家はどうなったかわかりません。
それは、その数ヶ月後に信長が本能寺の変で殺されてしまうからです。
先がわからないから面白いとは言え、何ともせつないことです。

 武田信玄は、他国を攻め自分の領土すると、
その領土を豊かに、民が安穏に暮らせるように、
領国統治をしっかりとやりました。
一つの国が確実に治まったと確信してから
次の領土へと手を伸ばす。
この考え方のために、時代から一歩遅れをとります。

 桶狭間の合戦、もし、今川義元ではなくて、信玄だったら
信長の勝利はなかった。
それでも、遅ればせながら、大軍を率いて、
京に向かうが、三方が原の戦いで家康を完膚無きまでにうち破り
ここぞという時に病で亡くなる。
信長の狂喜、家康の安堵が目に浮かぶようですが、
信玄の無念さも強く感じます。
領民のことを思い、慎重で<石橋を叩いて渡る>性質だったから、
時代に遅れてしまいます。


 今は一巻目の終わりの方ですが、
真田幸村(源二郎)が向井佐兵次を
自分の小姓に取り立てるあたりのくだりです。

 二人の関係だけでなく、昌幸と忍者の関係も含めて
上下の分け隔てがないのが真田の家風。
仕える者としては、これほどありがたく、やりがいのあることはない。
本来、忍者は影のもの、草のもので、武将からは蔑まれています。
それを昌幸は、信頼し頼り切っていて、
言葉や態度にはっきりと出しています。
ここに真田の強さの秘密がある気がします。
きっと、信玄もそうであり、勝頼はそれができなかった。
それで、武田は滅んで行きます。


 真田太平記は2巻目に入りました。
真田昌幸が上田城を今後のために絶対に必要だと決断し、
家康の許可を待たずに、築城をするくだりです。

 以前にも言いましたが、私は歴史ものが好きです。
特に、戦国時代、それも、秀吉が天下を取るあたりが好きです。
信長の暗殺、高松城の水攻めと中国大返し、山崎(天王山)の戦い
三法師を立てての世継ぎ騒動、賤ヶ岳の戦い……などなど。

 真田家は小国の哀しさ、その嵐の中に翻弄をされます。
でも、情報を的確に得て、勝ち組につこうと画策をします。
そのバランス感覚がすばらしい。
力のないものは、頭で勝負。そのものですね。


 真田太平記は二巻目のまん中にきました。
源二郎がお徳を名胡桃城までおくり届ける所です。
この2巻目の題名が<秘密>。

 源二郎がお徳にものすごく優しく親切に対応していること
これには、彼の出生に秘密があるのでは?
昌幸は長男ではなくて、源二郎を圧倒的に可愛がります。
えこひいきを通り越していじめのような……。
山手殿=源三郎 ?=源二郎の図式がでてきます。
この?は昌幸がほんとうに愛した女性。
まあ、もう少し読み進めば、その秘密も明らかになるのでしょうから
楽しみに読んでいます。


 1巻目に面白い記述がのっていたので、紹介します。
 北条氏政についてのことです。
昌幸は彼のことを北条蛆虫と呼んでいました(笑)。

 北条氏政は、氏康の跡を継ぎ、小田原城主になります。
ある日、隠居の氏康が氏政の食事風景を見て、
彼の器の小ささを指摘し、国の行く末を嘆きます。

 おぬしが飯を食べているのをみると、
おぬしは一膳の飯に汁を2度もかけている。
 人は毎日飯を食べる。
馬鹿者でない限り、食事については何百回、
何千回もの稽古をしている。
それなのに、一膳の飯にかける汁の分量もまだわからぬ。

 朝夕でおこなうことを計り知ることができぬようでは、
一皮へだてた他人の腹の内に潜む考えを知ることはできない。
他人の心がわからなくては、良い家来もついてこぬ。
まして、戦いに勝てる道理がない。
よって、北条の家もわしの代で終わる。


 北条氏への謀略は読み応えがありました。
御伽衆としては、曾呂利新左衛門が有名ですが
今のシンクタンク、ブレーンのような役割をしていたのでしょう。
情報をどれだけつかんでいるかがカギになるので、
忍者の山中長俊がその任にあたっていると言うのも頷ける話です。

