ライフ  イズ  ビューティフル

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ライフ・イズ・ビューティフル(LIFE IS BEAUTIFUL) h13.1

監督:ロベルトベニーニ イタリア映画1998

ロベルトベニーニ ニコレッタ・ブラスキ ジョルジオ・カンタリーニ

99年アカデミー賞(主演男優賞、外国語映画賞、作曲賞)を受賞

98年カンヌ国際映画祭審査員グランプリ受賞

 

 
  イタリア系ユダヤ人のグイド(ロベルトベニーニ)は、友達と二人でイタリアの片田舎から都会へ、おじさんを頼って出てくる。おじさん(同じくユダヤ人)は、レストランを手広く経営し、グイドはそこの給仕として働く。そこで、なぞなぞ遊びの好きな、ドイツ人の医師と知り合う。(彼は、後で重要な役回りを果たす)グイドは、その町の小学校の教師ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)に一目惚れし、彼女の気を引くために、奇想天外な出会いを演出する。彼女には町の有力者のいいなづけがいたが、それにめげずにグイドは、積極的にアタックした。そしていつしか彼女は、彼の優しさ、暖かさに惹かれていった。二人は結婚し、一人息子(ジョルジオ・カンタリーニ)が生まれた。家族はその町で小さな書店を開き、貧しいながらも愛のある、幸せな生活を送っていた。しかし、しだいに戦局は暗雲を告げ、イタリアでもナチスによるユダヤ人狩りが行われるようになった。そのため、ユダヤ人であるグイドと息子は捕らえられ、列車で強制収容所に連れて行かれることになる。それに気が付いたドーラは、自分はユダヤ人ではないのに、自分も家族と一緒に行くことを、ドイツ将校に強く訴える。(きっと彼女は、家族と離れて暮らすことは、死ぬ以上に辛いことと考えたのだろう。)希望が叶えられ、彼女も一緒に行くことができたが、収容所に着くと、非情にも男と女は分けて収容された。グイドは幼い息子を怖がらせないために、『これはゲームなんだ』と明るく言い聞かせる。『ここの生活を我慢し、いい子でいると、その褒美として点数がもらえ、その点数によって優勝が決まる。その優勝者には、本物の戦車がもらえると……。』明るく、ユーモアたっぷりに、子供に嘘を突き通す、グイドの優しい心使いは涙を誘う。収容所では、ドーラに自分達の無事を知らせるために、ドイツ兵の隙を見つけて、放送で二人が無事であること伝えたり、子供は見つかるとガス室へ送られるため、見つかると減点になると、息子を納得させ、かくれんぼのように隠したりした。乏しい食事と過酷な労働のため、グイドは衰弱し、死にそうであった。そのグイドを救ってくれたのは、おじさんのレストランで知り合った、ドイツ人の医師だった。彼は、ドイツの軍医であり、彼の配慮でドイツ将校クラブの給仕になる。これで救われたと自分の幸運に感謝するが、軍医の目的は謎かけの相手であり、グイドを助けるつもりは全くなかった。それを知ったグイドはがっくりと肩を落とす。

 ある日、収容所は撤収を始めるドイツ兵で大混乱であった。その状況を見てグイドは、戦争が終わったことを確信する。グイドは、収容所の兵士があわただしく行き交う中、息子をゴミ箱の中に隠し、必死でドーラを捜す。しかし、ついにドーラを見つけることができず、ドイツ兵に捕まってしまう。連行される姿をゲームであるように息子に見せるために、息子の隠れるゴミ箱のそばを通る時は、手を大きく振り、足を大きく上げておどけて通る。(この表情が悲しく涙を誘う)そして、物陰に連行され、あっけなく殺されてしまう。父が殺されたことを知らない息子は、ドイツ兵がすべていなくなった後も、しばらくゴミ箱の中にじっとしていた。あたりが静まり人の気配がしなくなったのを確かめ、息子は外に出た。そして、収容所の解放のために来た、アメリカ兵の戦車に乗り帰宅する。その途中母と巡り会うが、父が死んだことは知らない。命を犠牲にして、自分を守ってくれた父を彼は、誇りに思うだろう。

 


◎ ナチスの強制収容所での生活を、こんなに明るく、ユーモアを持って(悲しいユーモアだが……)描いた作品を知らない。この映画から、どんな苦しい時でも、辛いときでも、積極的に前向きに生きていくことの大切さを教えられた。人生は美しい、そして人生を美しくするのも人の気持ちしだいだ。

◎ 母親が、自分の命や安全よりも、家族と一緒に生きたいと願う、そんな家族のきずなの深さに感動した。また、父も自分の命を犠牲にしても息子を守る。私もこんな家族を作っていきたい。

◎ 主人公のように、過酷な運命に会った時、果たして自分に何ができるか?真剣に考え させられた。

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