御嶽流神楽大会
 「岩戸開」。堂々たる手力男命の舞。

 大分県豊後大野市清川町宇田枝の御嶽山の山頂にある御嶽神社に伝わる御嶽神楽は、2007年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けた。
 社伝によれば、宝徳元年(1449)、十四代豊後国守、大友出羽守親隆(おおとも・でわのかみ・ちかたか)が薩摩(鹿児島県)の島津軍との戦に際し、日向(宮崎県)の行縢(むかばき)神社に必勝を祈願して、首尾良く勝利を収めることが出来たため、この地に神社を建立した。神楽は、その戦勝祝いの余興として始まったとされる。社殿は天正十三年(1585)正月十四日、キリシタンに改宗した岡城の志賀親次の配下とみられる進野肥前守に焼き討ちにされ焼亡してしまった、慶長九年(1604)に初代岡藩主、中川秀成(なかがわ・ひでしげ)によって再興され、代々手厚く保護された。そのことは、御嶽神社の紋所が藩主家と同じ「中川柏」であることからもうかがえる。
 現在行われている神楽は、御嶽神社の第十八代神主、加藤長古(かとう・ながふる=1739〜1814)が創始したとされている。舞には三十三通りあり、口伝によって伝承されている。この流れをくむ神楽は県内外各地に伝わっており、御嶽流神楽と呼ばれる。


 「岩戸開」。岩戸に手をかける手力男命。

「心化」。三柱の女神が登場する。

 「柴曳」での天児屋命。

御嶽神楽番組
「悠久に舞い継ぐ御嶽神楽」(芦刈政治著、清川村発行)より
番組名 登場神 特長
一番 五方礼始
ごほうれいし
東 久々能智神(くくのちのかみ)=木の神
南 迦具土神(かぐつちのかみ)=火の神
西 金山毘古神(かなやまびこのかみ)=金の神
北 弥都波能売神(みずはのめのかみ)=水の神
中央 波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)=土の神
烏帽子 装束・青
同上 装束・赤
同上 装束・白
同上 装束・黒
同上 装束・黄
 東西南北及び中央の神を祭祀し、社地を清め万民の幸を祈る舞。
二番 天沼矛
あめのぬぼこ
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
命面(白)
姫面
 伊邪那岐命、伊邪那美命が国土を固める物語の舞「随神(ずいしん)ともいう。

<神文>
 高津伊邪那岐命、天津伊邪那美命、二柱の神
 淤能碁呂(おのころじま)に於いて、八百万の神々を生みたもう。
三番 誓約
うけい
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
須佐之男命(すさのおのみこと)
御供神 一
御供神 二
姫面
命面(白)
丸毛
同上
 父、伊邪那岐命に海原を支配するよう命じられた須佐之男命が天安河原(あめのやすのかわら)で天照御大神と誓約をする物語。
四番 心化
しんか
天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
多紀理毘売命(たきりびめのみこと)
狭依毘売命(さよりびめのみこと)
多紀都比売命(たきつひめのみこと)
天之菩卑命(あめのほひのみこと)
天津日子根命(あまつひこねのみこと)
活津日子根命(いくつひこねのみこと)
熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)
荒神面
姫面
姫面
姫面
毛頭
毛頭
毛頭
毛頭
 誓約(うけい)で生まれた諸神が、人々の悪心を善心に変えることを誓う舞。

<神歌>
一番 千早振る ここも高天原の 原なれば 集まり給へ 四方の神々
二番 伊勢も神 熊野も神の祖(おや)なれば 伊勢こそ神の 初めなりけり
五番 五穀舞
ごこくまい
須佐之男命(すさのおのみこと)
大気都比売神(おおげつひめのかみ)
御供神 一
御供神 二
御供神 三
御供神 四
命面

網伐烏帽子
同上
同上
同上
 須佐之男命に斬り殺された大気都比売神の死体から五穀などを得る「五穀起源」の舞。「緑の糸」と称することもある。

<神文>
 哀しきかな、悪しきかな 汚(ちち)の口より、吐(たぐ)るる物をもて 我こうびけんや
六番 綱武
つなたけ
須佐之男命(すさのおのみこと)
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
命面(赤もしくは白)
翁面、幣
翁面
翁面
道化面
 須佐之男命が天照大神の機屋で乱暴するのを八百万神々が防ぐ物語。
岩戸開
いわとびらき
思金神(おもいかねのかみ)
天児屋命(あめのこやねのみこと)
布刀玉命(ふとだまのみこと)
天手力男神(あめのたぢからおかみ)
天宇受売命(あめのうずめのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
荒神面(赤黒)
翁面
翁面
荒神面(赤)