 文字をまねるというのは、MI3で言えば、顔のマスクを作り
声をコンピューター解析するのと同じようなことですね。
それを見破れないのが北条で、見破ったのが真田というのも面白い。

 北条氏の時代を読むことの疎さが、北条氏滅亡の原因。
執拗に沼田城を要求します。
自分が関東の覇者であり、秀吉ごときにというプライドの高さが
目を曇らせ、命取りになりました。
まさに、北条蛆虫です(笑)。


 秀吉の朝鮮出兵。
だれが見てもこの無謀で無益な戦いを
やめさせることができません。

 諫言をすれば、自分の命が危なくなるからです。
今日は終戦記念日、あの太平洋戦争もよく似た状況だったことでしょう。
先の大戦の時の朝鮮併合も、韓国からの非難の的ですが
この秀吉の朝鮮出兵も、同じく批判のある、理不尽なものでした。

 結局この戦いを終わらせたのが、大政所の死。
それによって、秀吉と淀の方が大阪城で一緒にいたことから
秀頼が生まれることとなりました。
これは、歴史の奇跡とも言えますね(笑)。

 雑誌(歴史街道)の特集を読みましたが、
真田太平記を読んでほとんど知っていた情報で
特に目新しいものはありません。
ただ、巻頭にあった、黒金ヒロシの一文が気に入りました。

 幼児期の「真田幸村」は娯楽の領域にあったが、
父・昌幸と兄・信幸の関係を知って学習の域へと進んだ。
父の「智謀」と「意地」の息子達へのバトンタッチ。

 家康をして恐れさせた「真田的」なモノとは何か。
優先順位の付け方、つまり価値観の異なる敵を家康は恐れた。
家康の価値が「権力」にあれば、真田のそれは「義」にあった。
「義」は「意地」によって支えられる。

 この特集には、「義」という言葉が一杯出てきます。
私は大阪冬の陣、夏の陣でどうして勝ち目のない
大阪方(豊臣方)に、幸村がついたのか不思議でならなかった。
でも、この特集を読んで、少しはわかった気がします。
それは、「義」のためでした。
利益ではなく、義で動く真田的なものに
今の時代、余計に新鮮なもの、熱いものを感じます。

 お江の奇跡的な生還
それには、田子庄左衛門の存在が大きかった。
そして、彼は父親の親友であり、恩人でした。
ここら当たりの、人間関係がなんとも素敵ですね。
命をかけての、親友の娘を助け、いつしか恋(?)がめばえ結ばれる。

 あの年の差を考えると、現実には、そんなことはあり得ないだけに、
かえってわくわくします。
小説ならではの面白みです。
そんな奇跡的なことが自分にも起これば良いのにと、
楽しみながら読んでいます(笑)。

 そして、猫田与助との関係。
二人には、親の敵以上の、何か特別な因縁があると、
山中大和守は思っています。

 これは何でしょうか?
興味津々です。
私の推理では、恋。
二人は密かに愛し合っていた時期があり、
それが何らかの形で壊れた。
そして、愛すればこそ、よけいに憎くなる。
つまり、「愛が憎しみに変わった」のでは?

 そして、憎しみの原点は
甲賀忍者の武田からの撤退にあり、
残った馬杉市蔵と
それを裏切りと感じる甲賀一族との確執にあります。


 今は、秀次が乱心し切腹をした当たりです。
「殺生関白」事件というのだそうです。
摂政関白とかけて「シャレ」なんでしょうが、
私は秀次がかわいそうで、笑えません。

 非凡な秀次は、なりたくて秀吉の跡継ぎになったわけではなく、
時代のいたずら、本人が一番びっくりしていたのでしょう。
自分なりに、努力をして跡継ぎに相応しい人物になろうと
努力をしたけど、所詮器が小さすぎます。
そして、あの乱世、英雄豪傑がきら星のごとくいる時代に
彼では役不足でした。
秀頼誕生という、奇跡によって彼の運命は翻弄されます。

 講話のために日本へ来た明国の大使を
怒りにまかせて、追い返して、
再度戦いを指示します。
汚名挽回と、清正と行長は先を争って朝鮮に渡ります。
わずか3千の兵で、5万人の明兵に兵糧攻めにされた清正は、
筆舌に尽くしがたい艱難辛苦をなめます。

