火の粉

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 「火の粉」(雫井脩介)を読んだ感想です。

 冒頭で裁判長が判決を下すシーンが出てきますが、その裁判の状況を判事の目を通して描いています。それは、テレビなどでは見られない、秘密のベールに包まれたものだけに、興味深く読みました。

 一言でいえば、判事といえども人間である。感情を持った普通の人間であることがわかりました。自分の判断によって死刑が決まる。ヒョッとしたら、その判断は間違っているかもしれない、そう考えた時のプレッシャーは、ものすごいものです。いくら仕事とは言え、何で自分が……と思い、避けられるものなら避けて通りたいと考えるのが人情です。

 

 判決は3人の判事の合議制という形をとっているけど、その中心にいる裁判長の意志は強く、他の判事はそれに逆らうことはないと書いてありました。合議制そのものが責任逃れの形式的なもので、裁判長の機嫌をとるような態度は日本的なものだと感じました。判決が、裁判長の心証に影響されるということは、裁判が人間の手で行われる以上、絶対に避けては通れない問題なのでしょう。

 

 死刑を嫌がる裁判長が、一家3人殺しの男を無罪にします。その理由は、親しくつき合っていた家族を、自分が贈ったネクタイが気に入られなかったというだけの理由で激怒し惨殺したという曖昧な動機。さらに、警察の強引で熾烈な自白の強要。バットで殴られた背中の傷(自分ではつけることができないと思われる傷)が、冤罪の証拠だと裁判長は考えます。

 

 彼は仕事とはいえ、<死刑判決をだす>のは嫌だと考えています。今まで幸いにも死刑を言い渡すことがなかったことを感謝し、この裁判を後に退職し、大学教授の道に進みます。主な理由は、寝たきりの老母の介護ですが、あきらかに逃げています。重大な決断を避けることは、仕事ばかりでなく、家庭でもそうでした。決断をせずに、曖昧に人任せにすることが、この家族に起こる悲劇の源です。

 

 無罪判決を受けた「武内」は裁判長に深く感謝し、大学での仕事に協力をします。そして、ある日偶然のように、隣に引っ越してきます。彼の異常なまでの親切心は、裁判長の一家に大きな波紋を引き起こし、家族を引き離して行きます。次々に起こる奇怪な出来事が家族を確実に崩壊させていきます。はらはらドキドキの連続で、次に何が起こるか気になって、ページをめくってしまいます。意外な形の心理サスペンスとして、読み応えがありました。

 

 

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