孤独の歌声

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孤独の歌声 新潮文庫   天童荒太 平成12年6月完読

 

あらすじ

 コンビニ連続強盗事件を追うことになった女性刑事朝山風希。彼女には小学校の頃

友人の誘拐事件に関して受けた深い傷があり、そのため、コンビニ強盗と期を同じくして起こっている、連続婦女誘拐殺人事件の方に強い関心があり、そちらの捜査に移りたいと思っていた。

 一方、コンビニの店長芳川潤平は、アルバイトをしながら曲を作り、マイナーながらライブ活動を続け、将来は歌手になることが夢であった。

彼にも過去に深い傷がある。その彼が店長を務めるコンビニが強盗に襲われ、同僚の中国人の店員、高(中国からの出稼ぎ労働者)が刺されてしまう。この強盗は、一連のコンビニ連続強盗事件と同じ犯人であった。

 ナイフで脅された潤平の後ろに、モップを持った高が近づく、しかし、その時客としてたったひとりコンビニにいた人物が『うしろだ』と叫んだ。その声に振り向いた犯人が、ナイフで高を刺した。その叫んだ客こそ、連続婦女誘拐殺人犯(サイコ)であった。

 サイコである犯人松田隆司は、昼間はコンピュータのシステム開発会社に勤め、大会社にパソコンソフトの開発に出向していた。しかし、それは彼の真実の姿を隠す隠れ蓑であり、会社が終わると、夜ごとコンビニに出没し、ハンターのように美しい獲物をねらっていた。彼は

自分の趣味を馬鹿にした妻と離婚し、一人暮らしである。

 彼は、偏執ながら

理想の家族像を持ち、それを理解し共に実現してくれる妻となるべき女性を探していた。彼は私生児である。母親は自分の勤める会社の上司と不倫をし、彼を生んだ。しかし、不倫相手からは子供を産むことを強く反対され、それが原因で二人は分かれた。彼の母親は、執拗に嫌がらせをし、時には不倫相手の家まで押し掛けたりして、復縁を迫ったが、相手にされなかった。失意のうちに母は死に、その家族は父の転勤を機に北海道へ転居した。彼がサイコとなったのには母親の影響が大きい。

 毎日のように、4人分の弁当と犬の餌をコンビニで買い、一人暮らしの家に帰る。好きな音楽を聴きながら、ビニールシートを一面に敷き、壁には目隠しをした部屋に入る。部屋には、4人掛けのテーブルに、両親のマネキンと中央に誘拐された女性が全裸で縛られている。彼はマネキンに今日一日の出来事を話し、置物の犬に餌をやる。

 長い間監禁され、虚ろな目をした彼女の体には、いたるところにナイフで切り刻まれた無数の傷がついていた。彼女は、便器付の椅子に拘束され、一日中ビデオを見せられていた。そのビデオは、彼の子供の頃にとった、両親と自分そして、犬を映した幸せそうな家族の風景であった。彼は、このビデオを非常に大切にしている。それは、彼の理想とする家族像がそこにあったからだろう。誘拐した女性にこのビデオを通して、彼を理解してもらい、理想の妻になって欲しかった。しかし、それはいつも徒労に終わっていた、何も理解せず、ただ抵抗する女性に苛つく彼は、それを理解しない罰を与えるかのように、ナイフで彼女の体を切り刻んでいく。そして、完全にあきらめると殺し、死体を山奥の人に見つからない所埋め、次の獲物を獲得するための行動に移る。。

 風希は、コンビニ連続強盗の捜査で、潤平の勤めるコンビニ店に行き、彼に事情聴取する内に、自分と同じ孤独な人間の臭いを感じた。彼女は大学時代にミュージシャンの恋人がおり、音楽に夢を託す潤平に興味を感じていた。彼女は、彼といろいろな接触をする中で、心を開かせ捜査に協力をさせる。

 風希は、隣に住む木崎京子をさらった犯人を捜すために、自らを変身させ、コンビニ回りをしておとり捜査をしていた。そんな矢先、サイコが次の獲物を物色するために、潤平のコンビニへ現れる。潤平はサイコを捕まえようとしたが、逆に殴られけがをする。しかし、そのけがをおしてバイクでサイコを追跡する。

 サイコは、風希の隣人の女子大生京子を誘拐するが、自分の理想とする女性とはほど遠いと判断すると、風希をねらう。マンションの近くで風希を誘拐し、自分家につれて行くが、ちょっとした油断をみつけ、風希は逃げ出し、追いかけてきた潤平と共に犯人を逮捕する。

 

 

 

この本のテーマを自分なりに考えてみる

◎ この『孤独の歌声』のテーマを考えるには、3つのキーがあると思う。それは、@潤平のめざす音楽はなにか?A第一ランナーと最終ランナーについてB孤独の歌声とは?である。

@ 潤平のめざす音楽とは何は?