 行長と三成によって、清正ははめられます。
謹慎をしていたが、伏見の大地震の時に、
秀吉の元へ真っ先に駆けつけて許されます。

 朝鮮で戦った、この秀吉子飼いの3人が
関ヶ原で東西に別れ、家康を勝利に導きます。
その原因は、この朝鮮征伐にあったかも、
この愚は、秀吉が撒いた種、
自業自得とは言え、時代のいたづらですね。



 歴史街道の中に、<六連銭の旗印>の記述がありました。
 六道とは仏教でいう、六つの迷界。
地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上をさし、
人はその生き方によって、この六道を輪廻するとされています。

 六道銭=六連銭で、三途の川の渡し賃として棺の中に入れる、
六文の銭のことです。

 時には、情や義の世界を自ら断って、
おのれの道を切り開く、
例え餓鬼、畜生道に落ち、いかなる修羅場を招来しても、
という覚悟から幸隆が作りました。

 私はこの考え方に強い賛同を覚えます。
というのは、自分の今までの人生、
いや、毎日がこの六道の世界を繰り返しているからです。

 時には、餓鬼、畜生になったり、仏になったり
それが人間であり、生きることだと思っています。


 戦国大名も数あったけど、皆が天下統一をめざしたわけではないことを
この本を読んで知りました。代表は、毛利ですが、真田もそうですね。

 また、戦略の違い。
例えば、占領した領土を豊かにして、それから次の所に進むのと
とにかく領土を増やすことを第1にして、領地の仕置きはその後にする。
住んでいる民衆には、前者が良いのですが、
天下統一という、時を勝負としたものには向いていません。
前者の代表が信玄であり、後者の代表が信長です。

 また、同じ天下を統一する野望をもった武将でも、
混乱の中から統一した信長は、自分の意に添わない既存のものは
徹底的に破壊をしてしまいます。

 秀吉はそれはできないタイプ。
でも、日本だけに飽きたらず、朝鮮や明国まで野望を伸ばす。

 そして、家康はある程度固まった国を
自分の思うような、中央集権国家に仕上げて行きます。

 3人の個性の違った天才によって、日本の統一はなりました。
順番が違っていてはいけなかったわけで、天の配慮というか、
もし、天が映画監督なら、絶妙の配役をしたわけです(笑)。

 石田三成は官僚であって、将軍ではなかった。
彼のイメージは、官僚的という言葉がよく似合います。
官僚的とは、冷たくて、理屈っぽい、
頭の良さをひけらかして人をバカにする。
そんな印象がついて回ります。
でも、彼は多少はその傾向があったとして、
それ以上に、「義」を尊び、領国の仕置きをしっかりとやる
名君だと、この本で知りました。

 彼の「三献茶」の逸話は有名です。
長浜城主だった秀吉が、鷹狩りの帰りに口が渇き、
お寺に寄ってお茶を所望した。
 その時寺に預けられていた幼き日の三成は、
最初に、冷えたお茶を茶碗一杯に入れ、
次に、やや温かいお茶を半分くらい、
最後に、熱いお茶を少しだけ出したという話です。

 人間の心理とか行動を読むことができる、
ほんとうに頭の良い人だとわかります。
戦いが終わり、国が治まった後に、
力を存分に発揮できるタイプ。
ちょっと生まれてくるのが早かったかな(笑)?

 関ヶ原で豊臣が負けたこと、
三成のせいというよりも、時の流れ、時の勢いが徳川にあった
それが勝敗を決めたと思います。
ある意味で、歴史の必然。


 今読んでいる所に、
福島正則と加藤清正と北政所との関係がでています。
二人は実の母のような気持ちで接していました。
その北政所を家康が篤く庇護し、信頼関係を作っていきます。

 それに対して、淀の方は北政所と敵対し
秀頼を盾に自分の天下をめざす、
それを助けるのが石田三成。
朝鮮征伐の時から始まった、対立がよりはっきりとしてきて、
関ヶ原の勝負を決めて行きます。

 もし、淀の方がもっと賢くて、
秀頼を北政所に預けて、自分が後ろにさがっていたら
展開は変わっていたかも?


