ビタミンF

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ビタミンF(重松清)


ビタミンFとは中年のお父さんが元気になるようにとの思いで書かれた短編集です。私はFとはファイトのFではないかと思っています(笑)。中学生の娘が万引きをし、その原因が高校も行かず、プロのボーダーになる不良少年とつき合っていることがわかり、父親がそれをどう感じ、どう行動したかを描いた<パンドラ>という作品が面白かったです。

 

 つき合っている男については娘を信じるしかないとわかっていても、自分の娘が思うようにならなくてイライラする父親の孝夫(まるで昔の私のようです……)。仕事人間を反省して、たまに食卓で娘と相対すれば、思わず娘を女としてみてしまい、嫌らしいと言われてしまう孝夫、立つ瀬がありません(笑)。

 

 自分が初体験の女性を覚えているから、妻もきっと同じだと考え、その男に嫉妬を感じる孝夫。単純で真面目で小心な男、まるで自分のことを言われているようです(笑)。

 

 <パンドラの箱>は有名ですよね。でも、恥ずかしながら、どういうものか詳しくは知らなかったのです。この小説の中で、パンドラの箱が次のように紹介されていました。ギリシャ神話で、パンドラは神の作った最初の女性である。「パンドラが天上から地上に持ってきた、ありとあらゆる悪の詰まった、決して開けてはならない箱。」インターネットで検索して、パンドラの箱はすべて開けられたのではなくて、<予見>という箱(将来が見える)のみ開けられなかった。そこで人間は<希望>をもって生きることができた。つまり、将来がわかると希望がなくなるわけです。

 

 孝夫は娘の万引きをきっかけにして、初恋の女性との再会を考えます。彼は、そのことを<家族に秘密がほしかった。>と言いました。でも、彼女は彼や家族にとってパンドラの箱なんですね、決して開けてはならない箱。「思い出って玉手箱みたいなものだから、開けない方が良いんです。」という言葉がうまく表現しています。ラストで、鍵が開かなくなって壊れた息子のオルゴールをもらって、そこに自分の夢を封印します。なかなかうまい終わり方です。

 

 人は生きていく上で、人には知られたくない秘密を持ちます。これはどんな人にもあることで、それがあるから生きていけるとも言えます。夫婦だからすべて話す、これは理想論で、できるだけそうすべきだと思いますが、相手が知らない方が良いと思うことは、秘密にすべきです。良く、結婚前の男関係を彼が聞くので、正直に話したら嫌われたという話を聞きますが、人間の心理を考えれば、当然のことです。新妻を抱くたびに前の男の亡霊が出てきたら嫌に決まっています。そもそも、そんなことを聞くことがナンセンスですが、聞かれたからと言って正直に応える方も困ったものです。世の中には、知らない方が良いこともあります。

  

 

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