 彼女が、潤平の部屋に行き、彼の好きな音楽を話しているときに、宮沢賢治の話が出てくる。以下にその部分(*から*まで)を本文のまま抜粋する。

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  『

この人の聞いている音は、普通の人間が聴いている音とは、全然違うと思った。風 が草の原をわたっていく音、風が梢をふるわす音、強い風、そよ風、雨が土埃の道を打 つ音も、雨が苔むしたでっかい長生きの岩を打つ音も、スズランが揺れる音も、鐘の音 の音も……。全部、今までの人間が聴いてきた音とはちがう音を、この人は、聴いてい て、それを書きとめているんだ。その音が、すごく、きれいでよ、怖くてよ、悲しくて よ、残酷でよ、いいんだよ……ひとりぼっちの音なんだけどさ……きっとひとりぼっち じゃないんだよ……。へんな言い方になっちまうけど……』

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 彼は、『ひとりぼっちの音なんだけど、ひとりぼっちではない』音を探し、それを見つけ、曲にして人に伝えたいと思っている。つまり、孤独な人間の考え方(普通の人にはわからない)を歌にして、人に伝えるために歌手になりたいと思っている。。

A 第一ランナーと最終ランナーについて

 第一ランナーについて、ライブで潤平が客に語ったことがある。彼は、中学時代四百リレーで県の記録を作ったことがある。以下にその部分(*から*まで)を本文のまま抜粋する。

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 第一走者だった。第一走者以外うまくいかなかった。人からバトンをもらうのが下手で、取りそこねたり、まちがいなく受け取ろうとして加速に失敗したりした。人に気をつかいすぎるんだよ、と言われた。おまえはさ、気をつかったらだめなタイプなんだよ。それを言ったのは第二走者だった。

 おまえは、ひとりで走るのが一番似合ってるんだよ、だからリレーでもさ、ひとりで走ってるつもりでやれよ、あとはおれがうまく受けるからさ、おまえがトップで走ってきたとき、手を伸ばせば、そこにはきっとおれの手があるから、バトン、無理に渡そうとしなくて大丈夫だ、何も考えず思いっきり走ってこいよ、さっと受け取ってやるから、安心して走ってこい、だけどトップじゃなきゃだめだぞ、

おまえはトップで走ってなきや意味がない奴なんだからさ、そうすりや優勝だよ、……

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 彼が第一走者として、光り輝けるのは第二走者のおかげであった。そのことを十分知っていた彼は、第二走者の死によって、人生の目的をなくしたような虚無感に襲われる。誰か、俺のバトンと受け取ったくれ!!これが彼の願いであった。その彼のもとに風希が現れる。風希はリレーでインターハイに出場経験があり、アンカー専門であった。以下にその部分(*から*まで)を本文のまま抜粋する。

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「でも、

アンカーはね、誰かが走ってくれないと、出番ないのよ………途中でバトン落とされたりしたら、いつまでもぼつんと遠く離れたところで、待っていなきやいけない。自分からはスタートを切れないの………。うしろから来てくれて、さあ、おまえの番だ、走れ、頼むぜって押されなきや、だめなの」「そうか……」「三人がつないできてくれるまで、結構孤独なんだから……。本当にここまで来てくれるのかしらって……」「………大丈夫だよ」「何が」「風希さんが待ってんなら、走ってくやつ、いっぱいいるよ

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B 孤独の歌声とは何か?

 潤平の声を分析した結果を風希が大学教授に聞くシーンがある。以下にその部分(*から*まで)を本文のまま抜粋する。

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  「これは、本当に数が少ないんですけど………

淋しいんだけど慰められる、淋しいけれども励 まされる、淋しいけれど勇気が出る……」

  「何人もいないんですよ。いないんだけど、これ偶然なのかなんなのか、あとでへー って思いましたけど、ここにあてはまっている人は、とても多いんです………歌手の人が」

  「……歌ってる声だったんですか」 「それじゃあ実験になりません。みんな普通に話している声を選んできたんですよ。たとえ外国人の声であっても。エディット・ピアフもジョン・レノンもキヤロル・キン グも………」 「彼の声は、そこにあてはまるんですか」 「そう。孤独の歌声」「孤独の歌声………」  「ある学生が、この分類に名づけたんですよ。」