姫面、大鈴
姫面、鏡
 八百万神々が、天岩戸に隠れた天照大神を外に連れ出す物語。

<神文>
 天照大御神は天の岩戸に籠りたもう 世は常闇となり 夜昼の相変わることなく そのとき八百万神達 天の安河原に 相集いに集い来て その祈るべき様を はかりたもう

<神歌>
一番
 千早降る ここも高天原の 原なれば 集まりたまえ 四方の神々
二番 榊葉に 木綿垂(ゆうしで)つけて 誰が世に 神の社と 祝いそめけん
三番 岩戸の前の たまつばき 開いてみれば あな面白や
四番 千早振る 神に御神楽 無かりせば 天の岩戸は 開かざらまし
八番 綱母
つなのは
天服織女(あめのはとりめ)
八百万男神(やおよろずおとこかみ)
姫面
道化面
 機屋で神に捧げる衣装を織る天服織女(あめのはとりめ)の舞。「神衣織(かむみそおり)」ともいう。
九番 柴曳
しばひき
布刀玉命(ふとだまのみこと)
天児屋命(あめのこやねのみこと)
烏帽子
荒神面(赤)
 天照大神を天岩戸の外に連れ出すため、天児屋命が天香具山の榊を根こそぎにして、御統(みすまる)の玉、八咫鏡、幣などを取り付け、天岩戸の前に立てる物語。
十番 神逐
かみやらい
須佐之男命(すさのおのみこと)
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
命面(白)
毛頭
同上
同上
同上
 須佐之男命が八百万神から高天原を追放される物語。
十一番 八雲払
やくもばらい
須佐之男命(すさのおのみこと)
足名椎(あしなづち)
手名椎(てなづち)
櫛名田比売(くしなだひめ)
命面


姫面
 高天原を追放された須佐之男命が八俣大蛇(やまたのおろち)を退治する物語。

<やりとり>
 汝(いまし)達は、はたすや、何の為にかく泣くや。

 命に答えて申す。これやつかれは国津神なり。我が名は足名椎、我が妻は手名椎と申す。この少女(おとめ)はやつかれが子なり。名を櫛名田比売と申す。泣く故は、我先に八人(やたり)の少女をもちたまえば、年毎に八俣が大蛇(おろち)が為に呑まれき。今また、残りの少女も呑まれなんとす。呑まるるに逃るるによしなし。これ故痛み申す。

 然らば、まさに女(むすめ)をもって吾に奉らんや。

 詔のままに捧げ奉る。須佐之男の大神(おんがみ)に。

 然らば吾謀り申す。八塩折(やしおおり)の酒を醸(か)みあわし、桟敷(さずき)八間(やま)を結いて酒を盛りもって待ちなば、果たして大蛇、八尾八谷の間を這え渡り、頭各々一つの酒船に落とし入れ、呑み終えて眠らむその時、吾腰に佩(は)えたる十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、ずたずたに退治(たいぜ)んと申す。

<神歌>
 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みの 八重垣作る その八重垣を
十二番 返矢
かえしや
高御産巣日神(たかみむすびのかみ)
天若日子(あめのわかひこ)
天之菩卑神(あめのほひのかみ)
御供神 一
御供神 二
荒神面(赤または白)
網伐烏帽子
同上
毛頭
同上
 天照大神が使命を果たさない天若日子を倒す物語。別名「神使(みつかい)」ともいう。

<神文>
 高御産巣日神 皇御孫邇邇芸命(すめみまににぎのみこと) 天降し給うに 豊葦原の中つ国へ あさるびの輝く災い成す 悪しき神より これを鎮めんが為 天の若日子に 天の鹿児弓 天の羽羽矢を 授け給う。
十三番 高御座
たかみくら
高御産日神(たかみむすびのかみ)
天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)
天鳥船神(あめのとりふねのかみ)
大国主神(おおくにぬしのかみ)
御供神
命面(赤または白)
荒神面(赤)
毛頭(丸毛)
同上
毛頭(道化毛)
荒神面(赤)
 大国主命が天照大神に葦原の中つ国を譲る物語。「天皇位(てんこうい)」「天皇遣(てんこうけん)」ともいう。

