あかね空

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あかね空 山本一力 h22.11.19完読

 山本 一力(やまもと いちりき、1948年生まれ58才)。
1997年に『蒼龍』でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。
2002年には『あかね空』で直木賞を受賞。
他に『大川わたり』など、多くの時代小説がある。

 永吉 妻おふみ 長男栄太郎 次男悟郎 長女おきみ 悟郎の嫁おすみ

 南禅寺の前の老舗豆腐店平野屋で、20年の修行をした永吉が、
その蓄えを元手にして、江戸の深川に小さな京風の豆腐店(京や)を構える。
そこで同じ長屋の隣に住む、桶職人の娘おふみと知り合い結婚をする。

 江戸庶民の食卓に欠かせない豆腐、
うまくて安い豆腐を作れば必ず売れると考えていたが、さっぱり売れない。
それは江戸の豆腐は硬口の木綿豆腐であり、
永吉の作る京風の豆腐は柔らかい絹ごし豆腐であったためである。
良い豆と良い水を使い、
腕の良い永吉が端正を込めて作った<京や>の豆腐は
確かにうまくて、安かったが、
それでも長年親しんだ庶民の口には合わなかった。

 毎日大量の豆腐が売れ残り、
このまま行ったら店はつぶれると思ったおふみは、
必死で考え、良いアイデアをだす。
それは永代寺に豆腐を寄進することであった。
毎日寄進して、この味を覚えてもらえたら、
いつか定期的に注文をしてくれるのではとの腹づもりであったが、
それが見事にあたり、毎日200丁もの豆腐の注文を
取ることができるようになった。

 この幸運には相州屋が大きく関わっていた。
相州屋は永代寺の門前で豆腐店を構え、永代寺を得意先としていた。
それを<京や>に譲ったのにはわけがあった。

 相州屋の一人息子が4歳の時、近所のお祭りの人ごみの中で、
父親がちょっと目を放した隙に迷子になり、
それから長い間、必死で探したが見つからなかった。
(それは女壺振り師が、迷子になった子供を
そのまま連れ去ったためである。
その子は賭場で育てられ、成長して賭場を仕切る傳蔵親分となる。)

 その息子がもし生きていたら、永吉と同じ年頃であった。
相州屋の女将はなぜか永吉を自分の息子だと思い、
京やが店を出した日から毎日豆腐を買いに行って、
影ながら永吉を応援していた。

 相変わらず店売りはだめであったが、
永代寺に続いて、おふみが料亭に売り込むことができて、
順調に豆腐が売れ、商売として成り立つようになっていった。

 そんな時に長男の栄太郎が生まれる。
待望の子供ゆえ二人は大喜びし、大事に育てていたが、
栄太郎がまだ赤子の時、頭を剃っていたおふみが
手をすべらせて頭を切ってしまう。
さらにその声に驚いた永吉がつまづいて熱湯をこぼし
栄太郎は左手に大やけどをしてしまう。
おふみの母親の言うことを聞いて、冷やさずに
味噌を塗ったことから悪化し、栄太郎は命の境目を彷徨うことになる。

 栄太郎の命を案じたおふみがお不動さんに願をかける。
「もし、栄太郎の命を助けてもらえるなら、
これから先は栄太郎だけを大事に育てます」と‥‥。
その願かけのかいもあってか栄太郎は助かる。

 そこからは栄太郎を異常に可愛がるおふみがいた。
信心深いおふみは「願掛け」の誓いを破り、災いが降りかかることを恐れ、
子供を作らない決心をしていたが、
大切な両親の薦めもあって、次男の悟郎を産む。
不安であったが、いざ生まれると嬉しくて
産んで良かったとおふみは思った。

 心配していた災いもなくほっとしていたが、
しばらくしておふみの父親が、
酔って堀に落ちて死ぬという事故が起こった。
これをおふみは自分がお不動さんとの誓いを
破ったためだと思いこみ、深く悔いいっそう栄太郎だけを可愛がった。

 その後商売も軌道に乗り、平穏な毎日が続いていく。
母親の強い薦めもあって、長女のおきみを産む。
ところが今度はおきみの子守りをしていた母が、
大八車に引かれて死ぬという事故が起こった。
これもお不動様のたたりであると肝に銘じたおふみは、
なおのこと栄太郎一人を可愛がるようになる。
 
 そして栄太郎への溺愛とともに、永吉とのもめ事も多くなり
若い頃のおふみとは人間が変わってしまったようになる。

 甘やかされて育つ栄太郎を、
このままではダメだと考えた永吉は
おふみに相談せずに、木場へ奉公に出す。
納得のできないおふみであったが、
栄太郎を一人前にするためという永吉には逆らえず、しぶしぶ承知する。
しかしそれから毎日、栄太郎の顔見たさに木場に出かけるようになる。