 日曜日の夜8時、NHKの大河ドラマは
司馬遼太郎の「功名が辻」です。
山内一豊の妻、千代の物語ですが、
今読んでいる、「真田太平記」と大いに被っています。

 昨日は、小田原攻めの話が中心でしたが、
離縁されて、家康の嫁になった旭姫と
元夫、副田甚平の話もありました。
病気になり大阪城に帰ってきた旭姫に
針売りに身を落とした甚平が、秘かに見舞います。
彼はなかなか骨のある人物で
旭姫との離縁とひきかえに一国一城の主にしてやるとの
秀吉の申し出を断り出奔します。

 偉くなった兄秀吉の犠牲、
いや天下泰平の犠牲になった二人。
それを、司馬遼太郎がおいしく料理をしてくれました。
おかげで、私は最初から涙、涙です。

 秀吉を楠本明、家康を西田敏行ですから、
配役も絶妙ですが、なんといっても
司馬遼太郎ですから面白くないわけがない(笑)。
今年の大河ドラマはヒットですね。


 <八>巻目に入りました。
「犬伏の陣」が終わり、昌幸と幸村が上田に帰って
戦いの準備をするあたりです。

 途中沼田の城に寄って孫の顔でも見ておきたいと
昌幸と幸村が沼田城に行きます。
いち早く信幸からの書状で、敵となったことを知った小松殿は
城の中に一歩も入れません。
その時に、毅然とした対応は凄いの一言です。
昌幸が暗殺をしてしまいたいと思ったのも頷けます。

 人間とは不思議な生き物で、
あれ程愛を確かめあったのに、
しばらく連絡がなかったりすると、
いろいろな迷いが生じてきます。

 それは、恋だけかと思っていたら、そうではありませんね。
この小説にでてくる、大名同士の駆け引きは全てこれに尽きます。

 人間はやはり人間だから、
人間関係の中で生きていくしかありません。
人間関係をしっかりと構築するものは、
やはり直接会って話すことです。

 まして、今のような情報手段のなかった時代、
会うことの重要性は今の比ではありません。
秀吉は、家康に会いたいがために、
実の妹を離縁させて、家康の正妻にします。
さらに、実の母を人質にして、ようやく会うことができます。
会うことはすなわち、臣下の礼を尽くすことだし、
命がなくなるリスクもあるわけです。

 少し前に、上杉討伐に動き出した所を読んでいましたが、
上杉景勝と家康の駆け引きはまさにこの通りです。
人に会うこと、それは今の時代も大事であることに変わりありません。
電話ですます、メールですますではなくて、
直接会うことの重要さを、この小説を読みながら再認識しました。


 お江と与助
 二人の憎しみは尋常ではありません。
それはどうしてか?なかなか興味のあることです。
私は恋仲、または与助が一方的に 言い寄った?のでは……?と
思っています。
 そう思っていたら、「不具の身にされた。」
男として、お江から受けた屈辱と苦痛は忘れられないとの記述。
ここから、いろいろなことが想像できますね。
真相が楽しみです。


  秀吉の辞世の句
   つゆと落ち つゆと消えにし わが身かな
       浪花の事も 夢の又夢
  
 百姓の出身で無学の秀吉がここまでの歌が詠める。
それは、本人の努力ももちろんですが、
日本人のその頃の知的レベルの高さもうかがえます。


 信幸の危機を鈴木右近が助けます。
7年ぶりの再会がものすごく劇的。
そして、右近の七年間の成長ぶりを示す格好の舞台。
大衆小説(娯楽)の醍醐味ですね。
史実として、信幸が襲われたことが本当にあったかどうか?
それはどうでも良いことで、信幸が死んでいないことだけは事実。
後の脚色は作家の自由で、いくらでも膨らませることができます。
この膨らみが小説家の腕の見せ所で、
池波正太郎も司馬遼太郎も実にうまいですね。


 関が原の西軍の敗因の大きなものに
三成の存在があります。

彼は政治家であって、武将ではありません。
関が原の初戦、まだ家康が江戸にいる頃
勝機は幾度もあったのに、それを逃しています。
戦には勢いとか、タイミングが必要で
決して兵隊の人数だけで決まるものではありません。
理論派の彼は戦を頭の中でやっていました。

