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エクアドルの地図

 

エクアドル

photo'8.12.28〜´99.1.4まで辰夫さんとSISAYの故郷、エクアドルに行ってきまた 。初めての夫婦二人だけの海外旅行です。不安と期待の入り混じった気分で成田を出発! エクアドルへの直行便がないので、私達はシアトル〜マイアミ経由でキト(マリスカル・スークレ国 空港)に入りましたが一番の苦労は飛行機の搭乗手続きでした。ほとんど辰夫さんにお 任せでしたが、英語・スペイン語会話を勉強してくれば良かったとつくづく思いました。 シアトルは英語、マイアミはスペイン語でインフォメーションされるので、理解するのに 一苦労。ホテルや買い物でも四苦八苦。やはり言葉の壁は厚かった!
photoマイア ミからキトには夜中に到着。上空の様子は、マイアミビーチのダイナミックな夜景に比べ キトはシンプルで点々と明かりが見えます。飛行機を降りた瞬間心臓がバクバクして「ア レッ?」と思いましたが気にしない。(標高2800m )…いつもこんな感じで楽天家な私です。

 

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エクアドル滞在3日目。オタバロからキトに出掛けました。途中の山の景色がきれいですが、移動中の標高が3,000m以上あり辰夫さんは頭痛に悩まされていました 。(キトで高山病の薬を飲み少し楽になりました)キトは人口も車も多く都会です。ちょうど31日のお祭りの準備で賑わっています。車の屋根にはお祭りで焼き払われる人形が 乗せられていて人間と間違えてギョッ!とします。信号待ちしていると物売り(果物)の子供が窓までやって来ますが、車にひかれないかとハラハラします。旧市街地の中央独立 広場には独立記念像が建っています。広場近くにある高台の教会からキトの街を眺めると 山肌にぎっしり家々が建っています。

photo中心地では偶然フォルクローレの演奏をやっていま した。グループ中央にいる男の子はまだ14〜15歳位だと思います。大人に混じって一生懸命 チャランゴを弾いています。彼も生計を助けているのでしょう…。
オタバロでSISAYのメ ンバーと再会。みなさん、穏やかでのんびりとしたいい表情をしていました。 

 

photo12月31日(大晦日)は、エクアドル全土でお祭りがあります。オタバロでは、店先にその家の 主人に見立てた人形が飾られていて、植木の枝にビラのようなものがぶら下がっていまし た。ビラには、それぞれ一年間胸に溜まった不平不満が書いてあるとの事でした。この人 形と紙は、午前0時、新年を迎えると同時に焼き捨てます。どこか日本の厄払いの風習に似ていると思いました。 日本に戻って聞いた話なのですが、ルイスさんの家に飾ってあった人形は焼き捨てる前に 盗まれてしまったそうです。
'オタバロの標高は 2400m。 辰夫さんは、滞在中ずっと高山病で苦しんでいて気の毒で した…。

 

photo私達が困った事は、生活様式の違いでした。ホテルにはバスタブがありません。 シャワーもぬるま湯のうちはいいのですが水になってしまいます。シャンプーの最中に水 になってしまい「ひぇー!」と叫ぶこともたびたび。赤道直下とはいえ標高が高いので朝晩は冷えます。日中も汗をかくことはありません。体を洗い流すだけで十分なのでしょう 。日本の風呂の価値観とは違うようです。トイレではティッシュを流す事ができません。 これは、ティッシュが水に溶けない為だそうです。慌てて手を入れて拾い上げたことが何 回かありました!生活習慣がちよっと変わるだけでも大変なことだと感じました。


photoオタバ ロの治安はとても良いです。キトからオタバロに戻るとホッとしました。道を歩いていても皆さんに「オーラ!」と声を掛けられます。私達も自然と心がなごみます。 メルカー ド(市場)では、子供達が親を助けて働いています。生活の為、生きていく為の活力と同 時に自然体の人間性が伝わってきます。家族の絆、愛国心がとっても強くSISAYの心 安らぐ音楽の“みなもと”はこれだな!と思いました。


photoオタバロから車で一時間半の所にある「クイコチャ湖」と いうとても美しい湖に行って きました。4000年前の噴火でできた湖で、標高3100m。(辰夫さんは頭痛!) 深さ200m〜?。火山岩でできているのですが、岸辺には植物も生えているし動物もい ます。植物はあまり高さは なく大体1m位までです。動物はクイとネズミが多く、別名「ネズミの湖」と言われています。

