今、新宿では...

           

 林立する高層ビルの下、膝をかかえて、じっとうずくまっている人々を見かけたことはありませんか?「ホームレス」と言われる路上生活者たち。バブルがはじけ職を失う人が増える中、新宿駅周辺では、またたく間に段ボールハウスが軒を並べていきました。

 現在、夜間の駅構内と新宿中央公園を中心に新宿周辺だけで700人前後の方が路上で生活しています。その多くは50歳前後の男性ですが、最近では女性や若者の姿も目立ちます。心身に何らかの障害を持った人も少なくありません。

 失業、病気、借金、離婚...様々な理由で家を失った人々は、他に行くあてもなく路上へとたどり着きました。ここでの生活は、賞味期限切れの弁当や残飯で飢えをしのぎ、雑誌を拾ったり、不安定な日雇い労働などで、わずかな金を稼ぐ日々。体を清潔に保つこともままならず、安心して体を休める場所もない、病気や栄養失調から死にいたる人も後を絶ちません。

「好きでやってる」とか「気楽でうらやましい」とか、私たちが垣間見た風景はそんな台詞と正反対のあまりにシビアな現実でした。

 
 
たまパト団...? 
         

 時間を共有することで見えてくることというのはとても多いのではないでしょうか。現場に行ってホームレスの人達の一人一人と話しをしてみよう、というのがたまパト団(たまごパトロール団)の出発点です。ゆで卵や飲み物などを分担して持って歩き、一個ずつ配ってゆきます。

「ゆで卵を持ってきたんですけど食べませんか」

 こんな声をかけながら体調のことや仕事の話など、いろんな対話をしていきます。そしてカゼ気味の人には薬を渡したり、時には救急車を呼ぶ場面もあったりします。

  若いメンバー中心なので、資金力も弱いし、大したことはできませんが、私達が一番重視しているのは当事者との対話です。

 より多くの人と一緒にホームレスの現実を知っていきたい。そして、単に食べ物を渡し、渡されるという関係ではなく、対等の人間関係をつくっていきたいのです。助けたり、助けられたり、教えたり、教えられたり、怒ったり、怒られたりというような…。

 ゆで卵片手に何かを感じ、いろんな事を考え、いろんな行動をしていきたい、そう思っています。

 

 今までにこんなこと...
              

1994年

  10月 新宿のホームレスに関心を寄せていた人達が、非政治・非宗教のボランテ ィアグループとして「新宿たまパト団」を結成。

1995年

  8月 新宿のホームレスの人達の「夏祭り」に散髪屋として参加。以後、毎年続く。

1996年

  1月 顔なじみのおじさん達が暮らしていた、新宿地下中央通路のダンボール村が、「動く歩道」工事に伴う強制撤去で、一夜にして喪失。
4月 箱根で合宿。朝まで徹底討論。

 12月 路上生活者にはあまりに厳しいこの時期、少しでも元気に過ごしてもらえたら。そんな思いで年末年始の3日間豚汁を作って配る「とんパト」を行う。以後、毎年続く。

1997年

  2月 「とんパト」時に調理場に使わせてもらった、「自立援助ホーム新宿寮」で卵ゆで始める。そこの寮生である10代の男の子達も、たまパトに参加するようになる。

1998年

  2月 約200人が暮らしていた新宿西口地下で火災。4名の命が失われる。たまパトは他のボランティアグループと協力して、荷物を失った人向けに200人分の下着などを配布。

  3月 NHKのテレビ番組「青春探検」の取材を受ける。

  4月 世田谷区内の児童館に来ている中高生が参加するようになる。

  9月 フリースクール英明塾の生徒達が参加するようになる。

1999年

  3月 野宿の人達と交流を深めるため「たまパトだより」という通信を配る。好評につき、持ち回りで発行を続ける。