ご挨拶
初めましての方もそうでない方もこんにちわ、如月樹です。リストカット歴がもうすぐ1年を迎えるということで、お祝いにHP開設してみました。(なんじゃそりゃ
Diaryではそんな私の日常的非日常をまき散らしております。私自身そんな過激なリストカッターではありませんし、文才があるわけでもありません。かなり自己満足な世界で成り立っています。最強で最凶で最狂な乱雑乱文。それでもいいという方は、温かい目で見てやってくださいな。
簡単過去歴
現在は中3ですが、中2の11月からリストカット&保健室通いをしていました。しかし保健室登校生にあるまじき騒ぎっぷりで保健室から追い出され、2月から特別教室通いに。特別教室というのは、理由があって教室にいけない子が、少しの間他の生徒から離れて通うための教室です。3年生の階の端っこにあります。今は私の他に2人のお嬢さんがいますが、先生の監視が薄いうえに他の教室から離れているせいで、毎日3人でどんちゃんぎゃーぴー騒いでいます。ははは。
そんな私ですが、2004年6月30日、学校を脱走。
真っ昼間、さんさんと太陽が身を焦がす中、ひたすら歩きました。制服の左ポケットには愛用のカミソリが常時してあって、それを握りしめながら、一人で。
しかしそんな逃走劇が長く続くはずもなく、数十分後、あえなく御用。あの時のことは今でも克明に覚えています。教頭に見つかり、「お前は自分の感情しか頭にないのか!」と罵倒され注意され宥めすかされ説得されつつ、それを無視して歩きつづけ、教頭が狸のような腹を揺らしながら追いかけてくるのを心の中で嘲笑しながら、そのまま数百メートルほど歩きました。ポケットの中で汗ばんだ手が、しっかりとカミソリを握っていました。
学校を抜けだして、とくになにをしようとしていたわけではありません。
死のうかな、と頭の片隅で思いましたが、実行する気はなぜか少しもありませんでした。ただ、なんとなく死に場所を探してみよう、と。自らの死に場所を求めて彷徨う、象のように。
そんなことがあったにも関わらず、翌日には普通に登校。
先生の説教を片耳で操り、3人でまたどんちゃんどんちゃん。鬱?なにそれ?ってかんじに見えていたと思います(笑)。これで学校を長期休んでいたりしたら、また違う私がいたんでしょうね〜。(他人事
色々ありましたがそれからはわりと安定していて、リストカット癖も直りつつあるかな?と思っていたところ、体育祭練習を意地でもださせようとする教師達の精神的攻撃に耐えられず、学校のトイレでリストカット。
学校で切るのは初めてでもなかったので、なんとかなるだろ〜と悠長に構えていました。
真っ赤に染まる便器。おぉホラー。いいねいいね。写真撮りたいぜ。
気分は完全にハイ状態。
やがって止まっていく血。しかし私は自分の異変に気が付きました。血と反比例して、涙がどんどん溢れていくのです。ど、どうした自分。と冷静に突っ込みをいれる自分の前で、「誰か助けて」と涙を流し続ける私がいました。
助けてほしい。誰に?誰でもいい。誰に言っても無駄だったでしょう?
頭の中はぐちゃぐちゃ。鉛筆で落書きしたような黒い線が縦横無尽に走っているイメージが、脳みそにへばりついていました。
ふらり、と、本当にふらりと無意識に、保健室を訪れていました。追い出されてから、絶望に近いような見捨てられ感を保険医に抱いていた私ですが、やはり心のどこかでは頼りにしていた、いえ、頼りにしたかったのかもしれません。
その時保健室には一人の女子生徒がいました。
きゃあ先生久しぶり〜、と何気ない風を装いながら、女子生徒が退室するのをひたすら待ちます。「思春期における性との関わり」という本をカモフラージュに読みながら。その頃にはもう大分落ち着きを取り戻していました。
女子生徒が立ち去ってから、私は勢いよく席を立ちました。「先生誰にも言わないですか!?」いきなり詰め寄る私。不審がる先生に、この時初めてリストカットを告白し、傷を見せました。
2004年9月8日のことです。
それから周囲は目まぐるしく変化していきました。
9月8日、傷を見せた後保険医は私の担任にそのことを告白。数十分後私は病院の緊急外科にいました。初めて傷を縫う体験をしました。縫った傷口のグロさにびっくりです。それより驚いたのは、今まで自分で浅い部類に入るだろうと思っていた傷口を、何針も固く縫われたことです。リストカットするたびに病院に行っていたら、合計100針は軽く越えていたでしょうね。いや〜まいったまいった。
翌日、やはり普通に登校。しますが追い返されます(笑)。昨日の今日なので、今日は家に戻りなさい、と。
それもそうか、と帰宅。この時、親が学校に呼び出されていたことは知っていました。
数日後、親に病院に行くよう勧められます。
来るだろうな言うだろうなとなんとなく分かっていました。学校側も、あんなことがあっては監督不行き届きで訴えられかねませんしね。ははは。親に病院を勧めるだろうと密かにほくそ笑んでいました。
そして今にいたるわけです。
これを書いている今現在は、まだ病院に行っていません。正確に言うと病院には行きましたが、そこには精神的な面をサポートする機関が設けられていなかったため、もっと大きい病院への通院を勧められたのです。Diaryでは、初めての通院から書きたいと思っています。
前述を読んで頂ければ、この日記のくだらなさ加減が分かっていただけたかと思いますが、お付き合い下されば幸いです。
如月樹
2004年9月30日
くるかこないか分からない台風で休校を夢見る、だけどあぁなんて綺麗な満月なんでしょう、な秋。