 

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私は小さい頃から水恐怖症で船がだいの苦手です。抵 抗(?)したのですがボートに乗せられ湖を一周しました。水はとても澄んでいてきれい です。浅い所では、温泉が沸いていてプクプク泡がでていました。さわったけれど熱くは なかったです。ところで、魚が一匹もいないのです。不思議に思っていると、湖底に砂が ないので魚が産卵できないからだそうです。プランクトンもいないので魚の生存は難しい ようです。一度だけ、ボートのスクリューに藻がからんで動かなくなった時はちょっと心 配しましたが……。きれいな湖と回りの雄大な景色に見とれているうちに水の恐怖心など 吹っ飛んでしまい、身を乗り出している私を見て、辰夫さんが苦笑いしていました。
photo青い 空、雄大な山々。「あー、コンドルが飛んでこないかなー。」などと贅沢なことを願いな がら何度も何度も深呼吸をしてしまいました。今でも目をつぶるとパアッーと景色が広が ってきます。日々、時間に追われて生活している私にとってかけがえのない大切なひとと きでした。


「 クイコチャ湖」に向かう途中にキロガという村を通って行きます。車で走っ ていると突然目の前にロープが張られ思わず「危ない」と叫んでしまいました。見ると 、まだ3才〜5才位の子供達がボロボロの切れやすいロープを張って一台、一台車を止めてはお金や食べ物をねだっているのです。切れやすいロープにしているのは、もし車が止まらなかったら引きづられて危険だからだそうです。命がけのおねだりです。
ルイスさん は、お金をあげることはよくないのでお菓子を用意していました。途中、何回も子供達に 止められて、お菓子もすぐになくなりました……。
photoキロガでは、主にとうもろこしを作っ ています。大人が教育をうけていないので昔のままの値段で農作物を売っています。そして、子供達も教育を受けずに5才〜6才になると働かせられます。いつまでたっても暮ら しが豊かになりません。おねだりしている子供達はみんなキラキラした目をしていて屈託 がないのですが……。
ルイスさんが一番最初に私達夫婦を案内してくれた場所がキロガの 村でした。今の日本は教育社会のひずみが大きな問題になっていますが、豊かな社会を作る為には、「教育」が必要だと思います。ルイスさんの志に私達も賛同し小さな事からしかできませんが、できる限りの協力を約束してキロガの村を後にしました。

続いて、「サ ンパブロ湖」に行きました。回りの山の中腹まで家々が建っていて山の色がなんとも言え ない魅力的な深い色です。写真でお伝えできれば良いのですが…。


photo1999年1月1日 。ニワトリの鳴き声で目が覚め、早朝のメルカード(市場)を散歩しました。店の準備を始めている人達がいますが閑散としています。周りの山の雲(海雲)は下の方にあり標高の高さを実感しました。近くの家からサルサの曲が流れてきます。庭先で バーベキューをしているのか賑やかです。もう一軒、織物機の音と一緒にラテンリズムの 曲が聴こえます。(隣近所からの苦情がないのかしら?とちょっと心配)生活の中に音楽 があるってうらやましい。
二人だけで始めてレストランに行きました。注文をするのです がウエイトレスに言葉が通じません。お互いに「う〜ん。」スペイン語のガイドブックを指してやっと判ってもらえましたがチキンは丸ごと一羽。とにかく量が多くて食べ切れません。オタバロには、このレストランの他に現地の人達が行くメルカードがあります。


