男たちの大和

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1230日に半田コロナで「男達の大和」を見てきました。暮れの忙しい時に、映画にくるような暇人はいないからガラガラの映画館を想像して行きましたが、そんなことはないですね(笑)、2/3くらいの入りでこの映画のヒットを予感させました。

 戦艦大和は少年時代の私の憧れでした。あの当時貸本というのがあって、劇画漫画をよく借りていました。好きなのが忍者ものと、武芸者もの、そして戦争ものでした。そんな私にとって、世界1の戦艦大和は憧れの存在であり、なおかつ、悲劇の主人公でもあります。

 私は戦争映画は見ません。始めから悲しくて泣ける映画や、重い映画は避けています。よほど調子が良くて、見てもいいと思える時でないと……。見てからしばらく立ち直れなくなります(笑)。そんな、映画を見ようと思ったのは、湯のカキコを見たためです。

 この映画、泣くとわかっていましたから、最初からハンカチを手に持っていました。でも、そのハンカチが涙と鼻水でべとべとになりました。こんなに映画館で泣いたのは久しぶりです。

 戦争の悲劇は別れにあります。恋人との別れ、妻や子供との別れも、涙を誘いますが特に母親との別れは涙を抑えることができません。15歳の男の子が、やさしい母親と別れるシーンは、胸の奥から嗚咽がこみ上げるように涙があふれます。<国のために死んでくる>という息子の言葉に<生きて帰って来て>の母の祈るような言葉が重なります。

 最後に長渕剛のエンディング曲が流れます。映画が終わり、出演者の名前が流れる中でエンディングの曲を聴いて、さらに涙がこみ上げてきたことは初めての経験です。彼の感情を込めた歌い方に、映画の感動シーンがオーバーラップします。その曲に合わせて回想シーンを入れるという手法も良かったです。ほんとうに最後まで感動させてくれました。

 大和の全長は約300mで高さはビルの15階に相当し、乗組員は3000人だったそうです。戦闘のシーンは迫力があり、壮絶で悲しいものでした。

 沖縄旅行で見学した、ひめゆりの塔と沖縄戦の悲惨さ、現状の沖縄が重なって一層感動的でした。

 今から60年前、海底深く沈む大和の姿。その沈んだ地点まで行きたいという娘、彼女は大和の乗組員の娘で、戦争のことを何も話さない父のことを、知りたいと願っていました。 片道15時間もかかるその地点まで、行ってくれるという船長を、やっとの思い出見つけるとその船長は彼女の父親の部下だったことがわかり、一気にその時代にタイムスリップします。そんな手法が、タイタニックに似てるなあ〜と思って見ていました。

 大和の出陣は、沖縄への米軍の上陸が始まった頃、すなわち日本の敗戦が明らかになった時です。片道の燃料しか積んでいない大和、飛行機の援助もなしの単独の戦い。それは、負けるとわかっている戦い死ぬとわかっている戦いです。

 当然、なんのために我々は死ぬのかとの疑問がわいてきます。それに対する答えが「負けて目覚める」長州藩や薩摩藩が英国と戦争をし、こてんぱんに負けて、国力の差を感じ近代的な武器を取り入れ、国力を充実させて倒幕の原動力になりました。それと同じように、この戦争に負けて国が生まれ変わるためにの捨て石になる。

 この死の境地は、武士道に通ずるものがあります。死ぬことを覚悟した男の潔さ、強さがあります。

 

 

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