 5年が過ぎ奉公から帰った榮太郎は、精神的に成長していた。
外回りは栄太郎、中の豆腐造りは永吉と悟郎が担当して、
京やは順調にいくかに見えたが‥‥。

 同業の庄田屋は欲深く狡賢い男であった。
京やが寺や料亭に手を広げ繁盛していくと、それをねたみ
奸計をめぐらして京やを手に入れようとねらっていた。
永吉の代わりに同業の寄り合いに出てくるようになった栄太郎を、
色町へ連れて行ったり、賭場に連れていくようになった。
同業とのつき合いはないがしろにできないと考えていた栄太郎は、
庄田屋の誘いをむげに断れなかった。

 そして人間とは弱いもので、いつしか栄太郎は「カモ」にされ、
大きな借金を賭場に作ってしまう。
その取り立てのためヤクザからおどされ、
しかたなしに庄田屋に証文を入れ金を借りる。
その証文には、<金が返せなければ、京やを渡す>とあった。

 賭場への借金のため、栄太郎は店の金を使い込む、
それを知った永吉は怒って勘当をするが、
そのことも原因して、その後すぐに永吉は死ぬ。

 永吉の葬儀のため栄太郎が呼び戻され、
おふみの強い意志でそのまま京やに留まった。
しかし、賭場への出入りは相変わらずで、店のお金を使いこむ。
永吉がこれまでに必死で蓄えた店のお金も見る間に減って、
このままではどうにもならない状況に追い込まれて、
ようやくおふみも決心をする。
おふみは自分の金を栄太郎に持たせて、京やから追い出した。

 栄太郎はおふみからもらったお金で、
庄田屋にすべての借金を返し、証文も目の前で焼かせるが、
そこには罠が仕掛けてあった。
その後行き先のない栄太郎はおふみの幼なじみの政五郎
(木場の鳶の頭)の世話になる。

 心の蔵の病のため、おふみが危篤になる。
栄太郎に一目会いたがるおふみのために、
おきみが栄太郎を捜し、母の危篤を知らせる。
とるものもとりあえず家に駆けつける栄太郎。
そのかいあって、なんとか死に目に会うことはできたが、
栄太郎に会えたことで安らかにおふみは逝った。

 鳶として生きて行こうと決めていた栄太郎は、
政五郎の所の鳶と一緒に葬儀を仕切る。
葬儀の間中、自分と鳶に冷たい態度を取った悟郎とおきみを怒る。
そっちがその気なら母の遺言として、自分がこの家の跡を継ぐとまで言い出す。
これを聞いた政五郎は、双方の言い分を聞いてやり、
兄弟の仲を取り持つ。
話し合うことで、行き違いはお互いの誤解であると分かる。
そこで栄太郎は自分は嫁を取り、
鳶をやって行く、京やは悟郎に譲ると言う。

 これで一件落着かに思えたが、そこに庄田屋が傳蔵を後ろ盾にして
京やに乗り込んでくる。
それは栄太郎の書いた証文を偽造し、京やを乗っ取ろうとするためであった。
しかし、傳蔵は子分を使って京やを調べさせ、
その真面目な商売のやり方を見て、京やの味方となり、
逆に庄田屋をはめてしまう。

***************
 永吉のまじめな生き方、豆腐造りに対するひたむきさに惹かれて、
多くの人が集まってくる。
その人々の人情によって永吉は助けられ、京やも発展をして行く。
良い人の所には良い人が集まり、
悪しき人の所には悪しき人が集まる。
江戸人情話とはまさにこのことであり、
あの頃は人の誠が信じられる時代であった。

 そのため賭場の親分(ヤクザ)が全くの悪人でなく、
どちらかというと人情の厚い、
正義感の強い人として描かれているのが特徴である。

 この小説で一番驚いたのはおふみの変化である。
出だしからすぐに行動力、人情味、誠実さ、
永吉への深い愛情を持ったおふみのファンとなっていたが、
途中から大嫌いになった(>_<)。
それはまさしく信心の怖さである。

 母が子を思う気持ちを考慮したとしても、
栄太郎を思う気持ちは異常である。
栄太郎以外の二人の子は被害者であり、かわいそうであった。
そして、あれほど仲が良く、愛情が細やかであった永吉との仲も
見る影がないように変わっていく、そのことに怖さを感じた。

 勧善懲悪でラストのどんでん返しの見事さ。
ラストでいろいろな誤解が解けていく、
そのため最後まで飽きさせない。

 栄太郎を慕う悟郎、二人は二人のルールに則った上で行動していた。
しかし、父親は二人の関係を
悟郎を都合よく使う身勝手な栄太郎と見ていた。
しかしそれは誤解であったが、
見る人が偏見の目で見ると同じことが全く違ってくる。
これも怖いことである。

 良き文章、良きエッセーの基本形である、<起承転結>を、
この小説は見事に実践している。
 起‥‥永吉が江戸に出て豆腐屋を開く。 
 承‥‥おふみと結婚、二人の努力で京やが発展する。
 転‥‥栄太郎が生まれ、それに連れていろいろな不安材料がでてくる。
 結‥‥それをラストで見事に払拭して、ハッピーエンドで終わる。
 

  

 

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