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 『孤独の歌声』を持った潤平は歌手になり、その独特の声でメッセージを送り、人を慰め、励まし、勇気を与える。

 この@〜Bまでのことを踏まえ、この作品のテーマについての私なりの考え方を述べる。

 3人の主人公、女性刑事朝山風希、コンビニ店長芳川潤平、サイコ松田隆司には、内容こそ違うが、過去にそれぞれ深い傷がありそれがトラウマとなり、そこから逃れようと必死でもがいている。それは一人の戦いであるが、決して一人では解決できないむなしい戦いである。その苦しさを知っている彼らは『孤独の臭い』を敏感に感じ、惹き付け合う。

 コンビニの店長である、潤平には、人生の第2走者とも言うべき親友を亡くし、自分のバトンを渡す相手(人生の目的)がいなくなった虚無感から抜けられずにいた。しかし、結果的に彼は風希というバトンを渡せる相手(彼を理解してくれる人)を見つけることができ、自分の夢であり、使命である『孤独の歌』を歌うことができるようになった。

 また、風希は小学校の時、友人を誘拐犯から救うことができなかったという、罪の意識に苦しんでいた。彼女には、彼女の孤独を理解してくれる潤平ができたし、彼女を愛し、理解しつつある赤松という好青年もいる。彼女は、京子を誘拐犯から救ったことで、彼女のトラウマから抜け出せると思う。

 赤松は彼女を理解できたのか?彼女は、『それは君には責任がない』。『君は悪くない』と言ってほしかったのだろう、できれば、彼女の友達に……。

 グットウィルハンティングの場面を思い出した。同じトラウマ(父親の虐待を経験)をもつカウンセラーから、『君は悪くない』と何度もいわれ、涙ながらに心を開く青年が描かれていた。

 また、永遠の仔でも、優希、ジラフ、モウルも、『君は悪くない』、『君のせいではない』、『生きていていいんだ』と自分の生を肯定して欲しかった。

 

 

 

 この本から受けた私の感想 

◎ 三人の登場人物を、女性刑事を『わたし』、コンビニの店長を『おれ』、サイコを『彼』 という呼び方で区別している。この3人の登場人物を短い間隔で場面を転換しながら、 交互に出していく手法は、『永遠の仔』を連想させた。この職業も環境も違う3人を作 者はどのようにして出会わせ、関係づけるのか興味があったが、予想を裏切らない見事 な展開であった。

◎ コンビニの店長が最初婦人警官を尾行するシーンから始まり、途中まで、彼が連続婦女誘拐殺人の犯人と思わせる展開が、ミステリー小説らしい。

◎ 『孤独』という言葉からは良いイメージは沸いてこない。しかし、私は孤独にはポジティブ(積極的)な孤独とネガティブ(消極的)な孤独があると思う。前者は、自分から好んで作り出す孤独でもある。この時間を使って、人は読書なり、趣味なり、考え事をし、人間として成長する。そのため、この時間をうまく使えるかどうかは、大変重要であると思う。

 それに対して、後者は、自分の意志と反して、孤独の状態に置かれる事である。本当は家族と一緒に住みたいのに事情があって一人で暮らさなければならない老人や、家族と離れて、都会に出てきたが、友達がほしいという心と裏腹に、自分の心が開けないばかりに一人ぼっちである青年などである。孤立という言葉に置き換えてもいいと思う。

◎ もちろん、孤立(ネガティブな孤独)はそのような状況の人にばかり起こるわけではなく、普段は孤立を感じない人も、現実世界と遮断され、誰からも理解されていないときや、自分の自尊心が傷つけられ、回りの人が皆自分のことを馬鹿にしているのではないかと思えたときは感じるものである。しかし、これは一時的なものであり、このような状況は積極的な方向に心を向けて、できるだけ早く抜け出すべきである。これが、長く続くと抜け出せなくなる。

◎ ポジティブな孤独は、知的人間の原点であり出発点である。芸術家は常に孤独が必要であり、自分だけの世界を持っている。孤独はクリエィティブな人間には絶対に必要なものである。

 私は、人混みの中により多くの孤独を感じる。通勤で混雑する駅や繁華街の中の雑踏が好きだ。そこでは、自分を誰も知らないであろうという安心感のためか、自分を完全に消すことができる。だから何か考え事をしようとするときは、静かな喫茶店より、雑踏の中をひたすら歩くようにしている。