<やりとり>
 高御産巣日神、皇御孫邇邇芸命天降し給うに、豊葦原の中つ国へ、あさるびの輝く災い成す悪しき神よりこれを鎮めんと、誰(た)を遣わさばこれおけんや。

二神 あに、経津主(ふつぬし)の神、一人ますらおにして、あす、かれ、ますらおに非ずや。

 石析(いわさく)、根析(ねさく)は神の子、石筒之男(いわつつお)、石筒之女(いわつばめ)あれませる子、経津主の神使い、これおけんや。

二神 しかれども、いさい、ますらんや、否や。

 汝(いまし)もって、あに経津主の神を副えて向けしむ。

二神 天照大御神の詔を受けて、汝二柱の神は天降りたもう。国土の主は、日の神の子孫、天津日子邇邇芸命急ぎ渡し奉らんや。

道化神 我が子事代主神(ことしろぬしのかみ)に問うて、しかる後、還言(かえりごと)を申す。
十四番 天孫降臨
てんそんこうりん
邇々芸命(ににぎのみこと)
天児屋命(あめのこやねのみこと)
布刀玉命(ふとだまのみこと)
猿田毘古神(さるたびこのかみ)
天宇受売命(あめのうずめのみこと)
思金神(おもいかねのかみ)
天若日子
(あめのわかひこ)
翁面
烏帽子
同上
猿田面(赤)
姫面
荒神面(赤黒)
網伐烏帽子
 天孫邇邇芸命が高天原の御座(みくら)を離れ、葦原の中つ国に降臨する物語。
十五番 貴見城
きけんじょう
火照命(ほでりのみこと)
火遠理命(ほおりのみこと)
火須勢理命(ほすせりのみこと)
塩椎神(しおつちのかみ)
綿津見神(わだつみのかみ)
豊玉毘売(とよたまびめ)
玉依毘売(たまよりびめ)
鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
荒神面(赤)
荒神面(赤黒)
荒神面(赤)
猿田面
毛頭(丸毛)
同上
同上
同上
 海幸彦(火照命)と山幸彦(火遠理命)が互いの猟具を交換して禍福を得る物語。「幸換」の別名がある。

<神文>
一番 榊葉に 木綿垂(ゆうしで)つけて 誰が世に 神の社と 祝いそめけん
二番 喜びに 喜びを重ぬれば 共に嬉しき 神の名と知る。
十六番 綱伐
つなきり
須佐之男命(すさのおのみこと) 綱伐烏帽子
 「八雲払い」から特に一番を設けて、素面、軽装で舞う。「綱切」とも「小綱」ともいう。

<神文>
 かけまくも、畏き当社うずの広前において、当村より当社へ、諸般円満願成就の為、綱伐の御神楽を奏し奉る。あやにあやに恐れみも慎み敬って申す。

 そもそもこの綱の呪文に曰く、国津神一世の初め、須佐之男仕業甚だ悪しきによって、今、天照大神は、この世に再びを日を照らさんやと、天が岩戸にさし籠らせたもう。そのとき、世は常闇となるなり。時に、須佐之男命に罪を仰じ、遠くは根の国へ追いやりき。命、清々しくも天降り給へば、出雲の国簸の川上に辺り、いまし川中に一人の少女(おとめ)を据え置き、かき撫で啜り泣く声あり。命、かの声尋ね行き、問うて宣わく。「今、汝達は誰ぞや、何の為にかく泣くや」。命に答えて申す。「これやつかれは国津神なり。我が名は足名椎(あしなづち)、我が妻が名は手名椎(てなづち)と申す。この少女は、やつかれが子なり。名を櫛名田比売(くしなだひめ)と申す。泣く故は我先に八人の少女を持ち給えば、年毎に八俣が大蛇が為に呑まれき。今また残りの少女も呑まれなんとす。呑まるるに逃るるによしなし。これ故痛み申す」「然らばまさに女(むすめ)もって、吾に奉(はか)らわんや」「詔(みことのり)のままに捧げ奉る、須佐之男の大神に」「然らば吾謀(はか)り申す」。八塩折(やしおおり)の酒を醸(か)みあわし桟敷八間(さずきやま)を結いて酒を盛りもって待ちなば果たして大蛇、八尾八谷の間を這え渡り頭各々一つの酒船に落とし入れ、呑み終えて眠らむその時、吾腰に佩えたる十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いてずたずたに退治したもう。大蛇を略して綱とす。もって五方の呪文に曰く。

