源氏物語

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源氏物語  h23.12.10 半田コロナ

 朔的には☆は3つ半(70点)で、お勧めです(*^_^*)。

 絢爛豪華な平安絵巻を、映像で見事に描いていました。
 その当時の庶民の生活がどうであったかは別にして、
少なくとも平安時代は、天皇を中心に
一部の公家社会は繁栄をし、質の高い文化があったことは確かです。
それは、「源氏物語」という恋愛小説が書かれ、
それを読むゆとりがあったことからも証明されます(*^_^*)。

 いつか「源氏物語」を読もうと思って
ついに叶わないでこの年まできました(^^;)。
でも、この長編小説を本で読もうとすれば大変なことで、
たとえ現代かなづかいに直したものであっても、
相当の時間と努力が必要です。
それが映画となると、2時間でおおよそのことがわかるのですから、
ものぐさな私には大いに助かります(*^_^*)。

 この映画は、「源氏物語」をそのまま描いたものではなく、
作者の紫式部に光をあて、なぜ彼女が「源氏物語」を書くことに
なったのか、その謎を解き明かしています。
そこには、時の権力者藤原道長への思いがあり、
それを描くための道具として、彼女の作品である源氏物語が、
描かれています。

 紫式部は、平安時代中期の女流作家、歌人です。
生没年とも不明で、いろいろな説がありますが、
大体、970年〜1031年頃かと思われます。

 藤原道長(966年〜1028年)は平安中期の公家で、
<この世をば わが世と思う 望月の 欠けたることも 
なしと思へば>
(この世は、自分のためにあるのだから、
望月(満月)が欠けることもない)
という傲慢な歌を詠みました。
しかしそれほど、この時代は藤原氏が全盛の時で
道長は天皇の力を凌ぐほどの権力者でした。

 Wikipediaに、<文学を愛好した道長は
紫式部などの女流文学者を庇護し、
内裏の作文会に出席するばかりでなく
自邸でも作文会や歌会を催したりした。>
さらに、<「源氏物語」の第一読者であり、
紫式部の局にやってきては
いつも原稿の催促をしたといわれている。>の
記述があります。

 また、平安時代の陰陽師である安倍清明(921年〜1005年)は
紫式部と道長とほぼ同じ時代を生きていたわけで、
この3人が一緒にいたということは、
全くの根拠のない話ではなさそうです。
 

 

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