くうねるところすむところ 平 安寿子 h22.10.4
題名の「くうねる‥‥」は有名な落語の「寿限無」の一説です。
工務店の話からここへと連想させることを考えると
作者が落語に造詣の深いことが伺えます。
平 安寿子(たいら あずこ、1953年生まれの57才 )は
広告代理店、映画館をへてフリーライターに。
アン・タイラー(アメリカの小説家)に触発されて小説を書き始め、
ペンネームは "アン・タイラーのような
"(as Anne Tyler)からとったそうです(*^_^*)。
1999年に『素晴らしい一日』でオール讀物新人賞を受賞しています。
地元で住宅建築を中心に営む建設業「鍵山工務店」、
その女社長と従業員の奮闘ぶりを描き、
そこに素敵な恋の話が加わります(*^_^*)。
30才で独身、求人専門雑誌の副編集長である梨央は、
上司の編集長である五郎と、長い間不倫関係にありました。
五郎を始め部下も仕事は梨央に頼りきって、
かってばかりするので、雑用ばかりで、本来の編集の仕事ができず、
ストレスがたまる毎日を送っていました。
仕事に人生にやりがいを感じない、
今の自分を何とかしなければと思った梨央は、
五郎の気持ちを確かめますが、
のらりくらりと逃げてばかりで煮え切りません。
もともと五郎は自分の才能をひけらかし、
威張り散らす尊大な男であり、梨央の最も嫌いなタイプでしたが、
恋する梨央にとっては、「あばたも笑窪」に見えていました。
仕事にも男にも行き詰まった梨央は、
ある日仕事帰りに酒を飲み、酔った勢いで急に高い所に昇り
思いっきりさけびたくなります。
偶然工事現場の足場が見つかり、
これ幸いとなんとか3段(5m)まで昇ることができます。
そこに立った時に新しい風が‥‥‥‥。
それは今まで感じたことのない風であり、強く充実感を感じました。
しかし酔いが醒め冷静になると、足がすくんで下りることができません。
泣きそうになっている所へ、その現場で働いている
鳶の親方である徹男がやさしく助けてくれます。
その完璧なやさしさとたくましさをもった徹男に一目惚れした梨央は、
徹男と同じ建設業で働きたいと思い会社を辞めて
建築という未知の世界へと足を踏み出します。
鍵山工務店の創業社長の娘である郷子(40代)は、
夫がフィリピン女に溺れ、
家庭をないがしろにしたことが原因で離婚します。
夫が社長であった行きがかり上、
自分が社長を引き継ぐことになります。
夫ができることなら自分もできるはずとたかをくくっていましたが、
建築にズブの素人である郷子には、
工務店経営は難しく問題が山積していました。
施主、隣近所、従業員、職人と苦情の山、
その処理に追われる日々のためうんざりします。
社長を引き受けた時はだめならだめで良い、
いつでもやめてやるという軽い気持ちでいましたが、
従業員の生活を考えるとそうもいかないことがわかります。
彼女は気が強く、ものごとをづけづけと言える
おてんばであることから、「姫」というあだ名がついていました。
会社には創業の時から勤めている専務の棚尾と
事務のお局といわれる時江がいました。
この二人と相談しながら会社をスタートしましたが、
弱小の工務店は経営が苦しく、
姫の最初の仕事はリストラでした。
棚尾と時江の作ったリストに沿って、
なんとか二人をやめさせることができましたが、
それが思わぬ結果を生み、
必要な人材までが抜けてしまい、会社存亡の危機にまで発展します。
そこに登場するのが、徹男が紹介した梨央でした。
梨央は始め事務員として会社に入りましたが、
その熱意と能力ですぐに頭角を現します。
その人間調整力を買われ、リストラによる人手不足もあって、
現場監督に抜擢されます。
女性の現場監督として、
いやそれよりも全くの素人が現場監督としてやっていけるのか?
梨央は日々悪戦苦闘して戦いますが、
自分の力の限界も感じました。
しかし、建築の仕事が大好きな梨央は
逃げるのではなく、自分を活かし会社も活かすアイデアを考えます。
それは建築の仕事が好きだからできたことです。
最初は徹男が好きで入った建築の世界ですが、
いまとなってはどちらが先か分からないくらい、仕事に燃えていました。
そんな時役所の指導もあり、地元の企業との合併話が持ち上がり、
経営不振から会社の行く末を心配していた姫の心を大きく揺らします。
とび職の一人親方である徹男は梨央の愛に戸惑っていました。
彼はバツイチですが、人並みはずれて嫉妬深く、
自分を縛りつける妻に耐えられずに離婚しました。
一人息子は妻に親権があり、逢うことができませんが、
子供への思いはありますが、それを理由に
妻ともう一度は絶対に嫌だと思っています。
このことがトラウマとなり、
梨央の積極的な愛のアプローチに応えられませんでした。
それは彼女と結婚しても前の結婚と同じようなことになり、
彼女を不幸にしてしまうのではないかという
恐れがあったからです。
そんな徹男に梨央はだんだん嫌気がさしてきます。
合併が決まれば鍵山工務店という名前がなくなるので、
その最後の仕事として、
棚尾は自分の家を鍵山工務店で建てることを提案します。
彼が理想とする家、いやそれは鍵山工務店が求めていた家でもありますが、
それを造るために建築家のセノ氏に設計を依頼します。
セノ氏のコンセプトは「塀のない家」「縁側のある家」ですが、
これによって人が家に帰ってきたくなるような家を
作ることでした。
この家のコンサルタントをまかされた梨央は
この家の完成と共に成長をしていきます。
そして棟上げ式の時、
徹男からピンクの地下足袋をプレゼントされますが、
これは徹男にとって精一杯の愛の告白でした。
姫は合併話に悩み抜きましたが、娘の早知子がこの会社の跡を継ぎたいと
強い意志を表明したので、もう少し頑張ってみようという気になり、
合併話はなくなります。
家は生き物(建築は生き物)です。
足場の高い所に昇ると、季節の風を肌で感じることができます。
それは職人(建設に携わる人々)の特権です。
持ち家はその人の人生そのもの、一生もので、
普通の人にとっては生涯の大仕事です。
だからいろいろと注文をつけてわがままにもなることは、
しかたないことであると、梨央は自分が現場監督となり
顧客と接する中で学んでいきます。
現場監督の仕事は住宅を図面通りに完成させることですが、
そのためには、それに関わる人々との調整が大切です。
施主や職人との人間関係を調整すること、
つまりコンサルタントが必要です。
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