東 鎮西東方には木の神、久々能智命(くぐぬちのみこと)の眼のあたりに伐り鎮め奉る。
南 鎮西南方には火の神、迦具土命(かぐぬちのみこと)の眼のあたりに伐り鎮め奉る。
西 鎮西西方には金の神、金山毘古命(かなやまぎこのみこと)の眼のあたりに伐り鎮め奉る。
北 鎮西北方には水の神、弥都波能売命(みずはねのみこと)の眼のあたりに伐り鎮め奉る。
中央 鎮西中央には土神(どじん)、波邇夜須毘売命(はねやすのひめみこと)の眼のあたりに伐り鎮め奉る。

 今、須佐之男命が佩かしかまえたる十拳剣はこれなり。如何なるや悪しき悪魔も伐り祓いたもう。諸々退治の名刀なり。
十七番 舞入
まいいり
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
月読命(つくよみのみこと)
須佐之男命(すさのおのみこと)
命面(白)
網伐烏帽子
同上
同上
 伊邪那岐命が淡海の多賀に鎮座するのを寿ぐ舞。
十八番 平国
へいこく
迦具土神(かぐつちのかみ)
石析神(いわさくのかみ)
根析神(ねさくのかみ)
石筒之男神(いわつつのをのかみ)
毛頭(丸毛)
同上
同上
同上
 伊邪那岐命が火之迦具土神を斬ったときに生まれた神々が荒魂を振るい起こす舞。
十九番 神開
かみひらき
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
網伐烏帽子 鈴
同上
網伐烏帽子 刀
同上
 八百万神々が天照大神の天岩戸出御の後、高天原に和霊(にぎたま)を起こす様子を表した舞。
二十番 庭火
にわび
久々能智神(くぐのちのかみ)
迦具土神(かぐつちのかみ)
思金神(おもいかねのかみ)
金山毘古神(かなやまびこのかみ)
弥都波毘売神(みずはのめのかみ)
烏帽子 幣(青)
烏帽子 幣(赤)
荒神面
烏帽子 幣(白)
烏帽子 幣(黒)
 天宇受売命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で神楽を奏するに当たり、神々が庭燎(にわび)を焚く舞。

<神文>
 鎮西東方には木の神、久々能智神と申し奉る。
 鎮西南方には火の神、迦具土神と申し奉る。
 鎮西西方には金の神、金山毘古神と申し奉る。
 鎮西北方には水の神、弥都波能売神と申し奉る。
 鎮西中央には土の神、波邇夜須毘売命と申し奉る。
二十一番 岩戸舞
いわとまい
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
毛頭(丸毛)
同上
同上
同上
 天岩戸開きの後、八百万神々が心から祝う喜びの舞。
二十二番 武者
むしゃ
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
綱伐烏帽子
同上
同上
同上
 八百万神々が弓矢を持って天岩戸開きを祝う舞。「鹿児弓」ともいう。
二十三番
つるぎ
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
毛頭(丸毛)
同上
同上
同上
 八百万神々が太刀を持って、天岩戸開きを祝う舞。
二十四番 柴入
しばいれ
思金神(おもいかねのかみ)
天児屋命(あめのこやねのみこと)
布刀玉命(ふとだまのみこと)
八百万神(やおよろずのかみ)
烏帽子 装束・青
烏帽子 装束・赤
烏帽子 装束・白
烏帽子 装束・黒
 天岩戸開きを祝い、榊を持って舞い、再び「岩戸隠れ」のような不幸なことがないように清々しい心をもって舞う神楽。
二十五番 魔払
まばらい
建御雷之男神(たけみかづちをのかみ)
天鳥船神(あめのとりふねのかみ)
天之菩卑神(あめのほひのかみ)
天若日子(あめのわかひこ)
毛頭(丸毛)
同上
毛頭(丸毛)、弓矢
同上
 天照大神が葦原の中つ国を平定するため、四柱の神をはじめ多くの神々を派遣し怨敵を退散させる物語。
二十六番 手散米
てざんまい
八百万神 一
八百万神 二
八百万神 三
八百万神 四
綱伐烏帽子
同上
同上
同上
 天の狭田(はさだ)、天の長田(おさだ)に植えた稲が稔ったので、八百万神々が天岩戸の前に供える物語。
二十七番 太平楽
たいへいらく
天石門別神(あめのいわとわけのかみ)
天忍日命(あめのおしひのみこと)
天津久米命(あまつくめのみこと)
綱伐烏帽子
毛頭(丸毛) 大紋
毛頭(丸毛) 狩衣
 天孫降臨も無事に済んで、神々が天下泰平を祝う舞。
二十八番 返拝
へんぱい
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
須佐之男神(すさのおのみこと)
烏帽子
命面(白)
 須佐之男命が「海原を治めよ」との父伊邪那岐命の命令に不満を持ち、姉天照大神のいる高天原に上る物語。
二十九番 朝倉返
あさくらがえし
神主(かんぬし) 烏帽子
 五方礼始の前に奏する神楽で、岩戸神楽の第一番の番組。清々しい神霊の座に天つ神、国つ神の降臨を祈願する舞。「朝倉」ともいう。
三十番 天之注連
てんのしめ
猿田毘古神(さるたびこのかみ)
布刀玉命(ふとだまのみこと)
天児屋命(あめのこやねのみこと)
猿田面(赤)
烏帽子
荒神面(赤)
 邇々芸命が降臨を終え、宮地を定めたことを祝う舞。
三十一番 地割
ぢわり
猿田毘古神(さるたびこのかみ)
天宇受売尊(あめのうづめのみこと)
御供神 一
御供神 二
猿田面(赤)
烏帽子
毛頭(丸毛)
同上
 天孫降臨の途中、猿田毘古神が天孫邇々芸命を迎え、天宇受売命と問答する物語の舞。