 戦のルールとか戦場でのマナーも十分に知らないから
島津氏や宇喜多氏に愛想をつかされます。

 その逆が、福島正則です。
彼はまさに、戦将ですね。
その彼をうまく使いこなした家康はさすがです。
彼を東軍側につけるための、
家康と黒田如水の計略は実に見事でした。

 戦国の時代(乱世)は、
政治力と軍事力の両方を兼ね備えた人物のみが、
天下を統一できる。
秀吉、家康はそれであり、三成はだめでした。
その意味からも、彼は生まれてくるのが早すぎた。
乱世が治まった徳川の世であったら、
彼はすばらしい政治力を発揮したでしょう。


 そういえば、三法師君(信長の孫)はどうなってしまったのか?
とずっと気になっていたら,
関ヶ原の戦ででてきて、
織田秀信となって岐阜城の城主になっていました。

 彼も運が悪いですね。
もう少し早く上杉討伐に参加していたら、
西軍に参加せずに運命も変わっていた。
家来の諫言も聞かない所は信長譲りです。
 
 彼は秀吉を恨んでいなかったのでしょうか?
後見人といいながら、自分を利用して天下をとりました。
本来なら、自分が秀頼の位置にいるはず、
それを考えると、家康のほうがましだと思うのですが……。

 西軍の武将達は真剣に家康と戦う気がなかった。
どっちつかずで、浮き足立っています。
両軍には、戦う意欲、勝とうという意欲に大きな差があります。
最終的な兵力の数から言えば、西軍の方が上ですが
このことからも、戦は数ではないことがよくわかります。

 「戦争と平和」(トルストイ)を大学の頃に読みました。
その大長編は、ナポレオンのロシア侵攻の頃を描いています。
結局、ナポレオンといえでも、
ロシアの冬将軍には勝てなかった、というのが結論ですが、
その時のロシアの民衆の侵略者に対する抵抗の意欲も凄いものがあります。

 この作品の中で、ある人物によって
<戦争の勝敗は、軍人だけでなく民衆も含めた国家全体の
勝とうという意欲が、どちらがより強いかにかかっている>
と語られていますが、
これが、この作品の主題だと思います。

 同じような過ちを、第2次世界大戦の時、ヒットラーがやりました。
当時ドイツと同盟を結んでいた、
イタリアもロシア戦線に参加し、大敗北を喫します。
これは映画<ひまわり>のテーマでもありました。


 10巻目の真ん中あたりです。
 小野のお通という魅力的な女性が出てきます。
頭がよくて、政治力もあり、人望もある。
おまけに、美人ときたらたまりません(笑)。
彼女は、豊臣なのか?それとも徳川なのか?
興味津々といったところです。

 彼女の家に、佐助やお江が張り込んでいます。
そうすると、隣に住んでいる男が出入りして、
甲賀の者であるとわかります。
全くの偶然とはいえ、あの用心深い忍者が
隣にすむ忍者に気がつかないのですから、
なんともおもしろいものです(笑)。
それは、お互いに完璧に正体を隠していた証拠ともなります。

 お江は50歳を過ぎて、さすがに色っぽい話はでてきませんが、
肉置き(ししおき、この言葉大好きです(*^_^*))は十分で
まだまだ魅力的です。
その代わり、おくにが佐助との関係で楽しませてくれます(笑)。

 今は、加藤清正の話がおもしろいです。
彼の本心はどこにあるのでしょうか?
家康の力は絶大、それにあがなうことは豊臣家の滅亡につながる。
なんとか、徳川の庇護のもと、豊臣家の存続をはかりたい。
そして、秀頼が成人して天下人の器量があるのであれば、
再度、豊臣家の天下をねらいたい。

 いまは、じっと我慢の子で、徳川に隙を与えないように
息を凝らして生きていくのが豊臣の生きる道。
そのために、なんとか、自分が仲にたって、
徳川と豊臣の橋渡しをしたい。
それは、高台院も同じ気持ちなんでしょう。

