食べれるる、食べらるる、食べきる
別に舌がもつれているわけではない。「〜することができる」ということを言い表す方法として、大分方言には三種類の表現がある。標準語では一種類で、西日本では二種類あると言われているが、大分にはなんと三種類もあるのだ。よそにはない表現方法を持っていることは誇りにして良いと思う。
分かりやすくするために「食べる」という動詞を使って説明をしてみよう。
【状態可能・主観】
「自分はまだ満腹しておらず、さらに食べることができる」という場合に、大分では「食べれるる」「食べるる」を使う。否定形は「食べれん」である。
これは地域によって、また年齢によって多少の違いがあるようだ。比較的高い年齢層の人は「食べれるる」を使う。筆者も「食べれるる」派で、否定形は「食べれん」だと思っていた。しかし、「食べれれん」を使うとの証言もある。
肯定形では「食べれる」を使うという人もいるようだ。こちらの否定形も「食べれん」である。
疑問形は「食べるる」の場合は「食べるるか(な)」、「食べれるる」の場合は「食べれるるか(な)」、「食べれる」の場合は「食べれるか(な)」となる。
少々、例文を示しておこう。
・「まだ腹いっぱいにならんがえ。ラーメンぐれなり、まだ食べれるる(食べるる)で」
(まだお腹いっぱいにならないよ。ラーメンぐらいなら、まだ食べることができるよ)
・「あのよに食べたに、まだ、食ぶるちえ。おらぁ、もう食べれれん(食べれん)」
(あんなに食べたのに、まだ、食べるって?。僕は、もう食べることができない)
【状態可能・客観】
口に入れても食中りを起こしたり、生命にかかわるような事態を引き起こしたりするものではないという場合は「食べらるる」を使う。
否定形は「食べられん」、疑問形は「食べらるるか(な)」である。
また、「あの店なら美味しいそばを食べることができる」という場合も「食べらるる」であるし、「初めてだが試しに料理してみたところ、意外においしく食べることができる」という意味でも「食べらるる」とを使う。いずれも客観的な状態の場合であると言って良いだろう。
例文を少々。
・「しょわねえよ。これ、食べらるるんで」
(大丈夫だよ。これ、食べられるんだよ」
・「やめちょきなあちゃ。そら、食べられんので」
(やめておきなさいってば。それは、食べられないんだよ)
【能力可能】
人によっては苦手だという食品・食材だが、自分は平気だという意味では、助動詞「きる」を用いて「食べきる」と言う。否定形は「食べきらん」である。これ以外に、「食べきるる」という言い方もあるとの指摘がある。
ただし、自分にとってアレルギーの原因となる食材であるから食べることが出来ないという場合、明らかに個人的事情ではあるが「食べられん」と言う方が適当だろう。「食べきる」「食べきらん」という場合、「頑張れば何とか」という意味合いを含むこともあり、場合によっては命の危険を伴う恐れのある食物アレルギーの場合には不適当だと思われる。
例文を以下に紹介しておこう。
・「いつんなかまにか、ニガウリを食べきるようになったがなあ」
(いつごろからか、ニガウリを食べられるようになったんだよ)
・「子供んころはニガウリは食べきらんじゃったが、今は美味しいがなあ」
(子供のころはニガウリは食べられなかったけど、今は美味しいよねえ)
大分に生まれ育った者としては、上記のような使い分けは無意識でしているのだが、三種類の可能表現を使う地域はほかにないらしい。
標準語では、上記いずれの場合も「食べられる」か、「ら抜き言葉」として使われる「食べれる」、または少々回りくどいが「食べることができる」と表現し、場合によっての使い分けをしない。
西日本各地では、能力可能の場合で、例えば関西のように否定形で「よう食べん」と言う地域があるほか、九州のように助動詞「きる」を用いて肯定形「食べきる」、否定形「食べきらん」と言う地域もある。しかし、状態可能を主観と客観で使い分けるのは大分方言だけだそうだ。
念のために他の動詞でも確認しておこう。カッコ内は否定形。
≪動詞≫ ≪状態可能・主観≫ ≪状態可能・客観≫ ≪能力可能≫
食う 食えるる(食えれん) 食わるる(食われん) 食いきる(食いきらん)
読む 読めるる(読めれん) 読まるる(読まれん) 読みきる(読みきらん)
読むる(読めれん)
行く 行けるる(行けれん) 行かるる(行かれん) 行ききる(行ききらん)
跳ぶ 跳べるる(跳べれん) 跳ばるる(跳ばれん) 跳びきる(跳びきらん)
跳ぶる(跳べれん)
寝る 寝れるる(寝れれん) 寝らるる(寝られん) 寝きる(寝きらん)
寝るる(寝れん)
飲む 飲めるる(飲めれん) 飲まるる(飲まれん) 飲みきる(飲みきらん)
飲むる(飲めれん)
※ この項は、Wikipedia「大分弁」及び「大分方言における可能表現―意味構造に関する一考察―」<松田美香、別府大学短期大学部紀要第21号(2002)>を参考にしました。また、豊後大野市緒方町にお住まいの奥嶽入道さん、同じくみっこさ、同市清川町にお住まいの康晴さんにいただいた貴重な証言を盛り込んであります。
2012年09月21日