フィールドオブドリーム
「お前が作れば彼は来る」「彼を癒してやれ」「最後まであきらめるな」この不思議な神からのお告げともとれるものは、実は全ては自分の心から出たものでした。心の奥底にしまわれた遠い昔の、自分の父への悔悟の念であったわけです。それを実現するためには、トウモロコシ畑を野球場にするという、無謀とも言える夫の行動、それを心から理解し賛同するやさしい妻。そして、寄り添う可憐なむすめ。愛とはすばらしいということを気づかせてくれ、心が温かくなる映画でした。 少女が始めに見ます。それからケビン夫婦……。でも、見える人と見えない人がいる。それはどうしてなのか?妻の兄は最初は見えなかったけど、娘のけがをグラハムが直すのを見て途中から見えるようになります。私は子供が始めに見たというところにヒントがあるような気がします。純真な心、疑わない心を持つ者のみ見えるわけです。 全ての鍵はアクション(行動)を起こすこと。そこから何かが生まれる。<天は自ら行動を起こさないものを助けることはしない>そんなことを教えてくれた映画でした。 「父との和解」が中心テーマ。子供が成長する過程で、大なり小なりあること。父への反撥は野球を捨てることで決定的となる。父は大リーガーを夢みていて、途中で挫折する。その夢の実現を息子に託す。それを断ち切ることが父への最大の反撥。その決別の言葉がシューレウジョーを悪くののしることである。きっと父は、ワールドシリーズで、シューレスジョーが八百長試合をしたとは信じていなかった。そして、かれも心の底では信じていなかった。それがわだかまりとして心の奥底にあった。それを取り除くことが、すなわち、父との和解が彼の心に真の平和を導いてくれるものであった。 映画の中で、シューレスジョーが<天国とは?>の質問に<夢が実現している場所のこと>と言います。この言葉意味が深いですね。天国はあの世にあるわけではなくて、この世にもある。それは、その人の努力によって、勝ち取ることができるわけです。 <昔の自分に戻ってもう一度やり直せたら。>これは誰でも思うこと、でもそれができないのが人生。できないから人生はすばらしいと言えるかも。たった一度の人生だから、頑張れる。 <死ぬと自分の一番輝いていた時に戻る。> この映画だけなんでしょうが(笑)。年老いて死んでも一番輝いていた現役ばりばりの時に戻っている。もしそうなら、死後の世界も楽しいのですが……(笑)。 この映画の中心テーマは、親子の和解ですが、もう少し違った面で、この映画を見つめて見ました。 60年代の進歩的なアメリカを生きて、時代を作ってきた、ケネディ、キング牧師は暗殺され、そして、テレンスマンは意欲を失っている。 そんな過ぎ去った良き時代のアメリカから、現実は保守化され、進歩的な輝きがなくなった。もう一度、昔へ帰れ、良き時代へ帰れ。こんなことを言っているような気がしました。それは、体育館での悪書追放集会でのシーンからです。気持ちがスカッとしましたね(笑)。 ラストシーンが感動的ですね。みんなが野球場を目指してくる、その車のライトの列が綺麗でした。皆が求めているもの、それは幼いころの思い出、純真な心。それを取り戻したいと思う人は、野球場にきて、それを見て、それに立ち返るわけです。 |