 でも、淀の方、およびその側近はそうではなかった。
ここが豊臣家の悲劇でした。

 清正は優れた軍将であり、政治家であり、
商人であり、建築家でした。
彼が名古屋城の築城で見せた采配ぶりの見事さは
秀吉ゆずりだったのでしょう。
お金を惜しみなく使って
民、百姓のために使う、心憎いばかりの配慮は、
民衆の力をつかむことにたけています。

 その財力は、密貿易や国の産物の取引でかせいだとか、
彼の商才は、坂本龍馬にも通じるものがあります。
そんな清正を家康は一番恐がり、かつ一番の頼みにしていました。
彼は、世が世なら天下人になる器であったのかもしれません。

 関ヶ原の前は石田三成憎しばかりで
先が見えなかったけど、その後勧められて
勉強をして教養人になったそうです。

 もし、関ヶ原の時に今の彼であったら、
どうなっていたかわかりません。
彼が動けば、福島正則も同調をするはずですから。

 名古屋城も見事な城ですが、
彼が作った熊本城はもっとすごくて、
彼の英知のすべてをつぎ込んでいます。

 真田の忍びからの報告では、戦うための城とありました。
誰と戦うのか?
徳川と戦う?それは何を意味しているのでしょうか?

 徳川の天下取りに、石田三成とか、真田幸村とかは
有名でよく知られていますが、加藤清正はノーマークでした。
これから、水面下で彼がどういう動きをしていくか
楽しみです。

 関ヶ原といえば、ずいぶん前に
こんな記述がありました。
鹿児島の中学生が修学旅行で
関ヶ原にきて、島津がたどった退却の道を
そのまま歩き、体験するのだそうです。
鹿児島県人にとって、あの退却の姿は名誉なんですね。
お国ぶりが表れて面白かったです。


 日曜日に11巻目を借りてきました。
その冒頭に、秀頼に浅野方の料理人の忍者を使って
連絡を取らせるこの話が出ていました。
スパイ大作戦の世界ですね。

 忍者とは特別の力をもったものばかりでなく、
そこに生活していて情報を伝える。
今のようなIT時代ではないから
人より多くの良い情報を持つかどうかが勝負です。

 真田太平記、11巻完了です。
加藤清正が料理人、梅春によって毒殺されます。
(2ヶ月後に死ぬような毒薬で)

 彼が実は甲賀の忍者であった、意外な展開です。
ことの真偽は別にして、あっても不思議ではない話です。

 秀頼の上洛に奔走し、それを成功させて、これからという時に
急な病、さぞかし無念だったことでしょう。
私は清正が大阪の冬の陣でどうしたかは知らなかったのですが、
それまでに死んでいたんですね。
これまた、彼が生きていたら、
冬の陣もどうなっていたかわかりませんね。


 清正が毒殺されたのはびっくり仰天でした。
清正が毒殺されたことはもちろんですが、
料理人の梅春にやられるとは……。
ここらあたりが池波劇場なんでしょうね。

 日曜日に<12巻>を借りて来ました。
角兵衛が信之の所へ来て、
50石で召し抱えると言われ
そのことを久野に言うと、
彼女は憤慨に堪えず、昌幸の子であることを
言ってしまいます。

 NHKのその時歴史が動いたを見ました。
そこで、1番面白かったのは、
秀忠が真田に手こずって、関ヶ原に間に合わなかったことです。
結果的には、関ヶ原は東軍が勝ったのですから
それで、問題はなかったと私は思っていたのですが、
家康はそうではなかった。

 秀忠が間に合わなかったことから、
徳川を中心とした戦いではなく、
豊臣恩顧の武将(福島正則、浅野幸長など)が中心の戦になってしまった。
その結果、戦後の差配としての600万石の80%(数字はチョット自信がない)
を豊臣系の武将に報償として与えざるを得なかった。

この戦を徳川の主力で戦い、一気に徳川の世を作ろうとした
家康には大きな誤算となったわけです。
それが、大阪冬の陣へとつながっていく。
もし、秀忠が間に合っていたら、大阪冬の陣はなかったかもしれません。

