利休にたずねよ

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 レンタルで<利休にたずねよ>を見ました。

 秀吉の茶道の師まで昇り、飛ぶ鳥を落とす勢いであったが、
秀吉の怒りを買って、切腹を命じられた千利休の話です。

 最高権力者におもねることなく、自らの信じたもの
<美>をひたすら追求していく姿が、凛々しく感じられました。

 切腹は、秀吉の朝鮮出兵に反対したことが
直接の理由と言われていますが、
利休の人気が、自分を凌ぐのでは?との恐れを感じ、
今の内にそれを絶ったというのが、実際の理由であると、
この映画では語っています。

 太閤記は大好きですが、
晩年の傲慢な秀吉は嫌いです。
周りが見えなくなり、独りよがりな哀れな老人を強く感じます。

 なぜ利休が朝鮮出兵に反対したか?
その理由が若い頃恋をした高麗の姫によるものである、
そんな穿った見方が物語に色を添えます。
まあ、本当にそんな話があったかどうかは別にして、
その悲恋が<美>を追求する利休の源泉であるという
説明は、なかなか説得力があります。

 再任用も今年度で終わり、
本当の定年を迎えます。
職について40年、紆余曲折はあったものの、大過なく終わり、
つくづくよく働いたものだと、自分に感心しています。

 そんなわけで、ぼちぼち片づけをし、
フェイドアウトのための整理をしていたら、
以前買った、NHKの100分deで名著<武士道>
のテキストが出てきたので、懐かしくてそれを読みました。

 この本は、新渡戸稲造の<武士道>を解説したものです。
現代日本人の資質や行動様式の根底には
<武士道>の精神が脈々と流れていて、
それを意識せずに、自然のものとして受け入れています。

 自分の考え方や行動規範を考えると、
なるほどと思うことが多々あり、大変興味深く読むことができました。

 その中に、切腹のことが語られています。
武士が罪を犯したり、何らかの責任をとる時、
斬首ではなく、切腹が与えられるのは名誉なこととされていました。
それは、切腹によって、武士の勇気を具現化し、
それを証明するものだからだそうです。

 <利休にたずねよ>では、利休は切腹をします。
それも狭い茶室で、介錯もできぬままに……。

 利休は商人の家に生まれ、茶人となりました。
だから、武士ではありません。
それなのに、あれほどの潔い死に様ができる。
そんな利休の死に様を見て、
日本人の根底には<武士道>の精神が流れていることを
実感しました。
 

 

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