<神文>
 如何なれば斯く真偽正を仰ぎ、しんようをすすめもうさんと言われてあらば、詔のほどを説き給へ。

<神歌>
神主 深くへ荒神をたずぬれば またうえもなき峯の松風
荒神 霜はなつ解けど返せぬ榊葉に 立ち栄ゆべき神のきねかも
神主 道のくの足立の眞弓我が引かば すえさのえおりて しのびしのびへに
荒神 さいの駒川に駒とめて ひとせ汲まねば水草生(お)びけり
神主 岩裂(いわさく)の神のさこうは眺むらん 雲井遥かに住(す)ぬる月風
荒神 深山にあられ降るなる遠山(とやま)なる 正木のかずら色づきにけり
神主 巻向(まむ)く嵐の山の山 人もみるかね山のつらせよ
荒神 我が門(かど)のひたいの清水(きよみず)里とめて ひとせ汲まねば河津生ぎえけり

<神文>
神主 かかる世をなる神世(しんよ)をすすめ申さんと仕る所、世も怪訝恐ろしき形にて伴(ばん)じたる人よくよく見れば、髪は天魔夜叉のごとく、額に四海の波をただえ眉の毛は長く生い茂り両眼は日月の光よりも尚高く、鼻は岩(がん)ぜき岩のさしかかりたるがごとく、口は鬼口(きこう)のごとく塑朝(そちょう)のごとくそれ塑朝の人の形に非ず。東州国の人なれば、その色青かるべし。南州国の人なれば、その色赤かるべし、西州国の人なれば、その色白かるべし、北州国の人なれば、その色黒かるべし。中州国の人なれば、その色黄(きな)にもあるべし。青、赤、白、黒、黄、五色の色を保つ人物仰せあらずんば、この神主手に持ったる三尺二寸の御笏(みてぐら)をもって注連(しめ)より外(ほか)に鎮め申さん。

荒神 聞(き)いつ聞いつよく聞いつ。天に曰く、我大海に舟を浮かべ小川小川に橋を架け、士農工商、門(かど)を分け、それ天地未だ開けず混沌とありしとき、九億十万八千丈の内よりわれ出でたる猿田彦の明神とは己(み)がことなり。即ち天孫降臨のとき、導きしたる所以をもって、今日おれいをかしめ、禊(みさき)を祓って不浄を除き、もしそのとき悪逆の神敵現わるるならば、運・甲・尺・本・小・節・健、斯くのごとく伐って伐って伐り鎮めんが為なり。それは国を踏み開きし所以をよくよく聞き給へ。