そして、もう一つ。
中国、四国、九州に報償として、
豊臣系の外様大名をおかざるを得なかった。
それが、幕末の原動力になったとの指摘でした。
関ヶ原が幕末維新に大きな影響を与えていたことは
知っていましたが、秀忠の遅れが関係があるとは
想像もしていませんでした。
まさに、恐るべし真田ですね。
最後まで、秀忠が真田父子を許さなかった理由もこれでわかるし、
家康が1番恐れたのが、真田父子であったこともわかります。


 両陣営とも、和睦が先にありき……。
その駆け引きのための戦いになって来ました。
どのような、駆け引きが出てくるのか?
家康の謀略が楽しみです。

 歴史の不思議さを感じます。
あの時、昌幸があっさりと負けていて、
秀忠が関ヶ原に間に合っていたら、
幕末維新もなかったかも。

 今NHKの大河ドラマ<功名が辻>は、
山内一豊が関ヶ原の武勲のために、
掛川3万石から、一気に土佐20万石の領主になります。
でも、そこには家康の思惑がありました。

 土佐には一領具足という、半農半兵の制度があります。
(一領具足とは、自分の田畑を所有し、いざという時は
鍬を刀に変えて戦う、半分農民で、半分武士の集団です)

 前領主の長宗我部氏が作り、その力で四国を平定しました。
そんなわけで、彼らは前領主に忠誠をつくし、
土佐の半分を長宗我部盛親に渡さなければ
徹底抗戦をする息巻いていました。

 一刻も早く、一領具足を成敗して、土佐を平定することが
家康からの厳命でした。
というのは、中国や九州の豊臣恩顧の外様大名が家康に反抗すれば
四国の長宗我部盛親がそれに呼応することを危惧したからでした。
そのため、家康は謹厳実直で裏切りのない
山内一豊を四国の国主にしたのでした。

 今回の話は、相撲大会と偽って一領具足の頭達を集め、
だまし討ちにして殺してしまうという残酷なシーンでした。
これによって、一領具足の一揆は収まります。

 その後、一豊は一領具足に新田開発を命じ、
郷士として召し抱えることになります。
ここに、山内家が連れてきた家来の上士と
郷士との因縁の戦いが始まるのです。


 「信之の恋」。
待ちに待っていました(笑)。
小野のお通とは、不思議で魅力的な女性ですね。
 昔から恋を告白するのは、手紙とプレゼントと決まっています。
お互いに、掛け軸と茶器を送るところが、知的で良いですね。

 信之がお通を信州のデートに誘いますが、
大阪城へ行くと断られます。
それを確かめることを右近に命じます…。
その気持ちよくわかりますよ。
恋をすると人は疑り深くなります(笑)。
そして、本当に大阪城へ行ったとわかり、
安心して、ますます恋心を募らせるわけです(笑)。

 幸村との秘密の会談場所を提供してくれたお礼を
長い時間をかけて手紙に書きます。
それを読んだお通が「ぽーと」ほほを染めるのですから、
どんなことが書いてあったか興味津々です。
きっと、直接的ではないけど、行間に恋する気持ちが滲んでいたんでしょう。
それを賢いお通は読みとります。
二人の気持ちが通じた一瞬です。

 それにしても、時代がそうさせるのか、おおぴらですよ。
不倫なのに…。
武士それも大名だから許されるのかな?

 お通が贈った茶器が信之の部屋に飾ってあるのを、
小松殿が何気に見つけおかしいと思う。
女性の勘の鋭さには脱帽です(笑)。


 15巻の真ん中当たりにきました。
幸村が死に大阪城が落城した所です。

 千姫の救出は、<千姫を助けたものは千姫を与える>
との家康の言葉に呼応した、坂崎出羽守の働きだと聞いていましたが、
この小説では、違っていました。

 大野治長が、千姫を助けるかわりに、
淀と秀頼の助命を期待して逃がしたものでした。
坂崎は城から出てきた彼女を護衛しただけ。

 池波氏が、ここら辺は資料を丹念に
調べ上げての結論だと思いますが、
あの大阪城に乗り込んで救出するよりもはるかに現実的です。

そして、秀忠の言った言葉。
千姫はどうして、秀頼と一緒に自害しなかったのか?
大阪城へ返せ!
なんとも、凄い話です。


 いよいよ最終の16巻<雲の峰>に入りました。
ここに来て、お江が復活し活躍をしだしました。
ということは、この物語、主演男優は幸村
主演女優はお江ということになりますね。
彼女の年は、60?70?でも、いつまでも若々しく
30代にしか見えないとか?
なにしろ、湯煙のなかとはいえ
馬場彦四郎がむらむらと来て襲いかかるのですから(笑)。
でも、それが彼の運の尽きでした。
女優さんの中にもそんな人いますよね?
一線にいるという気迫、現役にいるという気持ちが大事です。