◎ 本来人間は孤独であり、孤独こそ自然である。この前提から出発しなければならない。

孤独を有意義なものにするために、人は考える。”考えるゆえに我あり””人間は考える葦である”

 人は、心の中に常に自分を見つめている、もう一人の自分を持っている。人間が考えるときは、彼が話し相手である。積極的な考えには、ブレーキをかけ、消極的な考えには、もっとがんばれとアクセルをふかす。常に冷静に意見を述べ、正反合の弁証法ではないが、その機能を使って人間は、調和のとれた中庸の意見を実行する。

◎ 孤独は悪である。つまり友達がたくさんいる人間の方が優れているという間違った概念がはびこっている。孤独の好きな人間は、暗いとかオタクという言葉で人間性を決めつけられる。そのため、電車で文庫本の小説を読んでいる生徒より、友達とわいわいくだらないおしゃべりをしている生徒の方が、好感をもたれたりする。このことが、子供達に敏感に反映し、友達がいない自分はだめな人間なんだ。だから何とか、友達をつくり、一緒にいよう。一人になることが怖いので、四六時中携帯電話を掛ける。そこには目的も自主性もなく、ただ、一緒にいるだけの集団がある。

◎ 本当に孤独(一人になること)とは悲しく淋しいものだろうか? それどころか、孤独を楽しむことができない人間に、本当の人間の価値が分かるのだろうか?相手を理解することができるのか?孤独とは自分の世界であり、自分の世界を確立し、それをお互いに認め、理解する中で本当の友情なり、人間関係が成り立つはずである。つまり、個の確立した人間同士の対等な関係である。

◎ 孤独(一人)になって自分と対話する。孤独を不安に感じる人は一人の楽しみ方を知らない。読書なりビデオなり考え事がうまくできない人なのだろう。だから、常に誰かといないと不安であり、孤独に耐えられない。

◎ 仕事でその日たくさんの人と会ったり、話したりしたとき程、一人になりたいと思う。仕事もなく一人で家にいて、常に一人である時は、孤独はつらいものかもしれない。人とのつながりが実感できている保証の上に、孤独の楽しみがある。そのためにも社会への参加が大切である。

 私は女性も専業主婦でなく可能であればパートでも働いた方がいいと思っている。それは、社会参加、人間関係の実感の保証を得るためである。老人も一人で家に引きこもることは同じ理由からだめだ。何らかの方法で社会との接点が必要である。それが、生きがいにも通じる。

◎ 世の中には、隠し事、秘密がないことが良い家族であるような錯覚があるけど、私は必ずしもそうは思わない。逆に、秘密があるからこそ、個としての人格が保て、個の集合である家族として、まとまりを維持し、日々の生活ができるのだと思う。

◎ 家族の絆を保つには、孤独と秘密が必要であると思う。孤独とは一人になれる空間であり、一人で過ごせる時間である。秘密は、犯罪などの人道的に許せないものは別にして、家族だからこそ知らせたくないものがある。よく、親子なら何でも話すとか、夫婦の間に隠し事はいけない。といわれるが、ほんとうにそうだろうか?

 そのため、場合によったら知らないふりをするなどの、家族を思いやる気持ちも必要だと思う。人を傷つけるのは、最も親しい家族である場合が多い。その言葉に遠慮や配慮がないからだ。

◎ ビニールシートが小説の随所に出てくる。青色でピクニックの時に地面に敷くものであるが、サイコの彼にとっては、家族の行楽風景=ビニールシート=家族の幸せの象徴であったのだろうか?

 

 

 

 

この本の中で、特に私の好きなフレーズ 本文からそのまま転記しました。

◎ 歌詞の中に、自分の言いたかったフレーズがあるものだ。ああ、よく言ってくれたな んて思う。これを俺も言いたかったんだ。そういう歌ははやるのだ。

 (これについて私の感想)わたしは、宇多田ヒカルが好きで、彼女の『

FIRST LOVE』を買ったが、彼女の新曲の『FOR YOU』という曲の中に、『あなたの存在で孤独を確認する。一人では孤独を感じられない。だからfor you 』という歌詞の一節がある。ちょうどこの本を読んだ後で、孤独についていろいろ考えていたときだけに、心に響いた。

