赤い鯨と白い蛇

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赤い鯨と白い蛇 h19.2.21

「赤い鯨と白い蛇」を安城コロナで見てきました。

 まず、この映画の題名、何を意味するのか?映画を最後まで見ればそれとなくわかるのですが、なんとも不思議な題名です(笑)。

 この映画、見た後からじわりじわりと良さがわかってくるそんな映画です。良さと同時に、その意味することの深さもわかってきます。

 映画そのものは、淡々と描かれて、特に変化のないストーリーで感動して涙がこぼれるということはなかったです。でも、役者がうまいから、じっくりと見入ってしまい、画面に吸い込まれるように、集中をしてしまう映画でした。

 監督の「せんぼんよしこ」は78歳。テレビの世界では名演出家として有名だそうですが、映画監督はこの映画が初めて。撮りたい思いをためてきただけに、その熱き思いがヒシヒシと伝わってきました。主人公のおばあちゃんと同じくらいの年齢だから、
体験がダブる所があったのでしょう。

 間違っているかもしれませんが、テレビドラマ的な手法の映画だと思いました。ほとんどが茅葺きの古い民家の中での出来事で、小津安二郎監督作品のような、なつかしい感じがしないでもなかったです。

 登場人物が女性だけというのも珍しい映画です。昨今、女性映画と言われるものも少なからずありますが、女性しか登場しない映画を見たのは、私は初めてです(笑)。(男は姿だけで顔を見せずに、見る側の想像力をたくましくさせています。)

 主人公の雨見保江(香川京子)が、孫娘(宮地真緒)に連れられて、長男の家に同居するために旅行することから、この物語は始まります。初期段階の認知症である保江は、娘夫婦と同居していましたが、娘が亡くなった後の家に居づらくなり、この先々のことも考えて、長男に世話になることを決心し、孫娘に長男の家まで送ってもらう旅でした。

 保江はかねてから、気になっていた<約束>があり、認知症の自分が、過去のことを忘れてしまう前に、その約束を果たしたいと思っていました。

 その最後のチャンスと思い、この旅の途中で、戦争中に疎開していた千葉県の館山に寄って、その<約束>を果たそうとします。ただ、どんな約束であったかは、覚えていません。

 その約束を果たすことは、これから先、自分が新しい場所で生きていくために、
どうしても必要なことだと思っていました。

 それを思いだし、約束を果たすために、15歳の時に疎開をしていた家を訪ねます。
その大きな茅葺き屋根の旧家には、光枝(浅田美代子)が小学生の娘(坂野真理)と、二人で暮らしていました。

 彼女の夫は、婿養子で姑と仲が悪くて蒸発をしています。姑が亡くなったので、帰ってくるのではと期待をして待っていたのですが、帰ってこない、でもいつか帰ってくるのでは……。そんな、中途半端な気持ちが光枝は嫌でした。そこで、その優柔不断を断ち切るために、一緒に住んでいた、古民家を取り壊すことにしました。

 人の良い光枝は、保江の約束を思いだすために協力し、家に泊まることを快く引き受けます。そんな時、以前住んでいた美土里(樹木希林)が、突然家出をしてこの家にきます。彼女はサプリメントを言葉巧みに高価で売りつける詐欺師でした。そして、奇妙な女5人の同居が始まります。

 光枝は家出した夫を待っています。ただ、家出した夫の理由は姑との関係だけでなく、なんでも正しいことを言い張る彼女の性格にもよると美土里は分析をします。
つまり、不幸をつくっていたのは彼女自身であったわけです。

 香川京子(76歳)。随分久しぶりに見ました。年を取ってしわが増えたけど、上品な感じは変わらない。絶対に、76歳には見えません。認知症のおばあさんの役を見事に演じていました。安心して見られるのは、さすがです。

 樹木希林(64歳)。彼女が登場してから、映画がぱ〜〜と明るくなったのはさすがです。毒舌で毒を一杯はいているけど、小心で、やさしい女性。「幸せになるサプリメント」がほしいという言葉印象的でした。

 浅田美代子(51歳)。<時間ですよ>のアイドル時代から、離婚してバライティの世界に入り天然キャラが人気を呼んでいますが、演技力がこんなにあったのかとびっくり。ひょとしたら、この作品でアカデミー賞の助演女優賞にノミネートか?

 この映画は反戦映画です。ただ、声高に戦争反対と言うのではなくて、間接的というか、保江の<約束>を果たすという行為でそれを伝えています。
それが、かえって心に残り浸みてきます。

 彼女の約束とは、15歳の時に疎開先で知り合った、海軍少尉との思い出でした。
おそらく彼女にとっては初恋だったと思います。ただ海軍少尉が初恋であったかはわかりませんが、お手玉が彼の遺品の中にあったことを考えると好意をもっていたことだけは確かです。

 疎開先であった館山は、海軍の基地であり、海軍特攻隊回天の基地でもありました。

 戦争が終わるのがそう遅くはないと気がついていた彼は部下が脱走するのをかばうような形で殺されます。その彼の遺品を父が預かり、防空壕の中に隠します。龍神の下に隠したとの父の言葉だけが頼りでした。

 この疎開地にきて彼女はだんだんとその頃のことを思いだして行きます。そして、彼の遺品を詰めた箱も見つけます。

 二人で海を見ながら、彼は言います。「自分に正直に生きてほしい」と……。彼女は、彼のことを忘れないと約束します。その「約束を忘れたら、彼は2度死んだことになる」印象的な言葉です。

 若くして死んでいった兵士がいたこと、それを忘れずに覚えていること、それが彼らの供養であり、生きた証です。

 「覚えていることは生きていること」法要は生者が死者を忘れるための儀式だと聞いてことがあります。7日ごとの法要、一周忌、三周忌……とだんだんと期間を長くして忘れて行きます。

 大事な人は永遠に忘れられず、その人の心の中に生きています。最後に、理香が保江に「おばあちゃんのこと忘れない」という言葉これによって、保江の思いは引き継がれて行きます。

 忘れないとは、戦争の体験を忘れないにも通じます。我々の役目として、次の時代に戦争を伝えていく使命があります。命を受け継いで行くと同時に悲惨な体験も受け継いで行きます。

 もう一つのテーマは「生きる」ことです。ここの5人の女性、それぞれに問題は持っていても、生きています。いや生きていかざるを得ないのです。悲しみを抱えたまま、辛さに耐えたまま日常を生き、命を受け継いで行く。そんな女性のたくましさを見せてくれた映画です。男なんて必要ないというような……(笑)。

 赤い鯨とは、その特攻基地では秘密上潜水艦のことを鯨と言っていました。海に沈む赤い夕日に向かっていく潜水艦は赤い鯨のようで、哀しさがあふれる映像でした。

 そして、白い蛇。白い蛇は家の守り主として大事なものとされてきました。今回の映画は、古い屋敷に引きつけられるようにして来た女たちその守り神であると同時に、
保江にとっては海軍少尉そのものだったのでしょう。 
 

 

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