荒神 東方東方我東方六万里にも十二漕の舟をそろえ、それに青金を積んで持ちたる剣を櫓棹にして、東方六万里にも漕ぎ行き、漕ぎ返して東方の段の柱とす。

荒神 南方南方我南方七万里にも十二漕の舟をそろえ、それに赤金を積んで持ちたる剣を櫓棹にして、南方七万里にも漕ぎ行き漕ぎ返して、南方の段の柱とす。

荒神 西方西方我西方八万里にも十二漕の舟をそろえ、それに白金を積んで持ちたる剣を櫓棹にして、西方八万里にも漕ぎ行き漕ぎ返して、西方の段の柱とす。

荒神 北方北方我北方九万里にも十二漕の舟をそろえ、それに黒金を積んで持ちたる剣を櫓棹にして、北方九万里にも漕ぎ行き漕ぎ返して、北方の段の柱とす。

荒神 右東西南北、道踏み開きし我ぞ、かしふなどの神、又の名を道祖神とも言(げん)ずべし。しかるによって神主にも仔細よく詔のほどを説き給へ。

神主 さては荒ぶる御神にてましますや荒神よくよく聞き給へ。天に一つの物なれり。千葦(ちあし)かいわをもって神となる国常立命(くにとこたつのみこと)と申すなる神代は、この大御神より七世にわたり伊邪那岐伊邪那美の二柱の神、天の浮橋の上に立たして、矛をもってかきさぶりしは、これを海原へ僻矛(へきほこ)の先より滴る滴を積もりて一つの島となる。これを淤能碁呂島(おのころじま)と名付け、二柱の神、淡島に天降り給いて、国土をはじめ八百万の神々を生み給う。この大御神より天照大御神には我が国の道を踏み給う。今日高処(たかみ)の宮にたやせぬ神の道、御宝の数々、一草百草(いっくさももくさ)に至るまで神界(しんかい)のためしなり。しんべしかつべし。神は分身(ぶんみん)、人の国より我が国に来たりて、我が国の道を踏み給う事伝神(でんしん)と申すなり。いまひと悪成すひのひと、かかる黄金の上に臥し給う。とうどうなされそうらへ。

荒神 聞いつ聞いつよく聞いつ。我はこれより神前にすすむ。神主、そこを立ち退かれよ。

神主 いやいや神殿には適うまじ。されば尊き祝詞を申し聞かさん。御聞きなされそうらへ。かけまくもかしこき国家の鎮守、ちゅうし中興というはしんけいのためしなり。天照大御神には昼夜ちゅうじきのみねをこえ、光は三千万里のしもを消し、神明他になしねの始祖、そのならしねに非ず。みたまいすくいなればみやねにあり。また須佐之男命邪(よこしま)なれば、天照大御神は天が岩戸にさし籠らせ給う。世は常闇となるなり。その時八百万の神達、神集いに集い来て、千早降る御身衣(おんみころも)朝倉返(あさくらがえし)と奏し奉り。神楽の分には、あな楽しあなさやさやと奏し奉り、罪という罪、咎(とが)という咎は焼鎌(やきがま)の利鎌(とがま)をもって討祓(うちはら)い、天地穏やかなればあなめでたくと、かしこみかしこみ申す。

御供神一 当社御遷宮尊き御座あるところ、荒神、神主争い、きょうしょう千万きりながら、もはや落日となりぬれば社祷後衛(しゃとうこうえい)のところ国土を守りなされそうらへ。神主には八少女神楽(やおとめ)神楽御修技あって然るべし。

荒神 いやいや問答決し申す。
神主 いやいや問答決し申さん。
御供神二 互いに聞こし召されそうらへ。ここに随神(にじん)、国家安全の為あって然るべし。両者御立ちなされそうらへ。

<神歌>
一番 喜びに喜びを重ぬれば 共に嬉しき神の名と知る
二番 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(ご)みの 八重垣作る その八重垣を
三十二番 荒神
こうじん
武内宿禰(たけしうちのすくね)
甘美内宿禰(うましうちのすくね)
烏帽子
荒神面(赤)
 武内宿禰が甘美内宿禰の讒言に遭い、潔白を証明するために探湯(くがたち)を行う物語。
三十三番 大神
たいじん
天児屋命(あめのこやねのみこと) 烏帽子
 岩戸神楽の最後の番組。神前において神を慰めるために神楽を奏し、それが無事に終えたことに感謝し、天下泰平をを祝って舞い納める。

                                                      (2007年05月04日)