◎ 自分の内面の淋しさとむなしさをしっかり見つめる勇気を持っていなかった。他人と 関係を作ることの重要性にあまりに無自覚すぎる。

◎ 揺るぎない絆を求めるなら、真実の相手が欲しいなら、まず自分が一人であることを とことん認識しなければならない。

◎ 一人だけれど、きっと一人ぼっちじゃない。

◎ 一人で歩いているから出会える、出会って分かれるまでの短い関わりの中で、わずか でも生まれるものが大切なんだと思う。

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◎ サイコの趣味

 彼は、前向きで、聞く者を元気づけてくれる詞や明るい曲調を持つ、ライトでポップな曲調の歌が好きだ。場面の要所要所に出てくる歌詞、『涙をふけ、前向きに生きろと慰めてくれる。』『夢をあきらめないで、あなたが信じる人は、きっとあらわれるわ』『待ってるだけじゃだめよ、真実の愛は、あなたが裸になって求めなきゃ』は、何とも意味深で、彼の行動パターンを裏書きしているみたいだ。そんな趣味を妻は『男のくせに』と軽蔑したため、離婚した。

31歳になる彼はナルシストであり、部屋の中央に、等身大の鏡を置き、時々裸のまま鏡の前に立ちうっとりとする。

 

 

 

◎ ビデオの内容

 彼のビデオは、両親と子供さらに犬が楽しんでいる風景は、ある意味では、最も一般的な家族、どこにでもある家族の風景である。それさえも、手に入れることができなかった彼の淋しさを強く感じる。

 

 

 

◎ 母親の影響松田は、幼い頃から母親によって、心身ともに圧迫され、追い込まれていた。何度も何度も母親から言われていたのだろう、父親の家に住んでいる妻を家政婦といい、家政婦に家を乗っ取られたと今だに信じている(信じようとしているだけかもしれない?)。母親以外に信ずるものがない孤独な子供時代が目に浮かぶ。

 しかし、何が彼の母親を追い込んだのだろうか?

 彼女の父親は、謹言実直で、娘を厳しく育て、まるで自分の所有物のように扱い、彼女の自由はほとんど許さなかった。ここには、母親の姿が出てこないが、古き日本男児に従う典型的な女性で、彼女を守ることが出来なかったのだろう。また、仕事面でも私生活でも人から尊敬される立場で、それは彼女の誇りとするところであった。しかし、彼女をほめることがほとんどなく、それが彼女の不倫の原因になっている。また、不倫し彼女が妊娠したとき、彼は娘を家から追い出した。

 彼女は学校を出て会社に入るが、そこで父親のような威厳を持ち、尊敬できる上司と巡り会う。彼は、彼女をほめ彼女を必要とした。そのため、父からほめられたことのない彼女は舞い上がり、不倫関係になりいつしか妊娠する。これをきっかけに上司の彼は、自分の家族を守るため、出産を許さず、会社もやめさせ、彼女を捨てた。

 

 

 

◎ 潤平の心の傷

 

16歳の時、潤平はバンドをやるために高校を中退していた、しかし、潤平の心の支えは第二走者の彼の存在だった。陸上をつづけていた被は、深夜にランニングの練習中、信号無視のトラックにはねられて死んだ。

 彼の言葉を借りると、『何周遅れだってよかった。おれは、もうずっと渡せないバトンを持って走りつづけるんだと思ったとき、町を出ていた。』

 

 

 

◎ 風希のトラウマ

 

13歳の時、風希は親友の家に泊まりに行った。夜中二人でコンビニに行った帰りに、補導員を装った男に声を掛けられた。男は、身柄を引き取るためにどちらか一人が家に帰って保護者を交番まで連れてくるように言った。彼女は飛ぶように友達の家に帰り、おばあちゃんをつれて交番へ駆けつけたが、補導員は偽物であることが分かり、直ちに手配された、その間一時間ぐらいであったが、彼女の友達は誘拐され、行方不明になった。そのことに責任を感じた彼女は必死になって探した。家族があきらめても探し続けた。しかし、そのかいなく、彼女が高校生の時遺体で発見された。このことを引きずる彼女は、大学を出ると、警察学校へ行き警察官になった。彼女の後悔の最大のものは、どちらか一人と犯人が言ったとき、残るのが怖くて、思わず駆け出したことであった。

 彼女の心情を表すのに最適の文章があるので、以下に本文から抜粋する。

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 わかると赤松は言う。わたしの気持ちがわかると言う。でも彼女の気持ちは? 連れ去られ、ひとりぼっちで恐怖のなかに取り残された彼女の気持ちは、誰がわかってあげるの?

 わたしが約束して、ようやくこの声がしずまる。見つけるわ、きっと捜す、だから待ってて、すぐに捜し出すから………。

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