photo午後からルイスさんご一家と「赤道記念碑」に出掛けました。オタバロから車で約3時間。キトからは北に23Kmで車で 40分の所にあります。途中グワイジャ村で休憩。ここは山 に緑がなく砂漠地帯のように空気が乾燥しています。「砂漠の土地」と言われているだけ あって辰夫さんはのどがヒリヒリ!ルイスさんに薬を買ってもらい飲みましたが、頭痛・ のどの痛みと辛かったようです。チリモヤというフルーツは甘酸っぱくておいしく日本でも売っているそうです。事件がひとつ起こりました!?ルイスさんの妹のマティコさんが 車の天井に頭を打ちつけて大泣きです。実は、エクアドルでは車のスピードを抑える為道 路に土盛りがしてあります。スピードが出ていると車がジャンプをしてしまい危険です。
マティコさんにケガはありませんでしたが、しばらく運転手のルイスさんは怒られていま した…。
photo赤道記念碑は、地球の形の像が建っていて緯度0度を示し赤道は黄色の線が引 いてあります。天候は変わりやすく雲の動きが速いです。ここではCD(75000スクレ)コート(65000スクレ)を購入しました。コートはリャマだと言われましたがウール100 %でした!CDの方がコートより高いのには驚きました。また、ガソリンも高いそうです 。エクアドルの伝統料理はシンプルな味付けでしたがジャガイモがおいしかったです。こ の日はメンバーのアマドさんの妹ロシアさんも一緒でした。彼女は「自分の国は貧しくてもここに住んでいる人達は自分達の土地に誇りを持っています。」と話してくれました。 そして彼女はそんな状況の中でも、これからの夢をしっかり持っています。私は自分にで
きることを考え、これからの夢、目標をしっかり組み立てていこうと思いました。楽しく 充実した一日はあっという間に終わり、ルイスさんご一家に心より感謝いたします……。
短期間のエクアドル旅行でしたが、暖かく迎えていただいたオタバロの人達、貧富の差の中でもたくましく生活している子供達。私達の中では貴重な体験をさせていただきました 。


裏話を少しだけ…。
l私達夫婦はスペイン語、英語も話せません。成田〜マイアミ(泊)経由で行くはずだった のですが、成田で手続きするなりシアトル経由でマイアミ到着を聞かされました。係員に「大丈夫?」と聞かれましたが顔はひくひく。偶然、ベネズエラに行く日本人と一緒でし たのでシアトルではずっと後をついて行きました。搭乗手続きも四苦八苦。スチュワーデスさんに聞きたくても英語しか通じません。電子手帳片手にやっと書き終えました。  
私は飛行機の恐怖と戦っていましたのでほとんど辰夫さんが…。二日目。いよいよキトへ向います。実はこの時私にとっては一番大変な出来事がありました。マイアミ空港のインフォメーションはスペイン語です。ですから何を言っているのかわかりません。近くにオタバロの衣装を着ている女性が座っていたので彼女についていけば大丈夫!と安心していたのですが。いよいよ機内に乗り込んで一息ついた所で「あれっ、買って来たミネラルウォーターがないっ。」と気づいたのです。水がなければ生きていけない。取りに戻りたいのにスチュワーデスさんに説明しても降ろしてもらえないのです。多分、私は日本語でまくしたてていたと思います。(記憶にありません)  
機長が来てやっと理解してもらい水を取りに行きました。なんでもない事なのに水は命!の気持ちが強かったので今思うとおかしくなります。


photoメルカードでは子供達が親のかわりに店番をしています。可愛らしいのでついカメラを向けてシャッターを押した途端、「お金をください。」と言われました。日本の硬貨(10円)をあげたら喜んでくれました。子供達は屈託がなくたくましいです。この時にふと思い出したのですがサンパブロ湖に行った時、山の写真を撮っていたら近くにいたお婆さんが私に向かって大声でなにか言っていたのです。お婆さんは写真を撮るならお金を払いなさい!って言っていたんだなぁと気がつきました。写真を撮る時は相手の了解が必要ですね…。
生活様式の違いには時間がたつに連れて慣れてきましたが一番感じた事は、お風呂がないことです。お風呂につかる習慣がないので一日の締めくくりがなく何となく物足りなさを 感じました。
辰夫さんはずっと高山病が辛かったのにエクアドルにいる時は私に辛さを言いませんでした。クイコチャ湖や標高300m になると頭が割れそうに痛かったと言っていました。
もう少し優しくしてあげれば良かった…と思いましたがちょっと遅いかな?
エクアドルでは皆さんに暖かく迎えていただき感謝、感謝の旅でした。今度行く機会があ れば前回以上に吸収して来たい事が一杯あります