 16巻の中頃にきました。
幸村が死んで、もう面白いことはないと思っていたら、
さすがに、池波正太郎はサービス精神が旺盛で
最後まで楽しませてくれます。

 信之に仕える馬場彦四郎を登場させて
それがスパイであることをお江によって暴露させます。
例の湯煙の中の…………(笑)。
さらに、そこへ笹井丹之助(片山梅春)をからめ
住吉慶春と共に、清正毒殺の真相を天下に示すという
胸のすく大芝居を見せてくれました。

 また、徳川の真田家をつぶそうとの策略に対する
信之の対応も気持ちの良いものでした。

 信之の小野のお通への気持ちはさらに深くなるばかり
でも、逢うこともできない。
もんもんとする信之、恋の行方は果たしてどうなるか?
これが最後の楽しみですね(笑)。


 真田太平記を1月8日(月)に読み終えました。
 本当に最後まで楽しませてくれました。
小野のお通との恋物語、進展を楽しみにしていたのですが,
あっけなく死んでしまいました。
それ程の年ということなんでしょう(笑)。
信之が55だから、60〜70くらいの年、
その頃としては長寿のほうですね。

 大名のならいとして、千賀という側室はいましたが、
結局は、小松殿一筋でした(笑)。
お通とは精神的な恋(信之の憧れ)だったので、
まれにみる夫婦仲の良い二人でした。

 もし、お通が若くて、信濃に行ってもよいと言い出したら,
一波乱も二波乱もありましたよね。

 小川治郎右衛門の話は面白かった。
碁盤を作り、底に短刀を忍ばせておき
誰にも触らせないでおく、ミステリー小説を
読んでいるようでした。
絶対何か理由があるとわかっていましたが、
まさか、馬場彦四郎を暗殺するためだとは…。
敵を欺くにはまず味方からといいますからね。
まんまとだまされました(笑)。

徳川家の外様いじめはすごいですね。
機会があれば、取り潰そうと虎視眈々と狙っています。
馬場を使って,小野のお通邸での幸村との密会をネタに
取り潰しを図ります。
このときは、万全の作戦よろしく、
家康直筆の文章もあって難を逃れます。
あのときの江戸家老と徳川の土井正勝とのやり取りは面白い。

 でも、取り潰しは免れても、松代へのお国替え。
耐えがたきを耐えるとはまさにこのこと。
明治になって、若き乃木将軍が城を受け取りにくるまで
藩が続いたのですから、きっと信之ゆずりの
賢明さが代代伝わっていったことでしょう。


 男の兄弟がいて、弟の出来が良いと
藩内が二手に分かれてお家騒動になります。
幸村と信之兄弟もその例外ではなく、
もし、共に徳川についていたら違う悲劇が起こったかもしれません。


 昨年の7月中旬頃から読み始めました。
人より読みのが遅い私は半年かかってしまいました(笑)。
「やっと読み終えた」という力みはなく、
楽しみながら読んでいたら、自然に終わってしまったという感じです。

 ものすごく読みやすい小説でした。
戦争や藩内の堅苦しい内容ばかりでなく、
忍者や色っぽい話も出てきたのがその原因だったと思います。

 真田といえば、大阪の冬と夏の陣で
勇壮な戦いぶりを見せた<真田幸村>を私は連想しました。
でも、この本を読むことで、幸村の父昌幸や
兄信之の存在を知りました。

 それにしても、この真田太平記は、
週刊朝日に9年間にわたる連載だったとか。
池波氏の、書くこと、書かなければならないという
プレッシャーはいかばかりであったでしょうか?
推察してあまりあるものがあります。

  

 

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